感染防止「戦時体制」で大失態「日中韓」大成功「ベトナム台湾」の違い

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 今や世界は、新型コロナウイルスとの戦いに政治、経済はもちろん国民、企業も巻き込んだ“対感染症戦時体制”に突入した。封じ込めは道半ばだが、その過程で浮かびあがったのは、アジアにおける明暗だ。

 日本、中国、韓国が政権の失態で大混乱に陥る一方、事態に迅速に対応したのがベトナム、台湾である。

 中国は習近平政権の隠蔽と強権姿勢に国民が強烈に反発、韓国は文在寅(ムン・ジェイン)政権の失策と感情的な対応が続き、国民が政権を見放す事態。日本は安倍晋三首相の思いつきだけの政策に行政機構が機能せず、振り回される国民の不満は募る。

 一方ベトナム、台湾は政府の水際対策で感染拡大を防ぎ、経済の落ち込みも限定的。新型コロナ感染を経て、各国の国内権力構造とアジアにおける勢力図は塗り替えられるだろう。

新型コロナを追い風に

 ベトナムの2月の鉱工業生産指数は前月比で8.4%増、前年同月比で23.7%増と絶好調だ。インフレ懸念が強まったため、ベトナム国家銀行(中央銀行)は1月下旬から2月半ばにかけて売りオペを実施し、市中から資金を吸収したほどだ。

 対する中国は、2月の製造業購買担当者景気指数(PMI)が35.7と、統計を取り始めた2005年以降で最低を記録。中国人民銀行は企業破綻を防ぐため、市場に資金を大量に供給し続けている。

 ベトナムに生産拠点を置く外資系製造業は中国からの部品調達が多く、中国の生産停止の影響を受けてはいる。だが、ベトナム製造業はスマートフォンが前年同月比38.8%増、圧延鋼材が39.7%増、石炭が46.2%増などと、中国が沈んだ分をしっかり捉え、浮上している。中国からベトナムへの緊急の生産品の移管や、中国以外からの部品・原料調達ルートの確保で対応しているためだ。

 背景には、ベトナムは中国・武漢での感染拡大の初期から、中国からの入国者を制限するなど思い切った水際作戦をとっていたことがある。

 筆者は出張で2月12日にホーチミンに到着したが、空港職員からタクシー運転手、ホテルの従業員まで全員がマスクを着け、飲食店では店員が来店客の手の平にアルコール消毒剤をかけるという、かつてない光景が展開されており、驚かされた。

 2月上旬には韓国・大邱からダナンに着いた韓国人旅客に隔離措置を求め、拒否した旅客がそのまま韓国に舞い戻ったり、3月初めに中部国際空港からホーチミンに到着したベトナム航空の便の機材が、その直前のフライトで日本人感染者を搭乗させていたことがわかるやいなや、乗客・乗員合計85人を隔離するなど漏れのない対応だ。

 3月6日に再び日本からホーチミンに入った時も、空港の警戒ぶりは続いていた。その結果、ベトナムの感染者数は3月8日時点でもわずか30人にとどまっている。

 感染症を治療する医療体制が十分ではないベトナムでは、水際対策こそ「最初で最後の防波堤」という意識があり、厳しい対応を官民が取っている。

 それとともにベトナムのなかで暗黙の了解となっているのは、今回の非常事態こそ「中国、韓国からの工場移転に弾みをつけ、成長を加速するチャンス」という認識である。

 すでにベトナムは、2009年に北部バクニン省で稼働を始めたサムスン電子のスマートフォン工場が同社のスマホの58%(2019年)をつくる最大の拠点となり、ベトナムの輸出の24%(同)を占めるまで拡大しているが、今回、サムスンの韓国・亀尾のスマホ工場が感染拡大で操業停止となったことで、ハイエンド機種の一部もベトナムに移転される。

 電子・電機産業を牽引車とするベトナム経済の成長が、新型コロナ感染拡大のなかで一段と明確になってきているのだ。

 さらに米中対立の激化で、米国の追加関税を逃れるため中国からベトナムへの工場移転が勢いを増している。1月のベトナムへの外資の直接投資認可額は前年同月比2.8倍の53億2957万ドル(約5479億円)に膨れあがった。

 ベトナムは「世界の工場」の一角として存在感をますます拡大しており、新型コロナ感染はベトナムにとって、むしろ追い風になっている。

大胆な政策と「台湾回帰」

 台湾も同じく水際作戦で感染を防ぐとともに、早い段階でマスクの輸出と個人での国外持ち出しを制限するという大胆な対策を打ち出し、マスクの高値転売も禁止した。

 政府は「国民健康保険」のID番号を使って、市民に公平かつ低価格でマスクを配給するシステムを構築。台湾の感染者数は3月8日時点で45人。マスクの中国への持ち出しやネットでの高値販売を横行させ、国民の怒りを買う安倍政権とは大きな違いだ。

 マスクの不足、不平等は韓国でも起きていて、「マスクの恨み」が日韓で政権を揺るがしており、台湾のスマートな対応は際立っている。

 台湾の電子・電機産業は受託製造サービスの「鴻海精密工業」(ホンハイ)や「仁宝電脳工業」(コンパル)、「和碩聯合科技」(ペガトロン)など中国に主力生産拠点を置いている。新型コロナ感染でほとんどの中国工場が操業停止に追い込まれ、再開後も工場従業員の戻りが遅いことから、業績的には大きな打撃を受けている。

 ただ、「この機を逃さず、人件費高騰などで高コストになった中国から撤退」(台湾の電子業界関係者)する動きを進めている。

 世界のノートパソコンの40%を生産する重慶市にある、台湾のパソコン受託メーカー「広達電脳」(クアンタ)はタイと台湾、同じく「ペガトロン」はインドネシアと台湾に生産の移管を進めている。その他の電子部品メーカーも含め、中国外への工場移転のなかで、目立っているのは台湾への工場回帰である。

 今年1月の総統選挙で大勝した民進党の蔡英文総統が「脱中国、台湾回帰」を産業界に呼びかけており、「自動化投資で少人数で稼働できる体制にすれば、台湾拠点の方が長期的には優位」という判断が企業産業界に広がっており、今後、大きな潮流になりそうだ。

「不信と不安」の中国

 こうしたベトナム、台湾の動きに対して、中国の動きはちぐはぐだ。

 3月に入って、習政権は感染抑制と工場再開を内外にアピールしているが、実際は地元政府や国有企業経営者は、再稼働した工場で感染症が発生するリスクに怯え、本格稼働に及び腰。感染者を出せば、中央から責任を追及され、更迭される恐れがあるからだ。「生産再開で感染者を出すよりも、経営悪化の方がまだまし」という発想なのである。

 実際、国有企業にとっては経営が悪化しても政府支援と銀行融資が受けられるという安心感があり、経済悪化を食い止めるため生産再開を求める中央に対し、面従腹背の行動をとっている。

 共産党1党支配体制は、武漢封鎖や有無を言わさぬ外出制限などで感染を抑制するには力を発揮するが、国民は感染の実態や根本的な原因を隠す共産党に強い不満を持ち、SNSでの指導部批判と現場の内部告発は削除が追いつかない状況。社会全体に不信と不安が募っている。

 武漢の真実を明らかにしようとする個人のジャーナリストが動画で正確な情報や実態を発信しているが次々と拘束され、消息を絶ち、政府批判をした個人のSNSのアカウントが閉鎖されるなど情報隠蔽、言論封殺に国民の怒りは蓄積している。

「自分の身を顧みず、感染症に立ち向かう勇敢で献身的な医師、看護師、政府職員」

 といった空虚な官製ストーリーに、国民は愛想を尽かしている。

 政府の指示のままに自宅にこもり、チャットとゲームに時間を費やし、eコマース、フードデリバリーで必要なモノと食事を調達する「宅経済」だけが隆盛となっている。国難の最中、政府と共産党への信頼は確実に低下している。

「文大統領こそ隔離すべき患者」

「韓国にとって新型コロナ感染は大きな災難だが、より大きな災難は文在寅政権があと2年も続くことだ」

「文大統領こそ長期に隔離すべき“患者”だ」

 韓国の国民は、新型コロナ感染の初動対応に大失敗し、その後も感情的でちぐはぐな対応の連続で事態を悪化させている文政権を見放しつつある。

 3月5日に日本が発表した中国、韓国からの訪日客の隔離措置に猛反発し、日本人の韓国入国ビザ停止の報復策に出たことは、日本の措置に理解を示した中国の冷静さとコントラストになった。

 安倍政権は十分な議論もなく、現場の意見も聞かないまま、全国の小中学校、高校の長期休校を決め、国民だけでなく、子育て世代の家庭と社員への配慮を求められる企業に大きな負担を強いている。

 ウイルス検査の実施では韓国や中国に比べて明らかな検査数の少なさが暴露され、国民の不満と周辺国の不信が高まった。中国からの入国者の14日間の隔離は北京、上海など中国駐在の日本人社員にも適用されるため、「日本に帰国して14日間、中国に戻って14日間」という“ダブル隔離”になり、年度末の異動時期の企業の中国ビジネスに影を落としている。

 日本の経済界の大きな問題は、安倍政権の失策を正す声もあげず、ひたすら自社の中国拠点の操業再開、サプライチェーンの復旧に追われているだけという点だ。台湾、ベトナムが危機を好機に変えるべく動いているのに対し、日本企業の長期戦略の欠如は歴然としている。

“対感染症戦時体制”が過ぎた後にアジアを襲うのは、中国経済の停滞長期化、電子・電機産業の生産拠点の再配置とサプライチェーンの激変、さらには高成長国家の交代である。国家も企業も機敏に状況に対応した者が生き残り、進化するのである。

後藤康浩
亜細亜大学都市創造学部教授、元日本経済新聞論説委員・編集委員。 1958年福岡県生まれ。早稲田大政経学部卒、豪ボンド大MBA修了。1984年日経新聞入社。社会部、国際部、バーレーン支局、欧州総局(ロンドン)駐在、東京本社産業部、中国総局(北京)駐在などを経て、産業部編集委員、論説委員、アジア部長、編集委員などを歴任。2016年4月から現職。産業政策、モノづくり、アジア経済、資源エネルギー問題などを専門とし、大学で教鞭を執る傍ら、テレビ東京系列『未来世紀ジパング』ナビゲーター、ラジオ日経『マーケットトレンド』などテレビ、ラジオに出演。講演や執筆活動も行っている。著書に『ネクスト・アジア』『アジア力』『資源・食糧・エネルギーが変える世界』『強い工場』『勝つ工場』などがある。

Foresight 2020年3月10日掲載

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