「大腸がん」死亡率8倍でアメリカ超え… 京丹後市民の腸内環境に解決のヒントあり?
京丹後市の3世代調査
当の京都府立医科大の内藤裕二准教授(消化器内科学教室)に聞いてみると、
「京丹後市は人口10万人当たりの100歳以上が全国平均の約2・8倍と長寿の地域だと言われてきました。寿命が長いというだけでなく、毎日元気に畑に行ったりして健康長寿を全うしている人が少なくない。市と大学でタイアップして研究をしてみようということで、17年に疫学調査が始まりました」
京都市との比較で見ると、胃がんの罹患率は変わらない。胃がんの原因はピロリ菌なので、それに感染している限り日本人の胃がん罹患リスクは高いままだ。しかし、
「大腸がんの罹患率は京都市の人と比べて有意に低かった。大腸がんが日本で増えているのは、食べ物の変化や腸内環境・腸内細菌の変化が大きな影響を及ぼしていると考えられています。そこで、私たちは京丹後市の人の腸内細菌に注目してみました。とはいえ、腸内細菌を調べてその人が大腸がんになるかどうか見ていく研究は時間がかかりすぎるので、まずは京都市内の65歳以上の51人と京丹後市の65歳以上の51人の性別と年齢をマッチングして腸内細菌を比較したんです」(同)
結果は、興味深いものだった。
「『ファーミキューテス門』に分類される細菌が、京都市の人よりも10%多いことがわかりました。ファーミキューテス門は腸内細菌の50~70%を占め、善玉菌が多いことで知られています。加えて、京丹後市の人の腸内細菌トップ4はすべて酪酸産生菌でした」(同)
先の松井教授の話にもあった酪酸産生菌の存在。これは一体、何なのか。慶應大などのグループは、
〈酪酸産生菌は制御性T細胞という炎症やアレルギーなどを抑える免疫細胞を増やす働きがあること、そしてそれは日本人に特徴的である〉という研究結果を16年に発表している。酪酸とは短鎖脂肪酸の一種であり、腸内細菌が食物繊維を分解し、短鎖脂肪酸を作り出すことを「発酵」と呼んでいると聞けば、幾らか親しみが湧くだろうか。その酪酸について内藤准教授に解説してもらうと、
「酪酸は腸と腸内細菌をつなげるキーです。大腸上皮細胞は腸内細菌が作った酪酸を利用してエネルギーのもとになるATP(アデノシン三リン酸)を作っています。つまり、酪酸は大腸上皮細胞のエネルギー源になる。そのATPを作る時に酸素を使うので大腸の粘膜のところで酸素がなくなります。腸内細菌の常在菌にとって、酸素がない方が好ましい状態。我々はエネルギーをもらって、その代わりに腸内細菌が棲みやすいように酸素をなくしてあげているということです」
大腸上皮細胞は悪いものが入ってこないように病気を防ぐバリアになっている。
「大腸は上皮細胞が一層しかないので、ちょっと弱っただけで隙間ができてしまいます。また、腸内での酪酸のこういう効果を期待し、酪酸を口から摂取してもうまくいきません。大腸に行く前に吸収されてしまうので、大腸で腸内細菌が酪酸を作ることが大事。そのためには、腸内細菌のエサになる食物繊維がないとダメなんです」(同)
疫学調査の話に戻ろう。比較した人に簡単な食事調査をしたところ、
「京丹後市では、白いご飯ではなく玄米などの全粒穀類を毎日食べている人が27%もいました。あと、海が近いため海藻類を食べている人が多く、じゃがいもやサツマイモといった食物繊維が多いものもよく食べられていました。動物性脂肪の摂取が少なくて食物繊維が多い、伝統的な食生活を今でもしている人が少なくない。食事と酪酸産生菌が多いことと寿命の因果関係を示すことは難しいのですが、実際に調査をしたらそうなっていたということですね」(同)
内藤准教授は、アメリカと日本の人口比を考えれば、日本の大腸がん死亡率の高さは異常だと指摘する。その理由については、
「はっきりとはわかっていませんが、動物性脂肪は腸内細菌を悪くし、食物繊維が良い働きをするのは間違いありません。つまり、京丹後の人のような食生活が腸内細菌を改善していくんだと僕は考えています。それは5年後の健康には有効でないかもしれませんが、50年後の健康には絶対効いてきます。京丹後の調査では、当人とその子孫まで、3世代に亘って調査しています。初代と比べて3代目では、腸内細菌がだいぶ悪くなりかけている。京丹後も開発が進み、今までなかったコンビニができて、都市化が進んでいる。大腸がんについてだけ見るなら、良い方向には進んでいないんです」(同)
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