「トランプよりサンダース」プーチンの鞍替え戦略

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 ロシアが11月の米大統領選に向け、民主党候補者争いのトップを走るバーニー・サンダース上院議員をSNS(交流サイト)などで支援していることが、米情報機関の分析として報じられた。

 ロシアは中道派のジョー・バイデン前副大統領を最も嫌っており、「民主社会主義者」を自称するサンダース氏が民主党候補になることを望んでいる模様だ。

 ドナルド・トランプ、サンダース両候補による本選挙になった場合、ウラジーミル・プーチン大統領はサンダース氏を支援する可能性がある。

サンクトのIT企業が暗躍

 サンダース氏は2月21日の声明で、米政府から1カ月前にロシアの行動について報告を受けたと述べ、

「ロシアはわれわれを分断して米国の民主主義を傷つけようとしているが、私はトランプ大統領と違い、断固として闘う」

「私が大統領になれば、一切関与させない」

 と強調した。

 一方のバイデン氏は、

「ロシアは私が民主党候補になることを望んでいない。トランプ大統領と同じ立場だ」

 と述べた。

 これに対してトランプ大統領は、

「サンダースはハネムーンでロシアに行ったので、ロシアが支持するのだろう」

 と皮肉った。サンダース氏は1988年、再婚したジェーン夫人とハネムーンでモスクワに10日間滞在した。

 米国のメディアは、ロシアが2016年の大統領選と同様、トランプ大統領の再選も支援していると伝えた。ロシアのドミトリー・ペスコフ大統領報道官は、

「偏執狂的な主張であり、あり得ない。選挙が近づくにつれてこうした主張が一段と増えそうだ」

 と否定した。

 ロシアによるサンダース氏への具体的な支援策は、公表されていない。ロシアの国営ネットメディア『スプートニク』英語版は、

「サンダース氏がトランプ大統領に勝つ可能性も――米専門家」

「サンダース氏、カリフォルニア州で8ポイントのリード」

 などとサンダース寄りの報道が目立つが、露骨なフェイク・ニュースはみられない。

 前回大統領選でのロシアの介入では、ヒラリー・クリントン候補を中傷する偽情報がフェイスブックやSNSで流された。

 米当局者は、サンクトペテルブルクにある情報工作の企業「インターネット・リサーチ・エージェンシー」(IRA)が400人を雇用し、英語など複数の言語でSNSの書き込みや架空の人物になりすましたブログの運営、偽ニュースサイトの展開を行った、としている。2016年には、こうした情報操作が天王山となった中西部やフロリダ州の有権者に対して一定の効果を挙げたという。

 トランプ大統領のロシア・ゲート疑惑を捜査したロバート・モラー特別検察官の報告書は、

「ロシア政府は大胆かつ組織的な方法で米大統領選に干渉した」

 と結論付けた。

裏目に出たトランプ当選

 だが、ロシアにとって、トランプ政権の登場は結果的に裏目に出たかにみえる。

 米議会は選挙介入に反発し、超党派で対露経済制裁を発動した。ロシアの国営企業やエネルギー企業は米国との金融取引を禁止され、エネルギー開発の先端技術移転も阻止された。議会は大統領から制裁緩和権限を奪ったため、トランプ大統領は制裁法案に署名するだけだった。

 トランプ政権下でも外交官相互追放が続き、米西海岸からロシアの在外公館は一掃された。

 米露首脳会談は国際会議などの場で3度行われただけで、成果はなかった。ミハイル・ゴルバチョフ、ロナルド・レーガン時代から必ず行われた米露首脳の相互訪問も実現していない。

 プーチン大統領は5月9日の対独戦勝式典にトランプ大統領を招待したほか、9月の国連総会出席を表明しており、今年相互訪問を実現したい意向だ。しかし、トランプ大統領が米露首脳会談を再選にマイナスと考えれば、実現は難しい。

 ロシアにとって最大の誤算は、トランプ大統領が国防予算を一気に16%増加させ、ロシアに軍拡競争を挑んだことだ。バラク・オバマ前大統領は国防予算を毎年削減していたが、トランプ政権はこの潮流を覆した。

 米国の経済規模の8%にすぎないロシアが対抗して軍拡競争を挑むのは至難の業で、昨年夏、ロシア北部の海軍基地で起きた核ミサイル実験中の放射能漏れ事故も、軍拡競争への焦りをうかがわせた。トランプ政権はウクライナ政府軍にも最新鋭の対戦車ミサイルを供与した。

 トランプ大統領はさらに、中距離核戦力(INF)全廃条約やイラン核合意からも脱退。来年期限切れとなる新戦略兵器削減条約(新START)の延長にも関心がない。

 仮に「ヒラリー・クリントン大統領」だったなら、国防予算削減を踏襲し、INF全廃条約やイラン核合意から脱退することもなかった。トランプ大統領がロシアの人権問題に関心がないことはプラスながら、ロシアが抱いたトランプ政権への期待は、幻想に終わった。

 1月3日にイラン革命防衛隊の精鋭部隊を率いた親露派のカセム・ソレイマニ司令官が、トランプ大統領の命令で米軍によって殺害された時、プーチン大統領は「もうトランプ再選を支持しない」と漏らしたという未確認情報がある。

反露のサンダース語録

『ニューヨーク・タイムズ』(2月22日)によれば、ロシアは前回の大統領選でも、民主党候補にサンダース氏を望み、クリントン氏を攻撃してサンダース氏を擁護する情報操作を行ったという。ただし本命はあくまで、ロシアによるクリミア併合を容認し、北大西洋条約機構(NATO)を「時代遅れ」と酷評していたトランプ候補だった。

 米国のメディアは、ロシアが民主党候補選びでサンダース氏を応援するのは、サンダース氏が相手なら、トランプ氏の再選が容易になるためとみている。

 だが、トランプ政権があと4年続けば、軍備管理は無条約状態となって核軍拡競争が広がり、ロシアは苦しい対応を強いられる。対露経済制裁が強化されることはあっても、緩和されることは考えられない。トランプ再選になっても、米露関係の停滞がさらに4年間続くだけだ。それだけに、「トランプ対サンダース」の本選挙となった場合、ロシアはサンダース氏の当選を望むかもしれない。

 サンダース氏は上院議員として、ロシアを厳しく非難してきた。ロシアのクリミア併合では、

「同盟諸国と結束し、ロシアの侵略を阻止する統一行動をとるべきだ」

 と述べた。ロシアによる選挙干渉では、

「ロシアを政治的、経済的に封じ込めるべきだ」

 と語った。「ウクライナでの軍事的冒険主義」を非難したり、プーチン大統領を、

「地球温暖化を否定する反民主的権威主義者」

 と酷評したこともある。議会の対露経済制裁には、上院議員として常に賛成票を投じた。

「東欧諸国をロシアの侵略から阻止するため、NATOと連携すべきだ」

 と述べたこともある。

 発言だけみれば、ロシアに好意的発言が目立つトランプ大統領と大きく異なり、反露主義者ととれる。

米国のカオスを期待

 それでも、ロシアにとってサンダース氏が好ましいのは、第1に、国防予算削減を表明していることだ。同氏は、

「米国だけが世界の安全を守るため巨額の軍事費を投入している。しかし、本国のインフラは老朽化し、子供たちは大学に行く余裕がない」

 とし、国防予算を削減してインフラ整備や教育費に回すよう訴えた。

 サンダース氏はまた、INF全廃条約失効に際して、ロシアとの軍拡競争を避けるよう求める法案を共同提出した。サンダース政権なら、ロシアに軍拡競争を挑むことはなさそうだ。

 第2に、サンダース氏が対外プレゼンス削減を訴えていることもロシアには好ましい。同氏は、

「米国は世界最大の在外軍事基地を抱え、最大の兵力を外国に展開させている」

 とし、在外兵力の大幅削減を訴えている。サンダース政権なら、中東からの米軍撤退に拍車がかかり、空白地帯にロシアが進出する余地が広がる。

 第3に、長年無所属議員として活動し、「民主社会主義者」を標榜して大企業の横暴を批判し、弱者救済を掲げる「サンダース大統領」なら、米国は内向きとなり、党派対立から米社会が混乱するとの期待がロシア側にある。ロシアにとっては、米社会をカオスに陥れる指導者が望ましいのだ。

 米投資会社「ゴールドマン・サックス」のロイド・ブランクファイン前CEOは英紙『ガーディアン』(2月20日)で、

「私がロシア人なら、今回はサンダースに賭ける。彼の政権は、クレムリンには大きな贈り物となる」

 と指摘した。ロシアがこれからどう動くかも、大統領選の行方に一定の影響を与えそうだが、ロシアの応援は有権者の拒絶反応をもたらし、トランプ大統領にプラスに働くかもしれない。米有権者の民度が問われることになる。

名越健郎
1953年岡山県生れ。東京外国語大学ロシア語科卒業。時事通信社に入社、外信部、バンコク支局、モスクワ支局、ワシントン支局、外信部長を歴任。2011年、同社退社。現在、拓殖大学海外事情研究所教授。国際教養大学東アジア調査研究センター特任教授。著書に『クレムリン秘密文書は語る―闇の日ソ関係史』(中公新書)、『独裁者たちへ!!―ひと口レジスタンス459』(講談社)、『ジョークで読む国際政治』(新潮新書)、『独裁者プーチン』(文春新書)、『北方領土はなぜ還ってこないのか』(海竜社)など。

Foresight 2020年2月26日掲載

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