世の中の離婚は浮気や不倫ではなく、夫婦間の「無意識のずれ」が原因である
夫婦で対等な関係は難しいのだろうか。「主人」「奥さん」「家内」という呼称が未だに廃れないところをみると、日本の夫婦はどうも上下に主従、奥だの内だのの位置づけが好きらしい。心の中では夫を蔑(さげす)んだり軽んじていても、「主人」と呼ぶ女性は、心の闇が深い。
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ま、そんな細かい部分でいちいちイライラしたりモヤモヤしていたら、テレビドラマなぞ観ていられない。ところが、この手のイライラやモヤモヤが生まれず、珍しく対等な夫婦の在り方を心地よく描いたのが朝ドラ「スカーレット」だった。
働く女性への冷遇と蔑視が甚だしい時代に、陶芸家として成功した川原喜美子の物語。主役は戸田恵梨香。女中としてこき使われながらも、根性と人情と初恋で涙と笑いに満ちた大阪編、陶器の絵付けに夢中になり、陶芸に目覚め、愛と技術を育む信楽(しがらき)編。この4カ月、極細身の戸田の奮闘ぶりを応援し、ともに歯ぎしりして悔しがり、ともに涙して震えてきた。適材適所の役者陣も含め、久々の見ごたえに身悶えしてきたが、あえて夫婦に絞ろうと思う。
戸田が惚れたのは陶芸家を目指す十代田(そよだ)八郎こと松下洸平。ふたりが恋に落ち、会社の商品開発室で愛を育んでいく姿に、胸が音を立てた。きゅん。積極的なアプローチは戸田から。それに誠実かつ対等に男として応える松下。結婚に猛反対の父・北村一輝にも、ふたりは本音と本気で体当たり。
このふたりのやりとりには健全な情欲と色気を感じた。最近、ドラマの台詞からすっかり色気が消えちゃって、幼稚な行為で世間が興奮することに不満を覚えていたので。情欲は大事。
結婚後も、違和感や些末(さまつ)な不満を共有していた点も好ましかった。夫婦不和の根幹には必ず「言わなきゃわからない」があるからだ。
ところが、ヒッピー風味の風来坊・黒島結菜が弟子として夫婦の間に闖入(ちんにゅう)し、空気が一変。黒島と松下が「すわ! 不倫か」と盛り上がったものの、黒島は「好意と諦観」だけ匂わせて去っていった。このあたりから夫婦間に違和感が生じる。
1回稼働するのに40万円もかかる穴窯で意見が対立。陶芸家としていい作品を作るためにはとにかく穴窯をやりたい戸田、生活を逼迫させる危険性を避けたい松下。志の相違から別居へ。
松下にとって、戸田は「陶芸家」ではなく「女」だったという。松下の言葉は甘くて素敵に聞こえるが、対等な関係が一瞬にして崩れる音も聞こえた。戸田の別れの決意が固まる音も聞こえた気がする。同志と思っていた夫が、自分を陶芸家として見ていないと知ったときの絶望たるや! 大阪でも信楽でも、女というだけで辛酸を舐めてきた戸田にとっては深い絶望だ。
どんなに対話していても、根幹に無意識のずれがあると致命傷。世の中の離婚は浮気だの不倫だのではなく、案外この手のずれが原因だ。
その後はナレーションで流す「ナレ離婚」で、夫の存在はほぼ消滅という展開。このそっけなさとあっけなさにこそ女の意地と誇りがある。別れてから気づく対等の幻想。皮肉である。