勝新太郎、座頭市にみる独自のリズム 若山富三郎が感じたジャズ

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耳の奥の耳まで開く

『座頭市あばれ凧』。市の足の運びはスウィングしているように見えなくもないことがあるが、そんな様子とは裏腹に、市はいざこざに巻き込まれた挙(あげ)く、事情も分からず追い立てをくらい、謀略に利用されたとわかったときには、恩人は殺されてしまう。怒る座頭市はまるで同じ大映の大魔神に近しく見える。市にしてはめずらしく、相手のビートを受けるより先に自分から斬っていく。速さと力技が合体し破壊力は増す。市はこういう。

「こっちから仕掛けたことのないこの俺だが、今度ばかりは腹に据えかねたぞ」

 夜の闇の中の光に妖気さえ見える。闇を睨(にら)み付ける市。『あばれ凧』はユーモアも少なくないわりにストーリーは惨(むご)い。市は一定のビートを乗り越え、捨てて、乱打するように斬り続ける。ここではフリー・ジャズそのものと化していく。この作品の前作『座頭市千両首』では61人、次々作『座頭市関所破り』では38人(『座頭市映画手帖』浅利芙美のカウントによる)と刃に倒れる者は増加傾向にあり、『座頭市逆手斬り』では66人と激増するが、そこでは相手方に投網や火縄銃、投鋸までが加わるのだから市もフルスロットルにならざるをえない。まるで集団即興のオーケストラ(たとえばクローブ・ユニティ・オーケストラ[※注2]のような)にアルト・サックス一本で立ち向かっていくようなものだが、それでも斬り続けなければ(演奏し続けなければ)あの世行きであることはよくわかっている。腕や身体で斬るために五感と六感すべてが全開にならなければならない。耳の奥の耳まで開けている、といいたくなる。

 勝新は一度雑誌の仕事でスティーヴィー・ワンダー(※注3)と対談したことがあり、そのときスティーヴィーは、ものすごい速さでプッシュフォンの数字を押して電話をかけたという。(『伝説のゴッドファーザー 勝新太郎語録』水口晴幸著による)その取材のとき勝新はスティーヴィーとエアホッケーをやったのだが、何度やっても勝てなかったそうだ。座頭市なら五分と五分、だったにちがいない。

(つづく)

注1: エリック・ドルフィー(Eric Allan Dolphy, Jr.)
米ロサンゼルス生まれのジャズ・ミュージシャン。バスクラリネットをジャズの独奏楽器で知られる。モダンジャズに新しい境地をひらいた巨人の一人と。フランク・ザッパ、スティーブ・レイシーをはじめ、多くのミュージシャンに影響を与えた(1928~1964)

注2:グローブ・ユニティ・オーケストラ(Globe Unity Orchestra)
フリー・ジャズのアンサンブル。1966年秋にベルリン・ジャズ・フェスティバルにて、アレクサンダー・フォン・シュリッペンバッハによって結成される。主なアルバムに『グローブ・ユニティ』(1966)『インプロヴィゼーションズ』(1977)『コンポジションズ』(1979)他がある。

注3:スティーヴィー・ワンダー(Stevie Wonder)
アメリカの歌手、キーボード奏者、ミュージシャン、作曲家、音楽プロデューサー。30曲以上のU.S.トップ10ヒットを記録し、計22部門でグラミー賞を受賞。現在、同賞での受賞回数が最も多い、世界的な男性ソロ・シンガーである。

湯浅学(ゆあさまなぶ)
1957年神奈川県横浜生まれ。音楽評論家。「幻の名盤解放同盟」常務。バンド「湯浅湾」リーダー。著書に『音楽が降りてくる』『ボブ・ディラン――ロックの精霊』『大音海』『音山』『嗚呼、名盤』、監修に「スウィート・スウィートバック」など。

編集協力:平嶋洋一(キネマ旬報)/週刊新潮WEB取材班編集

2020年3月4日掲載

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