OPEC内2位「大産油国」イラクでなぜ「天然ガス」生産増えないのか
超多忙の池内恵先生が筆者に「ちゃんとやってくれよ」と叱咤激励の言葉を投げかけておられる。
『池内恵の中東通信』欄に『イランとイラクを結ぶ「命綱」の石油・ガス・電力輸出がかろうじて続く』(2020年2月13日)を寄稿し、ご自身の「フェースブック」で次のコメントを付けてシェアされておられるのだ。
〈ものすごく眠いので、書類書きも論文書きもできないので、ニュースのまとめぐらいやりました。
それぐらい分析をする時間がありません。人を雇えるお金を出してくれないと、大学からは分析は出てきませんよ。シンクタンクとかにも雑用ばかりやらせているし、役所も自ら雑用やっているんで、誰も分析せずに漂流してぶつかりそうです〉
筆者は、一昨日(2020年2月12日)に参考人として求められて意見陳述した「参議院資源エネルギーに関する調査会」(現在も視聴可能)でも申し上げたが、43年間のサラリーマン生活を卒業した後は、「エネルギーアナリスト」を名乗って石油市場・石油価格、さらにこれらに影響を与える国際情勢について分析し、解説することを自らの任務としている。これにはきっかけとなった次のエピソードがある。
〈ちなみに「エネルギーアナリスト」というのは、日本社会では未だ認知されていないようだ。
TV「BSジャパン」(当時)の「日経プラス10」に初めて出演したとき、冒頭で小谷キャスター(当時)から「岩瀬さん、エネルギーアナリストって何ですか?」と聞かれた。この肩書が不思議だったのだろう。筆者はそのとき「生活のためではなく、社会への恩返しのために、エネルギー関連の分析・解説をしているが、その時の肩書としてエネルギーアナリストを名乗っている」とお応えした記憶がある。
「エネルギーアナリスト」として「生計を立てている」人は、今の日本にはいないのではないだろか?〉
いわばサラリーマン生活の卒業論文として書いた上記を含む『石油の「埋蔵量」は誰が決めるのか?』(文春新書、2016年9月)出版直後、某ビジネス雑誌の取材を受けた。拙著の紹介記事を書いてくれるというのだ。
一通りインタビューが終わり雑談になったとき、件の編集者が衝撃の発言をした。
「今でも石油価格はセブンシスターズと、オバQの格好をしたOPECの人たちが裏で相談して決めているんでしょ」
びっくりした僕は、陪席していた拙著の担当編集者の顔を見た。すると彼女も「世の中の多くの人のイメージはそうです」という。
これはいかん、と思った。
エネルギーの基本的事項について、世の中にはこんなにも多くの誤解があるのか!?
ならば残りの人生は、生活のためではなく、これまでお世話になった社会への恩返しのつもりで、より多くの人にエネルギーについて少しでも正しい理解をしてもらうために、そしてファクトに基づいて我が国のあるべきエネルギー政策について自ら考えてもらうお手伝いをするために、関連ニュースを通じて解説をしていこう、と決意したのだった。
米「対イラン制裁」の動き
それから『岩瀬昇のエネルギーブログ』を書き始めた(今でも読めます)。
2014年10月18日に第1稿を書いてから、2017年11月29日に「引越しのご案内」を書くまで、385本を投稿した。そして2017年12月から、引き続き本欄で書いている次第だ。
一方で、要請されれば雑誌等への原稿執筆も、各種団体・機関主催の講演会も、ラジオ・テレビなどへのメデイア出演も、時間の許す限り、いっさい事前に対価を訪ねることなく応じてきた。友人たちがプライベートで行っている勉強会などでは「終了後の一杯」だけでもお話ししている。すべからく目的は、皆さんのエネルギーリテラシーを高めるお手伝いをすることだからだ。
つまり、超多忙な池内先生たちができないことを、筆者はやらなければならない。
さて、「叱咤激励」への返礼である、いや、言い訳か。
実は、イランからイラクへの天然ガス・電力などの輸出を米国が制裁から一時的に免除することを巡る動きに関するニュースが流れていることについては、気が付いていた。
だが、一度取り上げた記憶があり、今はまだ次の展開を予想している段階、もし「免除」が延長されたら状況は不変だが、延長しないと新事態になる、もし新事態になったら書こう、と判断していたのだ。
では、どこで、何を書いたのかを調べてみたら、月刊誌『エネルギーフォーラム』2019年7月号の「ワールドワイド」という欄に、『世界第5位の産油国のジレンマ 夏に向け天然ガス確保が急務』と題して寄稿していた(ちなみに、この欄は2019年12月号で終了している)。
読み返してみて、池内先生が当該ニュースの背景について、冒頭で触れた『中東通信』で次のように書かれていることには若干補足が必要だと判断している。
〈しかしイラクは確認埋蔵量からはOPEC第2位の石油大国である。それにもかかわらず、なぜ自国のエネルギー需要すら賄えないのかというと、1990年のクウェート侵攻以来、長く戦争と経済制裁の下に置かれ、石油・天然ガスの採掘・生産から精製の各段階で、あるいは電力施設の敷設で、投資が滞ってきた。宗派・党派で分裂する現在も、自立の目処は立っていない〉
エネルギー関連の諸々の分野で、投資が滞ったためにインフラ能力が不足しているからだ、というご指摘はそのとおりだ。
だが、OPEC(石油輸出国機構)内でサウジアラビア(以下、サウジ)に次ぐ大産油国であるにもかかわらず、天然ガスの生産量が多くないのはなぜなのだろうか。
『BP統計集2019』によると、2018年の生産量は130億立米(LNG換算約9600万トン)でしかない。
一方、隣国イランはイラクの18倍以上を生産し、米国、ロシアに次ぐ世界第3位の生産量を誇っている。
道遠いイラクの「エネルギー自立」
では、今日に至る歴史を少々振り返ってみよう(数値はすべて『BP統計集』による)。
イラクの原油生産量は、クウェート侵攻により湾岸戦争を引き起こした1990年は、215万BD(バレル/日)だった。
その後1993年46万BD、2002年212万BDと推移していたが、米国を中心とする有志連合軍が「大量破壊兵器」保有を口実に始めたイラク戦争でフセイン政権を打倒した2003年には、134万BDにまで減少してしまった。
そして戦後復興策の要として、大量に存在する既発見未開発の大油田を外国勢に「請負」で開発させる政策を採用した。
当時は、油田サービスなどの下請け企業を含め、多くの米系企業が参画したため、「ブッシュは石油のためにイラクに侵攻した」との批判もあった。
既発見なので、掘ってみたら地下に石油がない、という埋蔵量リスクはない。したがってイラク側は、契約時の生産量から増産した分について、バレルあたりいくらの固定報酬を支払うという「請負」契約で海外大手石油会社を引き込んだ。
「エクソン・モービル」「ロイヤル・ダッチ・シェル」「BP」などと共にロシアの「ロスネフチ」や日本の「石油資源開発」なども参画した。
石油開発事業では一般的な「生産物分与契約」などと比べると、成功報酬的な「ご褒美」は皆無で、アップサイド・ポテンシャル(参画時には確定していなかったが、作業開始後、事業価値が増大する可能性)もない。しかも、請負報酬単価も極めて安価なのだが、油田の規模が大きいために報酬総額が多くなることが、多くの大手石油会社が参画した理由だ。
その結果、イラクの原油生産は順調に増加し、2018年には472万BDを生産、世界第5位、OPEC内第2位の生産量を誇るに至った。
だが、この「請負契約」は、原油の増産量が報酬の対象だ。原油増産に伴い、共に増産される随伴ガスは対象となっていない。したがって、請負で開発作業を行っている海外の大手石油会社は、随伴ガスの回収インフラに投資をするインセンティブを見出せず、フレアーするに任せているのだ。
(前述の「参議院調査会」で、同席した中東専門家が「湾岸産油国はフレアーによる大気汚染問題を抱えている」と指摘していたが、イラクが原因か? サウジもUAEもクウェートも、電源燃料として天然ガスが必要なので、随伴ガス回収インフラへの投資を行っているはずだ)
もし、これらの随伴ガスを回収するインフラを整備すれば、イラクの天然ガス生産量は増加し、自らの需要を十分に賄える可能性がある。
だが、電力需要の増加により、電源燃料としての天然ガスが不足し始めたイラクは、2013年以降イランからの輸入を開始して今日を迎えている、というわけだ。
豊富な埋蔵量を誇りながら、イラクのエネルギー自立への道は遠い。
これは、近隣に「強い」国が存在することによるリスクを回避したいサウジやイスラエルにとって、好ましい事態なのだろうか?
ロシアがウクライナで展開しているような、紛争が継続し、安定化への道のりが見えない状況を作り出すことが、サウジやイスラエルとの強い関係を維持したいトランプ政権の狙いなのだろうか?
また、イランの「レジーム・チェンジ」が難しいならば、イランをもこのような混乱状態に引きずり込むことを、トランプ政権内の対イラン強硬派は目指しているのだろうか?
やはり、中東の「火種」は当分、尽きそうにないな。