「SARS」以上の猛威「新型肺炎」対応失敗なら「習近平政権」一挙不安定の恐怖
新型肺炎が中国と日本、ベトナムなど周辺国を揺さぶっている。
患者数と死者数の増加ペースが、2002~03年に中国を中心にアジア全域に感染が広がり、800人前後の死者を出した「重症急性呼吸器症候群」(SARS)を上回ってきたからだ。当初、致死率は低いと言われてきたが、ここに来て上昇している。
何より中国人を不安にさせたのが、「武漢封鎖」や国内外の団体旅行禁止など、中国政府の迅速かつ強権的な対応だ。国民は政府の姿勢に何かの隠蔽を感じている。
SARSパターンと似てはいるが
さらに春節休み(旧正月。今年は1月25日だったが、通常休み期間は前日から1週間とされる)明け後も経済活動が長期間止まれば、企業や金融機関の破綻が続出するのでは、という懸念も出ている。また政府に対しては、SARSの経験がほとんど生かされていないことへの不満や不信が強く、習近平政権は「外」の米中対立、「内」の新型肺炎の内憂外患に直面し、かつてない揺らぎをみせている。
新型肺炎とSARSはともにコロナウイルスが原因で、野生動物から人間に感染した点も共通している。年末に発生し、春節時期に感染者数が急増するパターンもほぼ同じだ。
SARSは2002年11月に広東省で感染者が確認され、当初、香港で感染が広がった。中国政府は広東省での感染規模を矮小化してみせようと図ったものの、事実が暴露されて失態を世界にさらした。
SARSの感染は当初から急拡大した印象があるが、そうした隠蔽問題もあって、実際に感染者、死者が急増し始めたのは感染開始から4カ月以上たった2003年3月下旬以降である。
同年4月1日には中国、香港を中心に感染者数は2000人弱、死者数は60人前後だったが、4月10日に感染者数2781人、死者111人と着実に増え、4月30日には感染者数5663人、死者372人と急増した。
そして、5月8日にはさらに感染者数7053人、死者数506人に達したのである。感染者数でみれば、このあたりがほぼピークとなった。
今回の新型肺炎は、昨年12月8日に最初の患者が武漢市で確認されてからわずか50日足らずの1月26日には、感染者数が2744人、死者80人に達した。SARSの半分以下の期間で、ほぼ同規模の被害状況に達している。
その後、日本政府が「指定感染症」を宣言した1月28日には4600人、死者106人に達しており、SARSに比べてスタートダッシュ型の感染パターンと言っていいだろう。
スタートダッシュ型でピークに達するのが早ければいいのだが、スタートダッシュ曲線の後ろにSARSを大きく上回る感染規模、死者数のカーブが待ち構えているとすると、事態は深刻だ。現実に、ウイルスの活動が活発化しやすい冬季はまだまだ続き、SARSがピークを迎えた5月初旬は、まだ3カ月も先だ。
「四縦四横」の“新幹線型肺炎”
これまで感染者の大多数は、武漢市と黄岡市など、湖北省の街で出ている。
中国政府が武漢と黄岡で移動の自由を制限して事実上の戒厳令を敷き、感染拡大を防ぐために先手、先手で必要な措置をとっていった一方で、庶民は、新型肺炎がSARSより強い感染力を持っているのではないか、という疑心暗鬼に陥っている。
武漢市は広域でみて1100万人の人口がいるが、市への出入りが封鎖される前に市外に出た人々と、封鎖後も抜け道を駆使して車で市外に逃れた人は、推定で400万人と言われている。
現に、電話会社が上海市内で、武漢で契約された携帯電話をスクリーニングしたところ、たちまち1万人分の武漢籍の電話がみつかった、と上海メディアが伝えている。
上海は宿泊費など物価が高いため、多くの「脱出武漢市民」は中小都市に分散しているとみられる。逆に言えば、新型肺炎のウイルスに感染した人が広く薄く中国各地に広がった可能性がある。
1月28日(火)15時時点の、中国全土各省別感染者数を色分けした下図をみると、興味深いことがわかる。
100人以上の感染者を出しているのは、武漢のある湖北省以外に河南省、湖南省、広東省、重慶市、安徽省、浙江省である。
これは「四縦四横」と呼ばれる中国の高速鉄道網のうち、武漢を経由する「北京-広州」路線と「成都-上海」路線の沿線の省・市そのものである。
言い換えれば、新型肺炎は高速鉄道とともに伝播する“新幹線型肺炎”とみることもできる。
実は、2003年のSARS禍の時点では、中国には前述した「四縦四横」の高速鉄道路線はなく、高速道路網も現在とは比較にならないほど未整備だった。
今回の新型肺炎の猛スピードでの感染拡大には、高速鉄道と高速道路の発達が影響している可能性も否定できない。
武漢を経由する高速鉄道は、北京、上海、広州という中国で最重要の3都市を通る。とすれば、武漢封鎖の次に中国政府がとる感染拡大阻止の手段は北京、上海、広州につながる高速鉄道の運行停止だろう。鉄道は、道路に比べれば人の往来をコントロールしやすい。駅の改札口で感染者の流入を食い止める“水際対策”が採れるからだ。
だが、空港に比べれば利用者数が多く、すべての乗客の体温チェックが完璧にできるわけではない。しかも、鉄道駅には多くの抜け道がある。
それでも、北京、上海、広州とりわけ中枢である北京への感染拡大を阻止するためには、道路封鎖とともに高速鉄道の運行停止が中国政府にとって優先的な対応策かもしれない。
世界への情報公開でポイントになるのは北京、上海などの主要都市での状況であり、主要都市で感染が抑えられれば、世界の対中信頼は回復でき、ビジネスも短時間で復旧できるというのが習近平政権の基本戦略なのだろう。
国家主席の怯懦
今回、中国人の政府への怒りが爆発している理由は、感染源が野生動物を取引する市場であり、感染パターンがSARSとまったく同じという事実だ。まさに、SARSと同じ轍を踏んだ中央と地方の政府に、庶民は怒っているのである。
捕獲した野生動物が検疫も受けることなく人口密集地に自由に持ち込まれ、その市場に一般市民が多数出入りできるように放置してきた政府への不信感だ。
その背景には、コウモリ、ヘビ、イタチなどを食に供する中国の前近代的な食文化への、大都市の一般市民の嫌悪もあるだろう。
政府がそうした野生動物の取引を、SARSを機に禁止、あるいは人口密集地への持ち込み規制などを進めていれば、新型肺炎は発生しなかったのではないか、という怒りがあるのだ。
習近平政権は一昨年以来、2つの戦いに取り組んできた。1つは「米中経済戦争」であり、もう1つは「景気悪化・成長鈍化」である。
もちろん両者は絡んでいるが、解決策は二律背反の面がある。
習政権がドナルド・トランプ大統領を貿易摩擦の解消で満足させようとすれば、輸入拡大と輸出の自主規制を進めざるを得ない。だが、それは中国の企業だけでなく、農民にとってもマイナスだ。
逆に、景気回復のために企業減税や支援策をとって輸出拡大を目指せば、米中対立はより激化する。
習政権は、トランプ大統領の顔をみながらアクセルとブレーキを微妙に踏み分けているうちに国民や企業に目配りできなくなり、経済政策をめぐる批判が沸騰しかけない状況にある。
そのうえさらに新型肺炎対策で失策を重ねれば、いかに強い基盤を持つ習近平政権であっても、不安定化しかねない。
1月27日、感染が拡大し続ける武漢を視察したのは李克強首相だった。確かに、災害や大事故などが起きた時、まず駆けつける国家首脳が首相であるのは当然で、長江大洪水、四川大地震や天津港の大爆発事故、浙江省での新幹線事故など過去のケースもそうだった。国家主席が姿を現すことがあっても、事態が落ち着いた後というのが相場だ。
だが、今回に限っては、感染リスクを恐れず病院や市内を視察した李首相に共鳴する声が高まる一方、姿をみせないリーダーの怯懦(きょうだ)を見て取る中国人は少なくない。
新型肺炎の感染被害は、人的な面でSARSを上回る可能性は高まっているが、経済的な打撃はそれ以上に大きい。
2003年の中国は米国からみれば取るに足らないほどの、弱小経済の遅れた国家だったが、今の中国は米国に脅威を与える先端技術を持ち、2020年代には名目国内総生産(GDP)でも米国を抜くとされる大国である。
SARSと新型肺炎は、同じ感染症であっても、中国、世界に与えるインパクトは大きく異なっていることを意識すべきだろう。