西野タイランドの挑戦 西野朗監督がU-23アジア選手権で見せた勝負師の顔

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“西野スタイル”が炸裂

 一方の西野監督は、時間がないなかで、まずはチームの現状を正確に分析した。

「とにかく自分たちの強みを出して行きたい。1つはクイックネス。ボールポゼッションをしっかり生かして、スピード感のある戦いを追求した」

 つまりストロングポイントでの勝負を決断したのだ。

 選手らは攻撃に移ると、ワンツーやスルーしてリターンパスを受けるなどアイデア豊富なプレーを披露した。そのことを西野監督に聞くと、「特に教えていません。同じチームの選手だから自然とできるんでしょう」と拍子抜けする答えだった。

 一方の守備に関しては「まだまだ足りないし、強化する余裕もない」との一言で終わってしまった。

 そしてイラク戦では先に動いての2枚代えである。試合が始まってしまえば、監督ができることは限られている。そのなかで最大限の効果があるのは選手の交代だろう。

 こうした西野監督の采配を久しぶりに見て、改めて感じたのは“勝負師”だということだ。

 23歳以下の選手、バーレーン戦で2ゴールを決めたスパナット・ムアエンタはまだ17歳だが、西野監督には「若い選手だから指導、育成しよう」という概念はないし、弱点である「守備も強化しよう」という発想もない。

 与えられた戦力でいかに結果を出すか。それが西野監督にとって最大の関心事であり、西野スタイルでもある。

 残念ながら準々決勝ではサウジアラビアに疑惑のPK(VAR)により0-1で敗れ、東京に凱旋することはできなかった。

「彼らは経験値が乏しい。東南アジアの経験値にとどまっていて、世界との経験がほぼない。海外遠征の経験がなく国内のクラブと試合をやるだけ。将来的なことを危惧している」

 西野監督はそう言うが、そういうチームを率いてベスト8に進出したのだ。

 タイ国民が西野監督を支持するのは当然と言える。タイサッカー協会は1月22日、A代表を率いる西野朗監督と2年間の契約延長で合意したと発表した。

 改めてアジア選手権を振り返ってもらうと、「このようなビッグな選手権で、自分もどういう姿勢で戦えるか不安を感じていた」そうだ。

 それでも「個々のポテンシャルは持っていると感じた。高圧的に、こういう戦いをしないといけないという姿勢ではなく、結束して戦う雰囲気しか作り出せていないが、近い目標設定で気づかせながら戦っているところです」とチーム作りのヒントを教えてくれた。

 タイ代表の選手は「時間にルーズ」だったり、スタメンを伝えた選手が試合当日の午前中の練習を「ノドが痛い」と欠席するなど、日本では考えられないことも多い。

 だが、愚痴を言ったらきりがない。“西野タイランド”の冒険は始まったばかりだ。W杯アジア最終予選で戦う可能性もあるだけに、是非とも西野監督にはW杯アジア2次予選を勝ち抜いて欲しい。もちろん日本が2次予選を勝ち抜くと想定しての願望である。

六川亨(ろくかわ・とおる)
1957年、東京都生まれ。法政大学卒。「サッカーダイジェスト」の記者・編集長としてW杯、EURO、南米選手権などを取材。その後「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年1月29日掲載

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