「逃げた」バイデン 【特別連載】米大統領選「突撃潜入」現地レポート()

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 ニューハンプシャー州の予備選挙が行われた2月11日は、朝から小糠雨の降る曇天だった。雨よりも雪の方が濡れないのになぁ、と思いながら、最初の取材先である同州の最大都市マンチェスターのウェブスター小学校に向かう。

 私の住むミシガン州のアパートからマンチェスターまでは、陸路で820マイル(1300キロ超)ある。2日かければ運転できない距離ではなかったが、病み上がりであることを考慮し、前日に飛行機で6時間強かけてやってきた。空港でレンタカーを借りた。

 アイオワ州での「党員集会」とは違い、あくまでも「予備選挙」というシステムで行うニューハンプシャー州の場合、各地に投票場が設けられ、午前6時から午後7時までの間に有権者がそれぞれの投票所に訪れる。

 小雨ということもあり、最初、投票所の中で取材をしようとすると、女性の担当者が飛んできて、

「ここで取材はできないの。取材したいのなら、外でやってください」

 と言われる。

 私は風邪が治ったばかりで、できるだけ雨には打たれたくないのだが、それがルールならば仕方がない。雨合羽を持ってくるのを忘れたのが悔やまれる。

 2戦目となるニューハンプシャー州では、バーニー・サンダース(78)優位の世論調査が出た。理由は、先の2016年の予備選挙で、クリントンに大差をつけて圧勝したという実績と、隣の州のバーモント州上院議員であるという抜群の知名度だ。

 しかし、事前の世論調査では、民主党支持者の半数近くが直前まで誰に投票するのかを決めかねている、というニュースも流れた。

 前回伝えた通り、アイオワ州で、インディアナ州サウスベンドの元市長ピート・ブティジェッジ(38)が僅差でサンダースをかわし勝利を収めるという大番狂わせもあった。ダークホース的存在だったブティジェッジが大躍進を果たした。

 さらにミネソタ州上院議員のエイミー・クロブチャー(59)が、予備選挙前の2月7日に行われた8回目となるテレビ討論会で健闘し、好感度が跳ね上がった。多くのメディアが、クロブチャーを「勝者」だと評した。

 そうした上り調子の候補者を随時見ることになるため、ニューハンプシャーの有権者は最後まで誰に投票するのかが決められない、というのだ。

 加えて、どうしてもここで巻き返さなければならないのが、サンダースと同じく隣州であるマサチューセッツ州の上院議員エリザベス・ウォーレン(70)と、アイオワで4位という予想外の苦杯を喫した前副大統領のジョー・バイデン(77)だ。

 過去の民主党候補者で、緒戦のアイオワ州とニューハンプシャー州の両方でトップを取れなかったにもかかわらず、その後、大統領職に就いたのは、1992年に当選したビル・クリントンだけだ。そのクリントンも、アイオワ州では3位に沈みながらも、ニューハンプシャー州では1位と僅差の2位に急浮上し、自らを「カムバック・キッド 」と呼んだ。

 アイオワ州で3位のウォーレンと、4位のバイデンにとっては、ニューハンプシャー州でこれ以上順位を下げることはできない、という背水の陣だった。

サンダースの「移民政策」

 投票所から出てきた心理学士のフォアド・アフシャー(59)は、前回の選挙から投票する候補者は変わっていない、と言い切る。

「バーニー(サンダース)だ。彼の正義感と公平感、それを政策に移すカリスマ性、そのすべてが好きなんだ。僕にとって大切な政策は、1番が環境問題、2番が経済の安定、3番が社会正義の実現。今のトランプ政権には、社会正義という概念が欠けているからね。バーニーやウォーレンが左寄りだって批判があるけれど、80年代にレーガンが大統領になる前までは、バーニーが主張する国民皆保険や大企業の法人税率を上げるという政策は、アメリカでは一般的な政策だった。それが今では革新的過ぎると映るんだ。これも、バーニーが当選すれば、また流れが変わることもあると思っているよ」

――社会正義を重視するのならウォーレンはどうか。

「ウォーレンは2番目の選択肢だった。バーニーは30年近くも同じことを言っている。恐ろしいほど頑固で、一途なところが彼のいいところだ」

 彼の娘であるリリー・アフシャー(27)も、サンダースに投票したという。

 しかし父親とは違い、投票を決めたのはアイオワ州での党員集会の後だと言う。

「アイオワの結果を見て、バーニー(サンダース)には、もうひと頑張りしてほしいと思ったわ。大学の無償化や、学生ローンを抱えている人の返済無償化は、私たち若い世代には非常に魅力的だわ。私自身も学生ローンを抱えているから。それだけでなく、国民皆保険という考え方もいいわ。今の状況だと、いつ医療費が払えなくなるかは、雇用者や保険などによってくる。運次第という要素が強すぎるわよね」

――ブティジェッジに投票することは考えたのか。

「なかったわね。ブティジェッジは、自分に海外での軍人生活の経験があるからなのか、徴兵制も考えていると発言したこともあるでしょう。それに、彼の中東を含めた外交政策全般がよく見えてこないので、投票する気にはならなかった」

 ローズ・アポンティ(24)は、高校卒業後、アメリカ海兵隊で4年務めて、2018年から「G・Iビル」と呼ばれる、元軍人の学費をカバーする制度を使い、マンチェスター・コミュニティー・カレッジに通っている。

 彼女も、「バーニーに投票したわ」と言う。

「前回の2016年からずっと、バーニーを支持しているの。大企業や既得権益と闘う姿勢を明らかにしていて、大企業からの献金も一切受け取らない。個人からの献金だけだと、資金的に大変な面もあると思うけれど、それを貫いているでしょう。私にとって一番大切なのは、大企業や裕福な人への課税の強化ね。2番目は最低賃金を15ドルに引き上げること。3番目が、国民皆保険になるわね」

――トランプ大統領は、軍隊に多額の予算を回し、今では史上最強の軍隊であり、自分は最高の軍の指揮官だと言っている。

「史上最強というのは、事実とは異なるわよね。装備や待遇が前よりいくらかましになったぐらいかしら。退役軍人として、トランプに投票する気にならないのは、彼が、退役軍人が受ける医療診断の待ち時間がなくなったというようなことを言うんだけれど、それは事実と大きく異なり、いくつもの段階を踏んだ後じゃないと、退役軍人が病院で診察を受けることはできないの。たとえ、それが従軍の時に受けた怪我や、心理的な病気であってもよ。まあ、軍隊についてトランプが言うことは、ほとんどが“フェイクニュース”だと思っているの」

 両親がホンジュラスからの移民であるというアリアナ・ゴールドバーグ(29)は、紺地に「Bernie」と書かれたTシャツを着て、投票所から出てきた。

「前回の2016年からバーニーを応援しているわ。彼の言うことは、まったくぶれないでしょう。それを維持し続ける政治的な情熱には、本当に期待している。うちの両親は80年代にホンジュラスの圧政から亡命してきた。一時保護国(TPS=Temporary protected status)の制度で、アメリカにとどまることができていたんだけれど、トランプ政権の厳しい移民政策で、70代の父親が、2カ月以内にホンジュラスに送還されるかもしれないの。アメリカに渡ってきて40年近くになり、ホンジュラスには帰る家や親族さえいないのに……。私? 私はアメリカの市民権を持っているから大丈夫。だからバーニーには、大統領になってトランプの移民政策を1日も早く見直してほしいわ」

 そういえば、サンダースの移民政策については、あまり注意を払ってこなかったな。

 スマホでサンダースのサイトを開くと、

「誰でも歓迎し安全なアメリカ」

 という移民政策のページが見つかる。

 そこには、

「トランプの行っているTPSの廃止を全面的に見直し、 恒久的な解決に至るまで、TPSを延長する」

 と書いてある。

 移民の娘としては、父親が連れ去られるかもしれないという喫緊の課題であり、その解決策を掲げるサンダースに投票するということにつながるのだ。

「誰ならトランプに勝てるのか」

 取材を続けていると、道路にカメラを構えているテレビクルーたちがざわざわし始めた。

 キャンペーン用のミニバンから、民主党候補者の1人であるハワイ州下院議員のトゥルシー・ギャバード(38)が降りてきて、有権者や彼女のボランティアと言葉を交わし始めた。一目でギャバードであるのは分かったが、彼女の情報が不足していた。

 民主党のテレビ討論会には、6回目以降は参加資格に届かず参加できていない。

 知っているのは、アイオワ州での選挙活動はほとんど行わず、ニューハンプシャー州の予備選挙に注力してきたことと、今年の元日にニューハンプシャーの海でサーフィンをしている映像がテレビで流れていたことぐらいか。あと、ヒラリー・クリントンのツイートが自分の名誉を傷つけたとして、裁判を起こしていたな。

 結局、私が気の利いた質問を1つも思いつかないでいるうちに、ギャバードはすぐさまミニバンに乗り込み、現場を去っていった。

 しかし、ギャバードがニューハンプシャーで勝ち目が薄いことは、皮肉にも彼女に投票した有権者の声が裏付けている。

 ドナ・キィーフェ(56)は、ギャバードに投票した。しかし、キィーフェは共和党の支援者だ。そのキィーフェが、なぜ民主党の予備選挙でギャバ―ドに投票したのか。

「民主党の中で、一番弱そうだったからなの。手強そうなサンダースやバイデンがトランプ大統領の相手になるのを避けるため、ギャバードに投票したのよ。11月の本選挙では、トランプ大統領に投票するわ」

 もちろん、投票所には民主党候補者に投票する人だけでなく、共和党に投票する人も足を運ぶ。共和党の有権者は、ほとんどはトランプに投票したという。

 しかし、身なりのいい老紳士が、共和党の元マサチューセッツ州知事ウィリアム・ウェルド(74)に投票したという。

 あまり知られていない候補者だが、共和党からはトランプ以外にも、当初3人の候補者が出馬していた。そのうち2人が脱落し、今ではウェルド1人が残っている。アイオワ州では、トランプが全得票の97.1%を獲得し、ウェルドの得票率は1.3%にとどまった。

 ブラッド・クック(71)を取材していると、地元メディアが横から入り込んできた。他人の取材しているところに割り込んでくるなんて珍しいな、と思っていると、どうもこのクックは地元の名士らしい。

「どんな状況下でも、トランプ再選だけは避けたい。トランプは人々の感情や不満に訴えかけるのにたけていて、人々は麻薬でハイになったような状況でトランプを支持している。だが、国家財政はトランプの規律のない支出のため、赤字幅が広がっている 。こんな男に、国の運営を任せるわけにはいかない」

 まるで演説でもするように話すなあ、と思っていたら、彼は弁護士が本業で、2014年にはニューハンプシャー州の州知事選挙に立候補することも考えていたが、直前で止めたのだ、とウェブサイトの情報にあった。

 私は、サンダース以外の民主党の候補者に投票したという有権者の声を聞きたかった。しかし、候補者ごとに集まる党員集会とは違い、投票所から出てきた有権者に声をかけ続けるしかない。

「USPS」(米郵政公社)で働き、組合員でもあるケルシー・フレンチ(26)は、投票日当日に候補者を決めたという。

「ブティジェッジかサンダースかで、散々迷って、ブティジェッジに投票したの。ニュースサイトやウェブの記事を読み漁ってね」

――サンダースとブティジェッジでは、政策が随分と違うように見えるが?

「そうね。サンダースの唱える国民皆保険制度は魅力的だけれど、本当に実現可能だろうか、と考えたの。十分な財源は確保できるのか、ってね。どちらの政策がより現実的かって比べて、最後にはブティジェッジを選んだわ。健康保険制度を含め、アメリカには大きな変革が必要だけれど、実現可能な変革でないといけないと思ったの」

 引退しているドン・ラポインテ(80)も、ブティジェッジに投票したと言う。

「決めたのは昨日だよ。サンダースやウォーレンの唱える国民皆保険だと、俺が今持っている個人の保険を取り上げられてしまうだろう。俺の保険は、掛け金も低く、条件もいいので手放したくないんだ。でも、ピート市長(ブティジェッジ)は、国の保険に入るのか、個人の保険を維持するのかは、各自の判断に任せると主張している。その点では、バイデンの政策も同じなんだが、ピート市長には30代という若さがある。そこが、ピート市長に入れる決め手になったな。ピート市長にはどうあってもトランプを倒して大統領になってほしい。トランプは、移民の親子を引き離したり、大企業や大富豪の減税はするが、俺のような年金生活者から取る税金は高くなっているんだ。とんでもない話だろう」

 夫婦で投票に来たハリー・マロネ(67)は、前日に投票する候補者を決めたという。

「2人で話し合って、いったい誰ならトランプに勝てるのかを優先して決めたよ。その結果、エイミー(クロブチャー)に投票した。彼女の中道寄りの政策は、無党派層にも受けると思うんだ。それに、数日前の討論会を見ていて、エイミーなら、あの攻撃的なトランプを前にしても互角に渡り合える強さがあると思うようになったんだ。大切な政策? アメリカの法律を守ることと、政府としてちゃんと機能することだ。その意味では、トランプが下院で弾劾されたことは正しかったと考えているよ」

バイデンに投票しなかったアフリカ系有権者

 まだ、バイデンやウォーレンに投票したという人に行き当たらない。

 オバマ政権の副大統領であったバイデンは、アフリカ系の有権者の間で人気が高いという報道が多い。

 本当にそうなのだろうか。

 アフリカ系と思われるジョセフ・ソロモン(70)に声をかけてみた。現在、倉庫の管理業務をやっているという。

「いつ投票する候補者を決めたかって? 投票所に入ってからだよ。サンダースに投票した。最後まで、サンダースかウォーレン、エイミー(クロブチャー)で迷った。長年、まじめに働いてきた人が病気になったとき、安心して治療を受けられる国でありたい、と思って、国民皆保険を強く推すサンダースに決めた。誰だって病気になりたくってなるんじゃない。困ったときは、助け合うような社会でありたいと思ったんだ。バイデンに入れる気はなかったかって? 以前はいい政治家だと思った時もあった。でも、今は歳のせいかね、全然ぱっとしないな。バイデンに入れようとは考えなかった」

 約140万人が住むニューハンプシャー州の人種の比率は、白人が93%を超え、アジア系2%強、アフリカ系は1%強である。とにかく、圧倒的に白人が多い州なのだ。

 アフリカ系でバイデン支持が聞けなかったので、念のためにと、アジア系の男性に声をかけてみた。

 マダップ・グローン(32)は、ネパールからの移民だという。結婚しており、今年には子どもが生まれる、と教えてくれた。

「誰に投票したかって? バーニー(サンダース)だよ。2016年からバーニーに投票している。ボクは今、サザン・ニュー・ハンプシャー大学の4年生で、経済学の学士号を取っているんだ。返済しなければならない学費ローンの総額は、2万5000ドル以上。この5月に卒業した後は、地元企業の人事部で働くことが決まっている。でも、学費ローンを返済するには10年か15年かかる。15年かかれば、ボクは47歳で、その時は子どもの学費をやりくりしないといけないだろう。バーニーの唱える学費ローンの返済免除法が現実となれば生活がぐっと楽になるだろうと期待して彼に投票したんだ」

 私はこの日、マンチェスターの2カ所の投票所で30人近くに声をかけたが、バイデンとウォーレンに投票したという有権者の声を拾うことはできなかった。

 結局、ニューハンプシャー州予備選挙の結果は以下の通りだった。

 ちなみに、ギャバードは事業家のトム・スタイヤー(62)に次いで7位となった。得票数は、9855票で、得票率は全体の3.3%だった。

 アイオワ州でトップ1、2だったブティジェッジとサンダースの順位が入れ替わり、5位だったクロブチャーが3位に急浮上した。

 一方、アイオワで3位だったウォーレンは4位に順位を落とし、バイデンも4位から5位に順位を落とした。ウォーレンとバイデンには、今後の選挙活動に黄色信号がともったことを意味する。

 この夜、各陣営は、ニューハンプシャー州内で支援者向けの結果報告会を兼ねた集会を開いた。

 この日トップに躍り出たサンダースは、

「今夜のわれわれの勝利は、ドナルド・トランプの終わりの始まりだ」

 と宣言し、集まった支持者は、

「バーニーはトランプに勝つ(Bernie bests Trump!)」と声を合わせて応えた。

「アイオワ州でも得票数では1位となり、ニューハンプシャー州でも勝利した。次のネバダ州でも、その次のサウスカロライナ州でも勝利する」

 とサンダースは力強く語った。

 この夜、不可思議な動きを見せたのはバイデンだった。

 上位4候補者の演説はテレビで流れたが、しかしバイデンだけは、ニューハンプシャー州での支援者向け集会には姿を現さず、その日のうちにサウスカロライナに飛行機で移動し、そこから演説する様子がテレビ画面から流れた。

 バイデンにしてみれば、アフリカ系の人口が多いため自分が最も有利とされるサウスカロライナに移り、そこから強さをアピールしたかったのだろうが、見ている側からすると、

「逃げたな」

 としか映らない。

 ニューハンプシャー州で5位に後退しても、そこに踏みとどまって演説をする胆力が必要だったのではないか。

 民主党の大統領候補者になるには、3979人いる全代議員の半分である1991人を獲得すれば、試合終了である。

 緒戦のアイオワとニューハンプシャー2州で決まった代議員は、まだ全体のわずか2%にも満たない。しかも、両州とも白人が90%以上を占めるという人種の多様性に欠ける州であり、アメリカの縮図とは呼べない部分もある。

 しかし、現在の予備選挙、党員集会の制度が確立して以後、民主党の候補者で、両州でトップをとれずに大統領になったのは1992年のビル・クリントンだけである。クリントンはアイオワで3位と低迷したものの、ニューハンプシャーでは1位と僅差の2位へと巻き返し、かつて現職でありながら敗れたアーカンソー州知事に復活したこともなぞらえて、自らを「カムバック・キッド 」と呼んでいる。

 4つの序盤州のうちこの2州の結果が大きく位置づけられるのは、緒戦でのスタートダッシュの善し悪しが、その後の資金集めや投票者の心理に大きな影響を与えるからである。大多数の有権者は、負けることが見えている候補者には投票しないものである。

投票率の高さを維持できるか

 ニューハンプシャー州の予備選後、民主党では3人の候補者が大統領候補指名争いから撤退した。事業家のアンドリュー・ヤン(45)と、コロラド州上院議員であるマイケル・ベネット(55)、前マサチューセッツ州知事であるデバァル・パトリック(63)だ。28人という史上最多の乱立で始まった民主党の大統領候補者選びも、これで8人にまで絞られた 。

 ここから誰が抜け出すのかは、次のヒスパニック系の有権者が多いネバダ州の党員集会(2月22日に終了)と、その次に控えたアフリカ系が多いサウスカロライナでの予備選挙(2月29日)の結果を注意深く取材する必要があるだろう。

 加えて、民主党には、3月3日の「スーパーチューズデー」から参戦する前ニューヨーク市長で大富豪のマイケル・ブルームバーグ(78)という“ワイルドカード”も残っている。もともと民主党であったが市長選では共和党から出馬。その後無党派となり、今回は民主党から出馬するブルームバーグに期待する向きもあった。

 昨年10月以降、テレビやネット上の広告に巨額の私費を投じた結果、2月に入り支持率が10%以上も急上昇した。その結果、2月19日にラスベガスで行われたテレビ討論会にブルームバーグが初参戦することになった。

 しかし、ニューヨーク市長時代、警察に対してアフリカ系、ヒスパニック系市民への人種偏見に基づいた捜査(Stop and Frisk)を容認していた事実や、自身が創業した金融通信社『ブルームバーグ』の経営者時代に女性従業員に対して女性蔑視的な発言をしたことなどを問われると、終始しどろもどろになるという失態を演じた。結果、その日のテレビ討論会の敗者として、多くのメディアがブルームバーグの名を上げた。

 私も討論会の一部始終を見たが、これまでの広告費がすべて無駄になったのではないかと思わせるほど、ブルームバーグは打たれ弱かった。キー局である『NBC』がテレビ討論会を生放送する間にも、ブルームバーグのテレビ広告が何度も流れたときには苦笑せずにはいられなかった。

 テレビ討論会の前日、ブティジェッジが言ったように、「ブルームバーグはお金で民主党の大統領候補を買おうとしている 」ように見えたのは、ブルームバーグにとって好材料とは言い難かった。

 ニューハンプシャー州の予備選挙で民主党にとって最大の好材料となったのは、投票率の高さであっただろう。

『CNN』によると、少なくとも29.5万人が投票所に足を運んだ。

 この数字は、2016年の25万人強を上回り、バラク・オバマ大統領が誕生した2008年の28万人強という数字をも上回った。

 これが、次のネバダ州やその次のサウスカロライナ州(2月29日)でも続き、スーパーチューズデーまで持続させることこそが、民主党が思い描く理想形であろう。

 そういう意味では、今回撤退した3候補者の支持者も取り込むことが必要となる。無党派層だけでなく、さらには共和党内にいる反トランプ層の取り込みも図らなければならない。

 なぜ、不支持率が支持率を上回るトランプの再選が一部で底堅いとみなされているのかと言えば、アメリカの大統領選挙の投票率が1970年代以降、60%を切る低水準にとどまるからだ。国民の4割以上が投票しない現状では、多少の敵を作っても、盤石な支持基盤を固めれば再選も可能だという構図だ。

 民主党が11月の本選挙で政権を奪回したいのならば、1人でも多くの有権者が投票所に足を運ぶような候補者を選ぶことが求められる。

横田増生
ジャーナリスト。1965年、福岡県生まれ。関西学院大学を卒業後、予備校講師を経て米アイオワ大学ジャーナリズムスクールで修士号を取得。1993年に帰国後、物流業界紙『輸送経済』の記者、編集長を務め、1999年よりフリーランスに。2017年、『週刊文春』に連載された「ユニクロ潜入一年」で「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」作品賞を受賞(後に単行本化)。著書に『アメリカ「対日感情」紀行』(情報センター出版局)、『ユニクロ帝国の光と影』(文藝春秋)、『仁義なき宅配: ヤマトVS佐川VS日本郵便VSアマゾン』(小学館)、『ユニクロ潜入一年』(文藝春秋)、『潜入ルポ amazon帝国』(小学館)など多数。

Foresight 2020年2月29日掲載

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