野村克也さんが語っていた「投手サッチーを失って」 晩年のぼやきインタビュー
「まったくストレスなし」
〈サッチーを思い出すタイミングも、女房役ならではである。〉
それは、決まって「こんなことをしたら怒られるかも」というとき。たとえばサッチーは生魚を食べられなかったけど、僕は寿司が大好物。彼女が亡くなってから、自由に寿司が食べられるようになったんだ。でも、「寿司ばっかり食べるな!」と、怒られる気がするんですよ。あと、彼女は僕の仕事を全部管理していたから、僕がいまやっている仕事に対して、「そんな仕事は受けるな!」と怒っているんじゃないか、と思うこともあります。
浮気もできないですね。ついつい「銀座に遊びに行ったらサッチーに怒られるんじゃないか」と考えてしまうから。昔から、銀座で女の子を口説こうと思っても「サッチーが怖い」と逃げられたもんです。いまでも逃げられますよ。みんなサッチーのおばけが怖いんじゃないですか(笑)。
女房に先立たれると、男の弱さがわかるよね。一番つらいのは、話し相手がいないこと。僕は「ぼやきのノムさん」なんて呼ばれてるけど、その「ぼやき」の相手がいなくなってしまうと、やっぱりさみしい。
監督時代は、家で選手への不満なんかをぼやいていると、それを聞いたサッチーが直接選手に言いに行ってしまって、週刊誌などで問題になったこともあったな。サッチーは相手が傷つこうが傷つくまいが、お構いなしの人だったから。それに対して僕が怒ったかって? 彼女は人に怒られて改めるようなタマではありませんよ(笑)。
監督を辞めてからも、テレビで野球を見てはぼやいていました。彼女は野球がわからないから、「ふーん」と聞いてるだけですけど、それでも聞いてくれる相手がいるのといないのとでは全然違います。だからさみしいけど、これは我慢するしかないよ。サッチーの死後もこうして元気でやれている秘訣は……、性格次第なんじゃないかな。
〈そう語るが、おそらく最大の秘訣は、ストレスがないことなのではないだろうか。〉
いま、仕事はテレビの収録とか新聞や雑誌の取材などで、週に2、3日は働いているかな。でも、この歳になると、もう仕事もそんなに来ないよ。だから働きすぎにはならないし、適度に仕事をしてる感じかな。
現役時代から夜型で、いまもそのままです。だいたい夜の2時か3時までテレビを観て、昼ごろ起きるという生活。毎日10時間以上寝ています。休みの日は1日、テレビを観て過ごしていますよ。散歩とか運動はまずしませんね。
いまの楽しみは、食べることと寝ることかな。食事は好きなものを食べていて、ホテルに食べに行くことも多いですよ。天ぷらも中華も寿司も、なんでもあるから、その日の気分に合わせてね。なにを食べるべきかは体が教えてくれるから、それに従うだけです。
僕の同期は(近鉄やオリックスの監督を歴任した)仰木彬をはじめ、たくさん死んでるけど、僕の健康の秘訣は、たくさん寝て、好きなものを食べること。おかげで、まったくストレスがない日々を送っていますよ。それも体にはいいのかもね。野球評論家の仕事も、根っからの野球好きだからストレスは感じないな。
克則の奥さんがよくできた人でね。自分の同級生をお手伝いさんとして呼んでくれたり、サッチーが亡くなったあとの、いろんな書類の手続きとかも、全部やってくれました。だから僕は、本当になにもしないで済んだんですよ。
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