「ハッタリ」「言いなり側近」「官僚質低下」で早くも綻び「英移民政策」

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 晴れて欧州連合(EU)からの離脱を果たした英国は、「主権回復」の第1弾として、新たな移民政策を発表した。移住希望者の申請資格に点数制を導入したり、単純労働者を排除したり、といった思い切った案で、今年12月31日に移行期間が終了する直後、2021年1月1日からの実施を視野に入れる。

 ただ、宣伝効果を狙ったあまり現実離れしている感は否定できない。経済界からは、出稼ぎ労働者が減ることに伴う人手不足を心配する声も出ている。

 背景には、ジョンソン政権内の人材不足と政策立案能力の低下がうかがえる。前途多難の様相である。

移住希望者に「点数制」

 英政府が新移民政策の声明「点数制に基づいた英国の移民システム」を発表したのは、2月19日だった。概要はその前日に明らかにされており、メディアを巻き込んだ議論がすぐにわき起こった。

 声明は、

 「EUの自由移動の権利によって長年ゆがめられてきた移民政策は、英国民のニーズにも、英国内に利益をもたらすことにも、世界中から英国に来て私たちの経済や社会に貢献したいと願う高技術の移民にも、合致しなかった」

 と述べ、EU内で求められた人の自由往来を終了させると宣言した。短期間の場合を除き、あらゆる国の労働者や留学生に対して、有料のビザ取得を義務づける。

 「EU市民もそうでない人も平等に扱う」

 とも定め、EUとの決別姿勢を強調した。国境管理を厳格化する方針も示した。

 声明の中で政府が最も説明に力を入れたのは、表題の通りの「点数制」である。移住を希望する労働者を対象に、その能力や予定されている仕事内容を点数化し、一定のレベルに達した者だけに申請を認める、という制度だった。

 点数の例として、以下の指標が示された。

▼承認済みの雇用者からの仕事のオファーがある=20点、必須
▼適切な技術レベルの仕事である=20点、必須
▼必要レベルの英語が話せる=10点、必須
▼年間報酬が2万480ポンド(最低ライン=約290万円)から2万3039ポンド(約330万円)=0点
▼年間報酬が2万3040ポンドから2万5599ポンド(約370万円)=10点
▼年間報酬 が2万5600ポンド以上=20点
▼人手不足の業種=20点
▼仕事に関係した博士号保有=10点
▼仕事に関係したSTEM(科学、技術、工学、数学)分野の博士号保有=20点

 これらの点数を加算して70点に達すれば、移民を申請できる。留学生にも、何らかの形の点数制を適用する。この報道を受けて、「何とか申請できそうだ」「私は無理だな」などといった議論が一部で盛り上がった。

 ただ、こうした点数制の対象となるのは「技術を持った労働者」である。これより上にあたる「高度な技術を持った労働者」は、しかるべき機関から認証されていると、仕事のオファーがなくても英国に移住することができる。

 問題は、こうした人々より下の「技術の低い労働者」である。声明はこう明言する。

 「低技術の労働者や季節労働者が働ける道を導入しない」

 つまり、締め出すということである。

深刻化する労働力不足

 その目的を、声明は

 「移民の全体数を減らすため」

 と説明する。

 EU離脱か残留かを問うた2016年の国民投票では、ポーランドなどEU域内からの「移民」に対する反発が、離脱派の勝利を大きく後押しした。

 ここでいう「移民」とは制度上の移民でなく、EU域内で自由な移動を認められているEU市民であること、彼らに対する反発はもともと根強かったものでなく、投票まで1カ月足らずとなった時点で劣勢だった離脱派が、形勢逆転を狙ったキャンペーンとして仕掛けたものであることは、すでに本欄2019年5月9日付『英国の「移民」考(中) 「問題」は仕立て上げられた』などで描いた通りである。

 「移民」削減の方針はその後、離脱キャンペーンの主張を引き継いだジョンソン政権のマニフェストとなり、それは昨年12月の総選挙で労働者層の票を取り込んで勝利を収めるきっかけともなった。

 すなわち、原則的に「移民」を締め出すことによって人々の反移民意識に応える一方で、点数制によって「質のいい移民」だけを確保しよう、との算段だと考えられる。

 ただ、博士やIT技術者ばかりで世の中が回るわけではない。農場で野菜や果物を収穫したり、施設でお年寄りの面倒を見たり、工場で単純作業に従事したり、といった労働力も社会には不可欠である。

 英国では、EU内の自由移動の原則を利用してポーランドなど旧東欧から出稼ぎに来た人々が、こうした仕事を主に担ってきた。彼らを追い出して、今後誰がその役割を引き継ぐのか。

 声明は、極めて楽観的な方向性を示すにとどまっている。

 「私たちは、欧州からの安い労働力に依存した経済から脱却し、技術と自動化への投資に集中する必要がある。経営者はこの変化になじまなければならない」

 企業の意識改革で乗り切れ、というのである。

 しかし、政府のこの論理はいわば、「根性さえあれば問題は解決する」と言うのに似ている。技術革新やオートメイト化がそれほど簡単なら、企業もとっくに取り組んでいるはずである。それが難しいから、安い労働力に頼らざるを得ない。

 彼らがごっそり抜ければ、人手不足が起きる。やっていけない企業が生まれる。言うまでもない。

 労働力不足は、英国ですでに深刻になりつつある。EU離脱を巡る混乱と地元の人々の偏見に対して出稼ぎ労働者の間で嫌気が広がったことに、ポンド安で仕事のうまみが減ったこと、ポーランド政府が自国経済の活性化のために労働者の帰国を奨励していることも加わり、多くの人々が英国を早くも離れつつあるからである。一方で、新たに働きに来る人は激減している。

 『タイムズ』紙によると、すでに昨年秋から英国の果樹農園で人手が足らず、リンゴが地面に落ちたまま腐るに任せる状態になっている。その個数は1600万個に及んだという。『インディペンデント』紙は、イチゴやラズベリーを栽培する農場経営企業でも労働力が確保できず、その結果出荷価格が35%から50%高くなりそうだと報じている。

 英国家統計局(ONS)が昨年11月に公表した集計によると、EU各国から英国への移住は昨年6月までの1年間で19万9000人にとどまり、2013年3月以来最低レベルとなった。他方、『BBC』によると、英国からEU各国に帰国する年間の人数が、6年前の倍である年間15万1000人となった。これは過去最大にあたるという。

 新移民政策はこの傾向に拍車をかけるに違いない。そもそも、減らすことが目的の政策なのだから、そうなるのは当然であるが。

 経済界や労働組合からは、すでに懸念の声が上がっている。英産業連盟事務局長のキャロリン・フェアバーンは、

 「いくつかの業種では、必要な人を集められるかの心配が出ている。すでに失業率が低い中で、介護関連企業、建設業、接客業、飲食業は特に影響を受ける」

 と、『ガーディアン』紙に語った。

最右派の内相プリティ・パテル

 要は、このままだと到底立ちゆきそうにない政策である。素人目からもそれが明らかなのに、なぜ打ち出すに至ったのか。

 第1に考えられるのは、政権のハッタリである。

 ジョンソン政権には、最初に大風呂敷を広げてナショナリズムを満足させておいて、徐々に現実的に妥協する姿勢が顕著に見られる。

 典型例はEUとの間で合意した離脱協定で、当初は「一歩も譲らない」「合意なき離脱さえ辞さない」と強硬姿勢を見せながら、北アイルランドを事実上切り捨てるという腰砕けの取引に、最終的に応じた。今回も同様に、強硬な姿勢を見せておきながら徐々に方針を緩めていく可能性は十分ある。その手法は、イングランド・ナショナリズムと従来の保守支持層、さらには近年加わった労働者層といった多様な支持基盤を政権がまとめていくうえで、欠かせない処世術なのかもしれない。

 第2に考えられるのは、政策を主導する内相プリティ・パテルの問題である。

 パテルは、インドから中部アフリカのウガンダに入植した「印僑」の末裔。「食人大統領」とうわさされ恐れられた独裁者イディ・アミンの抑圧を受けて英国に移住した父母のもとに、1972年に生まれた。元首相マーガレット・サッチャーに憧れて、若い頃から保守政界にかかわり、たばこや酒業界のロビー活動に従事した後、1度の落選を経て2010年に下院議員に当選した。その後国際開発相などを経て、昨年7月のジョンソン政権発足とともに、重要閣僚の内相に就任した。

 保守党内では最右派にあたり、強硬なEU離脱派として知られるだけでなく、反移民、反同性愛、死刑復活の立場を取る。

 自ら移民2世でありながら反EU、反移民というのは奇妙に見えるかもしれないが、インド系やパキスタン系には欧州人としての意識が薄く、かつ自分たちより後から来る移民に対して厳しい傾向がうかがえる。本欄2019年3月27日付『ブレグジット考(下) 誰が離脱に投票したのか』で詳述した通りである。

「脅威を感じさせない二流の人物」

 問題は、このパテルがスキャンダル続きであり、内務省内での信用も失墜していることにある。

 有名なのは、国際開発相当時の2017年、休暇で訪問したイスラエルで、自国の外務省も知らないうちに要人と勝手に会談し、辞任させられた騒ぎである。現在の内相としても人望は薄く、今年2月23日には、国内情報機関「MI5」の信用を彼女が失っていると、『サンデー・タイムズ』紙に特報された。MI5が内相への報告内容を減らしており、パテル自身も毎週の会合に、数カ月間にわたって出ていないという。

 仕事場ではパワハラ体質でも知られ、威張り散らしたり相手をけなしたりしたとして、部下からの苦情が多数寄せられている。

 それでもこの地位を保つのは、ひとえに首相ボリス・ジョンソンのお気に入りであるからに他ならない。2月の内閣改造で内相に留任した際は、『タイムズ』紙のコラムで、外相のドミニク・ラーブと並んで、

 「印象に残らない閣僚だが、ジョンソンに脅威を感じさせない二流の人物だから残留した」

 と酷評された。

 そういう人物に、バランスある政策や熟慮に基づいた判断を求めるのは、無理というものだろう。政権の方針に忠実なあまり、政策がどのような影響を与えるかにまで頭が回らなくなっているのではないか。

 ちなみに、指導者の言いなりになる側近やお気に入りで政権の重要ポストを固め、内部の異論を封じ込める手法は、世界の権威主義的政権に共通する傾向である。

 娘や娘婿を取り立てて公私の区別もつかなくなっている米トランプ政権、情報機関出身者で要所を固めてにらみを利かすロシアのプーチン政権、学生時代の同窓生で政権要所を固めたハンガリーのオルバン政権と、強権的な政権には身内を登用するネポティズム(縁故主義)が目立つ。パテルはその例だといえる。

 第3に、政策立案を担当する官僚自身のレベルの低下も考えられる。EU加盟国で多くの権限はEUに移譲されており、主要な政策の多くも、EUの政府である欧州委員会でつくられているのが現実である。各国政府は実質的な権限を失っており、それに伴って政策立案能力を持つ人材も集まらなくなっている可能性がある。

 加えて、ジョンソン政権を牛耳る首相首席特別顧問ドミニク・カミングズは各省庁の人事にも介入し、独自の意見を持つスタッフや気骨のある官僚を次々とラインから外し、言いなりになる人物に取り換えているといわれる。こうした態勢下では、政府にばかり都合のいい、従って現実性を欠く政策がつくられてしまうのも仕方あるまい。

 内部の多様性を失った組織は、それだけ脆弱になる。ジョンソン政権で起きているのは、そのような現象だと考えられる。

 こうした要素が重なって生まれてきたのが、今回の新移民政策である。ほころびが目立つだけに、そのまま実施される可能性が高いとはいえない。また、そのまま実施されたらされたで、大いに問題になる政策なのである。

国末憲人
1963年岡山県生まれ。85年大阪大学卒業。87年パリ第2大学新聞研究所を中退し朝日新聞社に入社。パリ支局長、論説委員、GLOBE編集長を経て、現在は朝日新聞ヨーロッパ総局長。著書に『自爆テロリストの正体』『サルコジ』『ミシュラン 三つ星と世界戦略』(いずれも新潮社)、『ポピュリズムに蝕まれるフランス』『イラク戦争の深淵』『巨大「実験国家」EUは生き残れるのか?』(いずれも草思社)、『ユネスコ「無形文化遺産」』(平凡社)、『ポピュリズム化する世界』(プレジデント社)など多数。新著に『テロリストの誕生 イスラム過激派テロの虚像と実像』(草思社)がある。

Foresight 2020年3月2日掲載

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