「新型コロナ対策」米FRB「緊急利下げ」で迫られる「黒田日銀」の決断
成す術もなく、金融政策の“現状維持”を続けているだけで、完全な手詰まり状態に陥っていた日本銀行に、不謹慎なたとえではあるが、「新型コロナウイルス」という“神風”が吹いた。
この新型コロナによる「新型肺炎」での死亡者は国内でも世界でも増加が続いており、中国を中心に生産活動の大幅低下や、サプライチェーンの混乱が続いている。
世界経済悪化の懸念に対して、3月3日にはG7(主要7カ国)財務相・中央銀行総裁が緊急電話会議を開催し、新型コロナの感染拡大に伴う景気下振れリスクに対応すべく「あらゆる適切な政策手段を用いる」とする共同声明を発表した。
そして呼応するように同日、FRB(米連邦準備制度理事会)は臨時FOMC(米連邦公開市場委員会)を開き、0.5%の利下げに踏み切った。3月17、18日に開催予定だった定例のFOMCを敢えて前倒ししての決断だ。
それだけに、ここにきて俄然、日銀の金融政策に注目が集まっている。
「躊躇なく金融緩和」の意味
2月17日に内閣府が発表した2019年10~12月期のGDP(国内総生産)速報値が、実質季節調整値で前期比1.6%減、年率換算で6.3%減となったことで、国内景気が減速に向かっていることが明白になった。
同日の衆院予算委員会で、安倍晋三首相は、
「主に個人消費の(2019年10月の)消費税率引き上げに伴う一定程度の反動減に加え、台風や暖冬の影響を受けた」
と要因を分析してみせた。
しかし、昨年12月までの数値であるこのGDPの減速には、当然ながら新型コロナの影響は含まれていない。
問題なのは、新型コロナの感染が世界中に急速拡大し、欧米ですら死亡者が急増していることで、世界経済に大きな影響を与え始めていることだ。実際、すでに株式市場では世界同時株安の流れになっており、とりわけ世界経済のエンジンであり、世界の工場である中国の経済活動が停止状態に陥っていることは、世界経済悪化に対する大きな懸念材料となっている。
だからこその、FRBの緊急利下げだったわけだ。
黒田東彦日銀総裁は、2月4日の衆院予算委員会で、新型コロナの感染拡大について、
「世界経済全体に影響することが懸念され、万全の対応をしていく」
と述べ、
「必要なら躊躇なく金融緩和を追加する」
との姿勢を示した。
この経済の下振れリスクに対して「躊躇なく金融緩和を」との金融政策に対するスタンスは、言葉の上では従来とまったく変わらない。しかし、その意味合いは大きく違っていなければならないはずだ。
実際、「新型肺炎」の影響から、米アップルが1~3月期の売上高予想が未達になると発表、米マイクロソフトも、1~3月期のパソコン部門の売上高予想が未達になる見通しだと発表している。
こうした新型コロナの実体経済への影響を懸念しての世界同時株安の発生、日経平均株価の続落となっているのだ。言葉に含まれる意味の重さは増して然るべきだろう。
IMF(国際通貨基金)のクリスタリナ・ゲオルギエバ専務理事は、2月21日の講演で、新型コロナの影響拡大による世界経済の減速リスクに対し、
「政策対応で足並みをそろえるべきだ」
と各国に協調を呼びかけ、
「金融政策の余地は限られているが、ゼロではない」
と指摘し、金融緩和や財政出動で景気下支えを促している。
これにいち早く対応したのが、FRBのジェローム・パウエル議長だった。
パウエル議長は2月28日、新型コロナの感染拡大にあたって、
「我々は政策ツールを用いて、経済を支えるために適切に行動するだろう」
とする緊急声明を発表した。
この声明は、定例FOMCで利下げを行う可能性を示唆したものだった。パルエル議長は、新型コロナの動揺が広がる市場に対して真っ先に強いメッセージを発信し、そして続けて緊急利下げまで実施したのだ。
急激な円高を回避せよ
それに遅れること3日の3月2日、黒田総裁もおっとり刀で緊急談話を発表した。
その主な内容は、
「日本銀行としては、今後の動向を注視しつつ、適切な金融市場調節や資産買い入れの実施を通じて、潤沢な資金供給と金融市場の安定確保に努めていく方針である」
というもの。
ただしそこには、利下げの可能性を示唆する文言は含まれていない。「適切な金融市場調節」や「資産買入れの実施」により、資金供給を行うことを示しているだけだ。
それでも、英国が国民投票でブレグジットを決めた2016年6月以来という緊急談話を黒田総裁が発表しなければならなかったのは、外国為替相場で続く急激な円高の動きを“牽制”する必要があったからだ。
実際、2月20日に1ドル=112円台だった外為相場は、3月2日には1ドル=107円台まで円高が進んだ。
さらに今回の米国の利下げは、日米の金利差縮小から一段の円高を引き起こす可能性が指摘されていたが、こちらも現実にドルが売られて円が買われる流れとなり、日本時間の3月4日朝には、一時106円台後半まで円高となった。
新型コロナによる国内経済の悪化に加え、これ以上の円高の進行という“ダブルパンチ”は何としても回避する必要がある。
その意味で効果が期待できるのは、1つには、安倍内閣が昨年末に閣議決定した大型経済対策だ。国や地方の財政支出が13.2兆円、民間支出も加えて26兆円の事業規模である。
一部を計上した2019年度補正予算は、すでに1月30日に成立した。残る2020年度予算案も2月28日に衆院で可決しており、目下参院で審議中だが、3月末の本年度内成立も確実だ。
この大型経済対策は、新型コロナという“禍事(まがごと)”を想定していない段階で策定されたものだけに、このタイミングでの成立執行は安倍首相にとって“勿怪の幸い”のようなものだが、今後、徐々に景気の押し上げ効果が現れてくると思われる。
「新たな追加緩和策」の可能性
そしてもう1つ、それ以上に“即効性”という点で期待できるのが、日銀の金融政策だ。
2007年から金融緩和政策を開始した米国は、2008年には日銀と同様にゼロ金利政策を実施した。
しかしその後、金融緩和策を継続していた日米欧の中ではいち早く、2015年12月には利上げに転じた。
2019年7月からは再び利下げに転じているものの、米国の政策金利であるFF(フェデラル・ファンドレート)は現在、年1.75%と十分に利下げできる水準を確保していた。それが、今回の0.5%緊急利下げを可能とした。
しかもFRBのパウエル議長は、
「今後数カ月の動向を注視し、経済を支えるために適切に行動する」
と述べ、更なる追加利下げの含みまで持たせた。
これに対して日銀は、2013年の黒田総裁就任時に掲げた「消費者物価上昇率2%」を達成できないまま大規模金融緩和政策を継続しており、止めるに止められぬ“身動きの取れない状態”に陥っている。
加えて最近では、利ザヤ縮小による銀行収益の悪化で、地方銀行などの経営が不安定化するなどの副作用が強まり、無為に現状維持を続ける黒田日銀のマイナス金利政策に対する“懐疑的な見方”も強まっている。
とりわけ米国では、FRBのメンバーすべてがマイナス金利政策について「現時点で魅力的な手段ではない」と評価するなど、米欧ではマイナス金利政策への懐疑論が一般的になりつつある。
こうした“逆風”の中で、新たな金融政策に踏み出す理由もきっかけもないまま“死に体”と化していた日銀にとって、新型コロナによる国内・世界経済の悪化懸念は、日銀の存在意義を示し、新たな金融緩和に踏み出すための“十分な理由”となる。
言うまでもなく、FRBが今回緊急利下げを行ったことで、日銀も新たな金融政策を強く迫られることになる。
無論現状ではさすがに、FRBのように緊急利下げを行う可能性は少ないものの、4月以降、新たな追加緩和策を実施する可能性は非常に高まった。
たとえ、それがマイナス金利政策による更なる副作用を産み出すことになっても――。