正岡子規ではなかった…「ベースボール」を「野球」と訳した男は日本野球の“育ての親”

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にっぽん野球事始――清水一利(4)

 現在、野球は日本でもっとも人気があり、もっとも盛んに行われているスポーツだ。上はプロ野球から下は小学生の草野球まで、さらには女子野球もあり、まさに老若男女、誰からも愛されているスポーツとなっている。それが野球である。21世紀のいま、野球こそが相撲や柔道に代わる日本の国技となったといっても決して過言ではないだろう。そんな野球は、いつどのようにして日本に伝わり、どんな道をたどっていまに至る進化を遂げてきたのだろうか? この連載では、明治以来からの“野球の進化”の歩みを紐解きながら、話を進めていく。今回は第4回目だ。

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 明治を代表する歌人、正岡子規が野球をこよなく愛していたことは広く知られていることである。

 それは、

「打ち揚ぐるボールは高く雲に入りて又落ち来る人の手の中に」
「今やかの三つのベースに人満ちてそぞろに胸の打ち騒ぐかな」
「九つの人九つの場をしめてベースボールの始まらんとす」

 など野球に関係した歌を数多く残していること、子規のよき理解者であった俳人の河東碧梧桐が、他のスポーツにはまったくといっていいほど興味を示さなかった子規が、野球だけにはことのほか夢中になっていた様子を「変態現象」と呼んでいたことからもよく分かるだろう。

 子規は一高に入学するとすぐ野球に親しみ、1898(明治31)年、喀血して医者から止められるまで捕手としてプレーを楽しんだ。そして卒業後、郷里の松山に戻る際にはバットとボールを持ち帰り、母校松山中学の生徒たちに野球を教えたといわれている。

 また、幼名である「升(のぼる)」にちなんで「野球」という雅号を用い、「のぼーる」と読ませたこともあった。そのためベースボールを野球と翻訳したのは子規だとする説もあるが、これは誤りだ。

 ただし、1896(明治29)年7月27日、新聞「日本」に掲載された「松蘿玉液」という記事の中で子規は、

「ベースボールいまだかつて訳語あらず、今ここに掲げたる訳語はわれの創意に係る。訳語妥当ならざるは自らこれを知るといへども匆卒の際改竄するに由なし。君子幸に正を賜へ。」

 と書いて、野球のルール、用具、方法などについて詳しく解説するとともに「バッター」「ランナー」「フォアボール」「ストレート」「フライ」といった野球用語をそれぞれ「打者」「走者」、「四球」「直球」「飛球」といまでも使われている日本語に訳したのは子規である。それは間違いない。

 こうして文学を通して野球の普及に貢献したことが評価され、2002(平成14)年、子規は特別表彰者として野球殿堂入りを果たしている。ちなみに、子規が野球を楽しんでいたという台東区の上野公園内には草野球専用の「正岡子規記念球場」があり、いまでも多くの人たちが野球を楽しんでいる。

 それでは「ベースボール」を「野球(やきゅう)」と訳した人物は、いったい誰なのかというと、その人物の正確な名前が分かっている。

 それは1888(明治21)年に一高に入学した中馬庚(ちゅうまかのえ)という人物だ。中馬は二塁手として活躍した後、帝大に進学、コーチや監督として後輩を指導するなど草創期の学生野球の育ての親といわれる人物である。

 その時期に中馬は「一高ベースボール部史」という本の編纂を手掛けることになったが、「ボール・イン・ザ・フィールド」という英語を「野球」と訳し、タイトルを「一高ベースボール部史」から「一高野球部史」と改めて1895(明治28)年に発行した。日本で野球という言葉が使われたのはこの時が初めてだった。

 中馬はその後、1897(明治30)年に、これも日本で初めてとなる野球研究書「野球」を刊行。これ以後、新聞や雑誌で「野球」という言葉が日常的に使われ、次第に一般的となっていった。

 ちなみに、「一高野球部史」以前、ベースボールは何と呼ばれていたかというと「底球」といわれていたらしい。ところが、これでは「庭球」(=テニス)と似ていて間違えられやすい。そこで新しい訳語として野球という言葉を考えたのだが、その際、中馬は、「テニスは庭でするので庭球、ベースボールは野原でするので野球だ」と説明している。

 中馬も子規同様、野球文化の発展に貢献したことで、子規より一足早く1970(昭和45)年、特別表彰者として野球殿堂入りをしている。

【つづく】

清水一利(しみず・かずとし)
1955年生まれ。フリーライター。PR会社勤務を経て、編集プロダクションを主宰。著書に「『東北のハワイ』は、なぜV字回復したのか スパリゾートハワイアンズの奇跡」(集英社新書)「SOS!500人を救え!~3.11石巻市立病院の5日間」(三一書房)など。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年3月7日掲載

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