角川歴彦(KADOKAWA取締役会長)【佐藤優の頂上対決/我々はどう生き残るか】

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所沢への拠点拡大

佐藤 KADOKAWAには今年さらに大きなイベントがあります。埼玉県所沢市東所沢の約4万平方メートルの土地に約400億円かけて「ところざわサクラタウン」という複合施設を建設し、7月にオープンする。そこにはオフィスや印刷工場、図書館、イベントホール、ホテル、神社まで作っています。これが大きな注目を集めている。

角川 敷地の7割ほどが、グループの印刷製本工場と倉庫で、その上にもう一層、ワンフロア3千坪のオフィスを設けます。千~1500人くらいが働けるスペースがあります。残りの3割は「ジャパンパビリオン」と「角川武蔵野ミュージアム」で、後者は図書館、博物館、美術館の3館一体型の施設です。建物は隈研吾さんがデザインし、館長は松岡正剛さんにお願いしました。

佐藤 古代アレクサンドリアのムセイオンですね。知の殿堂ができる。

角川 そこに松岡さんが選んだ2万8千点の本が入ります。そして、なぜこの本を選んだかを書いてもらうという、ちょっと考えられない試みもしている。

佐藤 そうした手作りの部分は、会社に基礎体力がないとできないことです。

角川 本選びの基準は、やっぱり「文庫」刊行の精神ですね。古今東西の優れた本を集めるという「文庫」の考え方が根底になければいけない。各社から数多く「文庫判」の本は出ていますが、やっぱり「文庫本」は新潮、岩波、角川の3社ですよ。文庫の精神がなければ、ただの廉価版になってしまう。

佐藤 何が入るのか楽しみです。

角川 先日、所沢市の皆さんにアンケートを取ったら、一番関心があるのは図書館でした。

佐藤 貸し出しもするのですか。

角川 しません。一日そこにいて読んでいただく。貸し出すとなると、返さない人も出てきたり、本の管理で司書がクタクタになってしまうんですよ。

佐藤 有料ですか。

角川 はい。公立図書館には図書館法があって、無料にしなければなりません。これはマッカーサーが作った法律なんですね。日本が太平洋戦争のような無謀なことをしたのは知的水準が低いからで、だから本を読ませろと、無料で貸し出す図書館法を作った。それがいま聖域となって、おかしな方向に行って軌道修正がきかない状態です。それに一石を投じたいとも思っています。

佐藤 いまの公立図書館は、利用者本位を盾に、ベストセラーを何冊も入れて、無料貸本屋と化していますからね。利用者が読みたいものだけを集めるとどうなるか。その究極の形が、東京拘置所の官本です。そこにあるのは、半分が犯罪小説で、4分の1がヤクザのしきたりなどヤクザ関連本、残りがエロ小説です。利用者本位だと、それに限りなく近い状況が生まれてくる。でもやっぱり図書館は啓蒙的役割を担っていかないといけませんよ。

角川 ええ。と同時に所沢で、電子図書館化しようとも思っています。ここから国会図書館にもアクセスしていくし、世界各国の図書館にも繋がっていく。ここにいながら、世界中の本を読めるようにします。

佐藤 国会図書館のPDFによる電子化はあまり質がよくないですよ。

角川 電子化するのは、注文に応じて必要なだけ本を作る「プリント・オン・デマンド」を本格的にやりたいからです。自社の本はもう3万冊以上がデジタル化されています。サクラタウンの印刷製本工場は、プリント・オン・デマンドに対応した仕様になっています。

佐藤 それなら読者の要望にすぐ応えられるし、少部数印刷もできる。これから書店や、出版社と書店を繋ぐ取次がどうなっていくかわかりませんから、出版社が読者の動向を直接、把握できるようにしておくことは重要です。

角川 中小の書店が次々に潰れ、本がいつまで全国隅々まで届くのかわからなくなってきました。その問題が顕在化したのが昨年です。僕は、余力のあるうちは取次店が書店を買って支えてほしいと思っていますが、取次の力が強まるため、反対する出版社も多い。出版社が書店を支えることが必要なのかもしれません。これからは、書店がうまくいかなくなるケース、取次がうまくいかなくなるケース、そして出版社がうまくいかなくなるケースの三つを想定して動いていかなければならない。

佐藤 出版界の未来については、どんな見通しを持っていますか。

角川 どこの業界もデジタル化が進むと、寡占化していきます。映画なら東宝を中心に松竹、東映しか残らないでしょう。出版社も同じで、デジタルの技術を持って、電子書籍を自力で出していける体力のあるところに集中していきます。

佐藤 資本規模に依ってくる。

角川 幸いKADOKAWAは早い時期に株式公開できました。だから今の変化を乗り切る資本力はある。

佐藤 サクラタウンは、変化を乗り切るための一つの布石ですね。

角川 僕たちが何かを起こすわけではないんです。ただ状況が変わった時のための準備をしているとは言える。例えば、いま出版は取次を通しています。いまは取次店が配本するという単線の上で走っているけれども、複々線にしておきたい。そうでないと、出版社はいざという時に読者に本を届けられませんから。サクラタウンはそうした準備の一つなんです。

角川歴彦(かどかわつぐひこ ) KADOKAWA取締役会長
1943年東京生まれ。早稲田大学第一政治経済学部卒。66年角川書店入社。ライトノベル路線を定着させる。92年メディアワークスを設立して同社から離れるが、翌年復帰して社長に就任。98年株式公開(東証2部、のち1部)。2014年ドワンゴと経営統合。組織再編を繰り返し、19年に持ち株会社KADOKAWAが発足、会長となる。

週刊新潮 2020年3月5日号掲載

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