【新型コロナ】シンガポールは日本に次ぐ感染者数 アジアの優等生が被害を拡大させた3つの誤り
中国ありきの経済事情
筆者は、新聞記者時代から長年、シンガポールを取材してきた。現地の南洋工科大学や研究機関などと共同研究を行い、また在シンガポールのEU(欧州連合)政府代表部招聘による国際会議でスピーカーも務めた。こうした経験から、同国を取り巻く変貌を目の当たりにしてきている。
もっとも大きな変化は、中国との関係性だろう。シンガポールのリー・シェンロン首相が、米CNNの名物アンカーマン、ファリード・ザカリア氏を相手に語った昨年9月のインタビューは、その象徴だった。
このインタビューでリー首相は、
「米中貿易戦争でシンガポールを含む東南アジア、東アジア、さらには南アジア諸国が、どちらにつくか大変困難な選択を迫られている」
とした上で、米国が離脱を表明したTPP(環太平洋パートナーシップ協定)についても言及。シンガポールを含めた加盟国、つまり日本やオーストラリア、タイといった国々は「米中の狭間にあり、米国は中国だけでなく、こうした国々と均等に関係を構築するべきだ」とアジアを軽視するトランプ大統領を牽制する発言を行った。
さらにザカリア氏から「しかし中でもシンガポールは、米国の同盟国で、経済的に影響力を増す中国との板挟みでは?」と聞かれた際には、
「米国は(今や)同盟国というよりは、むしろ緊密な関係にある国といったほうが妥当だ。中国は他の東南アジア諸国と同様、シンガポールにとって最大の貿易相手国で、つまり、今では米国を超えた関係ということだ」
あえて、トランプ大統領が敵対する米主要メディアを相手に、中国との“蜜月関係”を強調したわけである。
シンガポールと中国のこうした蜜月ぶりは、数字でも表れている。地元国営メディアのストレート・タイムズ紙によれば、20年前のSARS騒動の時代には、チャンギ国際空港への中国渡航客数は全体の4%に過ぎなかったという。それが昨年は11%と、国別の外国渡航者数で中国がトップに。中国人渡航者による空港内の消費購買額は、全体の3分の1にも達するというのだ。
中国がもたらすシンガポール経済への影響は、観光客が落とすチャイナマネーだけではない。シンガポールの人口約570万人における華人系シンガポール人を除いた、近年の中国本土からの“中国新移民”の割合は、実に100万人以上。シンガポールの6人に1人が中国人というのだ。
巨大化した中国人社会の存在は無視できない。19年の米経済誌「フォーブス」のシンガポール長者番付でトップに立ったのは、中国帰化者の張勇(チャン・ヨン)氏だった。日本を含む世界数十か国で中国名物「火鍋」の大チェーンを展開する企業の創業者兼CEOである氏は、貧困の幼少期から億万長者にのぼりつめた経歴の持ち主。“飲食界のアリババのマー”と称され、中国でも最も成功した起業家の一人として英雄視されている。彼のような中国にルーツを置く多くの富裕層が、莫大な財力をバックに、シンガポールの政財界へも影響を及ぼしてきているのが実情だ。
こうした経済事情の中、中国・武漢を発生源とする新型肺炎に見舞われたのだ。日本と同様、資源のない貿易観光立国にこれほど中国が“浸潤”しているとなれば、時に中国を刺激し、その否定につながる感染拡大防止対策が取れなかったとしても、不思議な話ではない。それがよくわかるからこそ、国民は不安を感じ、怒りを覚えている。
「シンガポール政府の中国渡航者への対応は、実にお粗末でした」
と憤るのは、シンガポール人の筆者の友人である。投資で財を成し、シンガポールでの高額納税者にも数えられる人物だったが、今回の新型ウイルスでの政府の対応に嫌気がさし、なんとオーストラリアに移住してしまった。
「昨年12月の時点で、中国人、特に武漢から1万人以上が、“民族大移動”よろしくシンガポールに流入していました。シンガポール政府は米同時多発テロ以降、国際的な情報インテリジェンス体制を強化してきていますから、当然、中国で発生した新型ウイルスについて把握していたはず。にもかかわらず、中国全土からの入国者対象検査を行うようになったのは、中国での死者がどんどん明らかになって久しい1月22日以降という遅さ。さらに、中国人観光客全面入国禁止措置は2月に入ってからようやく取られたのです」
彼の怒りは他にもある。
「シンガポールのような小さな島国の場合、感染症のような疾病は早々に手を打たないと被害が蔓延しやすい。対策が後手に回ると、国内での市中感染は免れません。実際、90人のシンガポールでの感染者のうち、武漢出身者は18人に過ぎない。感染経路がバングラデッシュやインドネシアだと判明している数人を除けば、中国への渡航はなく、中国人との接触もない人たちが感染している。人から人への国内感染で広まったということです。結局、シンガポール政府はチャイナマネーしか見ていないということ。中国のメンツは傷つけたくなかった。特に春節は、年間で最も中国人がお金を落としてくれる最高のチャンスでしたからね」
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