野村克也さんは「殺し文句」の名手だった

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 11日、他界した野村克也さんが野球界に残した功績は数多くある。そのうちの一つが江夏豊投手を起用することで、リリーフ投手の地位を引き上げたことだろう。先発投手こそが一流、という固定観念が強い中で、江夏投手を口説いたエピソードはあまりにも有名だ。

 いちおう、ご存じない方のためにざっとご紹介すると、次のようなエピソードである。

――阪神タイガースの江夏投手は1966年の入団以来、6年連続奪三振王、最多勝2回、最優秀防御率1回、9年間で159勝という成績で、セ・リーグを代表する左腕投手だった。が、1974年以降、左腕の血行障害などの影響で成績が落ち、さらにフロントや監督との関係もうまくいかなくなっていた。そのため、1976年には南海ホークスにトレードで出されてしまう。

 セ・リーグとパ・リーグとの人気の差は今では想像できないほど大きかった。そもそも江夏投手自身は、阪神になくてはならない投手だと思っていただけに、ショックは大きく、引退を覚悟するほどだったという。

 そんな江夏投手に当時の南海監督、野村さんは一度会って話そう、と声をかける。ただし、野村さんはその場で「南海に来てやり直そう」などとありきたりな誘い文句を語らなかった。ある試合での江夏投手の投球を振り返って「あれはわざとボール球を投げたな」と投球術を褒めたのだ。

 その慧眼に驚いた江夏投手は、「ちゃんと見てくれている人がいる」と驚き、野村監督の下でやってみよう、とトレードを受け入れる。

 1年目。江夏投手は思うような結果を出せなかった。そして2年目の夏のある日、野村さんは腹案を彼にぶつける。その腹案が、リリーフへの転向だった。当時日本ではまだ先発こそが一流で、リリーフは二流という考えがあった。しかし、時代の流れはすでに分業制に傾いていた。野村さんはすでに佐藤道郎投手を抑えの切り札にしたてあげた実績もあった。

 そこで野村さんは、メジャーでは分業制が根付いていることを江夏投手に語ったあとで、この殺し文句を発する。

「リリーフでオレと一緒に革命を起こしてみないか?」

 この一言が刺さったのを感じて、野村さんはさらにたたみかける。

「これができるのは、日本の球界にはお前だけだ。この道の先駆者になってほしい」

 翌年、江夏投手は19セーブで最優秀救援投手に輝く。その年に野村さんが監督を解任されると、江夏投手はトレードを志願。移籍先の広島でもリリーフエースとして活躍し、チームの2年連続日本一に貢献した――。

 この伝説的エピソードは野村さんの著書にもたびたび登場するお馴染みというか鉄板中の鉄板のような存在となっている。そのディテールが著書ごとに微妙に違う、といったことまでマニアの間では話題になったほどである。

 しかし、この話がこれほどまでに愛され、繰り返し語られるのは、人を口説き落とす際に参考になるからという面もあるようだ。

ザ・殺し文句』の著書があるコピーライターの川上徹也さんは、こう語る。

「江夏さんへの殺し文句が有効だった一つの理由として『革命』という言葉のチョイスがあげられます。江夏さんが司馬遼太郎の小説、特に幕末から明治のものを好んでいることを知っていたからこそ、『革命』といういささか時代がかった言葉を使い、奏功したと言えます。

 また、人を口説く際には『あなただけを強調する』というのも有効です。野村さんが発した『これができるのはお前だけだ』というフレーズがまさにこれでした。

 野村さんは、こういう殺し文句を実にうまく使いました。江本孟紀投手が南海に移籍してきたときのことです。ルーキーイヤーに1勝もできないまま、トレードに出されてきた江本投手に対して、野村さんは初対面で

『お前、去年ずーっと見てたけどな、ワシが受けたら10勝はするな』

 と言ったそうです。さらに背番号16を与えた。

 この期待に感激した江本投手は、そのシーズン16勝をあげたのです。

 ただ、こうした『あなただけ』的なポジティブな殺し文句だけではなく、相手を見て逆にネガティブな言葉で発奮させる術も持っていた点が野村さんの凄いところでしょう。

 ダイエーからヤクルトに移籍してきたものの、あまりパッとしなかった田畑一也投手に対しては、

『お前はファームの4番とトレードで獲得したんだから、誰も期待なんかしてないんだ』とあえて厳しい言葉を投げかけて発奮させました。これで『なにをっ!』と思った田畑投手はその年、12勝をあげたのです」

 野村さんの言葉に関する逸話は数多くある。不用意な一言でやる気をなくさせる上司、ボスが多いだけに、野村さんのこうした言葉はこれからも語り継がれていくだろう。

デイリー新潮編集部

2020年2月13日掲載

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