澤田秀雄(HIS会長)【佐藤優の頂上対決/我々はどう生き残るか】

  • ブックマーク

観光ビジネス都市を作る

佐藤 海外支店のお話のように、すでにあるものを使って様々な業態に展開していくのは、「ハウステンボス」も同じですね。赤字続きで62億円の債務があった「ハウステンボス」を黒字化させ、そこから更にいくつもの事業を生み出しています。

澤田 「ハウステンボス」の敷地は広大で、東京ドーム33個分、152万平米あります。これはモナコ公国とだいたい同じ大きさです。そこに水道や電気、道路、食堂などインフラが揃っていますから、一つの都市と言っていい。その上、ここは私有地だから規制が少ない。だから電気自動車の自動運転とか、ロボットとか、いろんな実験ができるんですよ。近々、空飛ぶタクシー、エアタクシーの実験も予定されています。

佐藤 各地にできている、ロボットが接客する「変なホテル」もここから始まったんですよね。私は何度も泊まっています。

澤田 ありがとうございます。今、全国で16軒になりました。

佐藤 このホテルはどういう発想で始まったのですか。

澤田 「ハウステンボス」にはホテルヨーロッパという5つ星ホテルがあります。内装は19世紀のヨーロッパを彷彿とさせ、サービスの質も非常に高い。「ハウステンボス」の再生を引き受けてから、僕はここに住んでいるような状態でしたが、すべてのお客さんがこうしたホテルを望んでいるわけではないだろうと思ったんですね。飛行機でローコストキャリアの時代が来たように、ローコストホテルの時代もくるかもしれない。それならどう作るのか。ホテルの三大コストは、光熱費、人件費、建築費です。3~3・5星くらいの快適さを保ちつつコストを抑えるには「生産性の向上」が必要です。そこで接客や掃除などにロボットを使ってみました。

佐藤 そうしてあのホテルが誕生したのですね。受付では恐竜が出迎えてくれて、私の家族には大好評でした。

澤田 普通のホテルだったら20~30人いるところを、「変なホテル」は7人前後でやっています。建築費も工法を工夫して下げ、断熱や太陽光発電で光熱費も抑えた。だから生産性は非常に高いですよ。

佐藤 と同時に、手を抜いているという感じがないのがいい。しかも少しずつ変わっていますね。例えば最初の頃は連泊時にシーツを替えなかったのが替わるようになったり、話しかけると明かりやエアコンをつけてくれるタピア(コミュニケーションロボット)が、ある時から人形型のロボホンになっていた。

澤田 「変なホテル」の「変」は、変化し、進化し続けるという意味です。お客さんの声を聞いて不満や問題が出てきたらすぐ解決し、また新しいものはどんどん取り入れていく。

佐藤 「ハウステンボス」では、その「変なホテル」1号店を含め、電力は自分たちで賄っているそうですね。

澤田 太陽光パネルを設置して電力を供給していますが、今開発している薄型の太陽光発電は画期的ですよ。フィルム型でどこでも貼れる上、発電コストがかからない。現在の太陽光発電だと毎時1キロワット当たり15円プラスマイナス2、3円ほどですが、フィルム型太陽光発電は4円前後でやれる。火力発電がだいたい8円です。だから補助金なんかいらなくなりますよ。これを量産して日本全体、アジア全域に売っていけば、世の中が変わるのではないかと思います。

佐藤 それはすごいですね。

澤田 もう一つ期待しているのは、植物工場です。世界一繁殖力が強いという野菜を栽培しています。水の上で次々繁殖していくのですが、それが完成しつつあります。これはイスラエルの技術で、それに我々が出資しているという形ですが。

佐藤 日本は食料自給率が低いですから、非常に重要なことです。今WTО(世界貿易機関)関係のニュースだと、関税とか輸入規制ばかり取り上げますが、世界では食糧に関して、すでに輸出制限が始まっています。例えばインドは、小麦の輸出を規制している。欲しいと言っても買えない時代がくるかもしれないんです。

澤田 だから僕は、エネルギーと食糧、この二つを潤沢に供給する仕事がしたいんですよ。

佐藤 そうなると、もう旅行会社の枠を超えていきますね。

澤田 そうでもないです。旅行業は平和産業である、というのが私の持論です。旅行は、その国、地域での暴動や紛争などが起きると行けなくなる。香港でもあれだけ混乱が続くと気軽に旅行できない。だから僕たちは平和を願うのが仕事なんですよ。

佐藤 なるほど、それはそうですね。

澤田 僕はエネルギーと食糧が足りなくなったら、必ずどこかで紛争が起きると思っています。だからより安い価格でより安定的にエネルギーや食糧を提供したいんですよ。

佐藤 旅行業の前提部分からアプローチするわけですね。

澤田 一方で、ロボットホテルである「変なホテル」は、様々なロボットの実証実験の場です。ロボットが仕事をしてくれれば、人間の余暇時間が増える。世の中が平和になり、余暇が増えれば、安心して旅行に出ることができます。そうすると本業の旅行業にも大きな恩恵がある。

佐藤 さらに観光でその土地を訪れ、旅先のことを知れば、それも平和につながりますよね。

澤田 そうです。実際に現地に行ってみると、これまで言われているのと違うな、と思うことが多々ある。現地の人とコミュニケーションをとってわかり合おうとすれば、ますます平和につながっていく。

佐藤 それらの起点がすべて「ハウステンボス」にあるのが面白い。

澤田 とにかく広大な敷地があるので、我々だけでなく、他の企業の方もいらしてどんどん実験に使ってもらいたいと思っています。僕は「観光ビジネス都市」化と言っていますが、観光地である「ハウステンボス」を舞台に先端技術実験をやり、やがてはここで生み出されたものが世界に出て行く。ただのテーマパークと思われていた場所が、いつの間にか、そうなっていればいいと思います。

澤田秀雄(さわだひでお) エイチ・アイ・エス代表取締役会長
1951年大阪生まれ。大阪市立生野工業高校卒。73年、旧西ドイツ・マインツ大学経済学部に留学。帰国後の80年にHISの前身インターナショナルツアーズを設立。90年に現在の社名に改称し、2004年に会長。10年に赤字続きのハウステンボス社長に就任し1年で黒字化に成功する。16年HIS社長に復帰。19年より現職。

週刊新潮 2020年2月20日号掲載

前へ 1 2 3 4 次へ

[4/4ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。