世界のゴルフ界が取り組む「革命的」4大改革 風の向こう側()
昨今、世界のゴルフ界で次々と変化が起こりつつある。
誰もが頷く変化もあれば、多くの人々が首を傾げる提言もある。変わることが必ずしも良いとは言えないケースもあるが、時代に即した変化や改革が必要であることは言うまでもない。
気になるミケルソンの決断
2020年の年明けから、男子ゴルフの世界には大きな波紋が広がっている。世界の最高峰と見なされている「米PGA」ツアーの対抗馬になりそうな新ツアー構想が浮上したからだ。
英国に拠点を置く「WGG(ワールド・ゴルフ・グループ)」が新ツアー構想を最初に発表したのは2年前の5月だった。そのときは誰も取り合わず、一笑に付された。
だが、今年1月に再度発表された構想は、驚くほど具体化されており、「ひょっとして、これは現実になるのでは?」と、選手たちもゴルフ関係者も揺れ始めている。
「PGL(プレミア・ゴルフ・リーグ)」と名付けられた新ツアーは年間18試合を開催予定。そのうちの10試合は米国が戦いの舞台になるという。
各試合とも1試合の賞金総額は10ミリオン(約11億円)という超高額。昨年、日本で開催されたZOZOチャンピオンシップと同等規模の高額大会が年間を通じて開催されることになる。
試合形式は個人戦とチーム戦の双方があり、個人戦は3日間大会で予選カットは行わず、世界のトッププレーヤーばかり48人が腕を競い合う。チーム戦は4人1組、合計12組が世界一を競い合うという構想。2022年からの開始が予定されている。
きわめて具体的な上、米PGAツアーと日程的に重なり、ふんだんな「サウジ・マネー」が資金源と言われている高額賞金の魅力は米PGAツアーに勝るとも劣らない。
さすがに米PGAツアーのジェイ・モナハン会長も黙ってはいられなくなり、
「我がPGAツアーと新ツアーの両方のメンバーになることはできない」
と記したメモを選手たちに回して釘を刺し、警戒している。
すでに世界のトッププレーヤーたちはPGL側から個別にアプローチされ、説明や勧誘を受けている様子だ。タイガー・ウッズ(44)やローリー・マキロイ(30)はいち早く新ツアーには出ない意志を示しているが、気になるのはフィル・ミケルソン(49)の意向だ。
サウジアラビアで開催された欧州ツアーの「サウジインターナショナル」(1月30日~2月2日)に招待出場し、そのプロアマ戦でPGLの中心人物らと同組で回ったミケルソンは、
「とても興味深い話を聞いた」
と欧州メディアに笑顔で語り、PGLに対する意向を3月の「ザ・プレーヤーズ選手権」(12~15日)の際に明かすつもりだそうで、大きな注目が集まることは間違いない。
「サウジ・マネー」の威力
その「サウジ・マネー」は世界の女子ゴルフ界にも触手を伸ばしているのだが、こちらは歓迎ムード一色だ。
「LET(欧州女子ツアー)」は、今年3月にサウジアラビアで新大会を開催することを発表した。サウジアラビアで女子プロゴルフの大会が開かれるのは史上初だが、出場選手108名、4日間72ホール、賞金総額1ミリオン(約1億1000万円)の本格的大会が予定されている。
まだ規模も機動力もさほどないLETが、なぜアラブの国で新大会を開催できるようになったのかと言えば、それはLETが「米LPGA(女子ツアー)」と協力し合うジョイント契約を結んで動き始めたからである。
米LPGAはアニカ・ソレンスタム(49)やロレーナ・オチョア(38)といった女王たちの引退後、人気低迷に喘ぎ続け、試合会場は閑散としている。欧州女子ゴルフの事態はさらに深刻で、LETの年間試合数は2017年には15試合まで減少した。
だが、米欧双方の女子ツアーが手を結んだことで、昨年は20試合へ増加。賞金総額も昨年は15ミリオン(約16億4000万円)まで膨らんだ。
特筆すべきは、この米欧女子ツアーのジョイント体制を男子の欧州ツアーと欧州ゴルフの総本山「R&A」が後押しし始めたことだ。
男子欧州ツアーのキース・ペリー会長は、
「女子選手はファンを惹きつける。女子プロの存在価値を高め、ゴルフをみんなで高めていきたい」
と積極姿勢を示し、R&Aも、
「米欧女子のジョイント・ベンチャーをサポートしていきたい」
と語っている。
小林浩美会長の改革
対して、「しぶこブーム」に沸く現在の日本の女子ゴルフ界は、前述のように女子ゴルフに熱視線を向け始めた米欧あるいは世界のゴルフ界の一歩先を行っていると言っても過言ではない。
とは言え、日本の「LPGA(女子ツアー)」は、渋野日向子(21)が2019年8月に「全英女子オープン」優勝を果たしたことで突然成長を始めたわけではない。それ以前から黙々とツアー・システムの改善改良に取り組んできたからこそ、渋野のメジャー制覇を契機に、渋野のみならず「黄金世代」「プラチナ世代」といった若手たちが次々に輝き始めたのだ。
そして、日本の女子ツアーを拡大成長させた最大の要因は、下部ツアーの「ステップ・アップ・ツアー」を思い切って改革したことだと私は思う。
ステップ・アップ・ツアーが創設されたのは1991年のこと。当初は大半の大会が2日間競技で、ギャラリーはおらずTV放送もなく世界ランキングも対象外だったが、その後もその状態のまま、20年の歳月が流れた。
だが、2011年に小林浩美(57)がLPGA会長に就任してから、思い切った改革に乗り出した。
若い才能や力を効率的に伸ばし、開花させることを目指し、LPGAはステップ・アップ・ツアーの大会を次々に3日間競技に格上げし、ギャラリーを受け入れ、2012年には全大会CS生放送を実現した。
さらに2017年には、世界ランキングの対象となるための条件である「3日間競技を年間10試合以上」をついに満たした(3月からの2020年シーズンは全18試合、うち2日間競技は開幕戦だけ)。
これによって、ステップ・アップ・ツアーがLPGAのレギュラーツアーや世界の舞台への土台や踏み台となるためのシステムが出来上がり、文字通り、「ステップ・アップ」していくための順路が整った。
渋野は、まさにこの順路に沿って歩んできた代表例だ。
2018年、まだ正式会員ではなかった渋野は「単年登録者」というステータスでステップ・アップ・ツアーに挑み始め、途中7月にプロテストに合格してLPGAに入会。同年、ステップ・アップ・ツアー16試合に挑み、ギャラリーやテレビカメラの前で賞金を懸けて戦うプロの世界を存分に経験し、賞金ランキング10位、世界ランキング559位という位置づけを得た。
それが土台になったからこそ、2019年から戦い始めたレギュラーツアーで新人ながら早々に2勝を挙げ、全英女子オープン制覇を果たし、さらに9月に4勝目を挙げることができたのだと思う。
さらに言えば、渋野は中学時代から地元・岡山で開催されるステップ・アップ・ツアー「山陽新聞レディースカップ」に3年連続で出場し、ギャラリーの前でプレーする醍醐味を味わい、「プロを目指そうと思った」そうだ。
その意味では、LPGAがステップ・アップ・ツアーの改革に取り組んでいなかったら、日本の女子ゴルフの成長も繁栄も、「しぶこブーム」も、もしかしたら起こってはいなかったのかもしれない。
革命的「産休育休」制度
そんな日本における女子ゴルフブームは、世界における女子ゴルフのさらなる改革を後押しする要因になっていると言っていい。
元女王ソレンスタムが2016年に創設した「アニカ・インビテーショナル・ラテン・アメリカ」は、今年9月、R&Aとの共催による「ラテン・アメリカ女子アマチュア」に格上げされることが決まり、優勝者には全英女子オープン出場資格が与えられることになった。
今度はラテン・アメリカで渋野のようなシンデレラが誕生するかもしれない。
さらに、「USGA(全米ゴルフ協会)」が主催する「全米オープン」や「全米女子オープン」など年間13のチャンピオンシップ大会において、女子出場選手が「産休」、あるいは男子選手が「育休」を取る必要性が生じた場合は、出場資格を最大2年間持ち越せ、世界ランキングも制度利用前で凍結するという新規定も発表されたばかりだ。
女性の「マタニティ」のみならず男性の「パタニティ」も考慮に入れた出場資格の保持は、ゴルフ史上初めての試みであり、これぞゴルフ界の革命である。
すでに決定したこと、いまなお提言段階にあるもの、賛否両論あるにはある。だが、ゴルフが大勢の人々から愛され、楽しんでもらえるスポーツになるよう育てていきたいという想いがあれば、これからも良きチェンジが生み出され、望ましい方向へ向かう改革が進められるのではないだろうか。