南場智子(DeNA会長)【佐藤優の頂上対決/我々はどう生き残るか】

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ライフサイエンス

佐藤 そんな南場さんが、一方ではご主人が癌になられた時、突然、社長を退かれた。そうした一面があるところが、人間としてとても興味深いですね。

南場 1部上場企業の社長で、自分の健康が理由でステップダウンした人はいますが、配偶者の健康問題を理由に辞めた人は知らないんです。でも迷いはありませんでした。全く準備せずに「ぶん投げ退任」になってしまったので、無責任だったとは思いますけど、後悔はありません。

佐藤 そこは人間の価値観ですよ。

南場 あれは、私の人生で非常に意味のあることでしたし、価値観も広がりました。

佐藤 あの時、退かれていたから、DeNAが野球の球団を買収できたということもある(笑)。

南場 よくご存じですね。私は、もっと地に足をつけて地味にやろうと、買収には反対していたんですよ。その私のいない間に、春田真会長(当時)が球団を取得した(笑)。

佐藤 横浜ベイスターズが手に入って、よかったじゃないですか。

南場 すごくよかったです。もう私、春田に会うたび、否、会わない時だって、毎日、ありがとうと心の中で言っているんです。

佐藤 球団を持っているということは、会社の名前がシーズン中は毎日メディアに出るわけですからね。

南場 オフだってそうです。何か話題が必ずありますから。本当にありがたいことです。

佐藤 球団を持つことで、何か会社に変化はありましたか。

南場 それまでは赤字だとか潰れるかもしれないとか、自分たちの成長ばかりを気にしていましたが、球団という、ファンのいる公共のものをお預かりして、自分たちのことだけ考えているのではいけないという意識が芽生えました。プロ野球は12球団あって、その中の一メンバーとして野球を盛り上げていくことも大切で、そうしたそれまでになかった視点を持てたと思います。

佐藤 経営に復帰後も様々なことをされていますが、『サピエンス全史』のユヴァル・ノア・ハラリが『21 Lessons』で書いたように、やはりこれからAI技術とバイオテクノロジーによって世の中が大きく変わっていくと思います。その点では、DeNAは遺伝子検査の「マイコード」など、ライフサイエンスの分野にも積極的に進出していますね。

南場 あれは10万人ほどのパネルにはなりましたが、まだ定着というほどじゃないんです。アメリカの同様のサービス「23andMe」は1千万人を超えていますから。「マイコード」では、遺伝的、相対的、統計的にどんな病気になりやすいかがわかります。それを知って病気にならない生活習慣を身に付けるようにしてもらいたいのですが、なかなか広がらない。アメリカの方は検査結果から血縁者を見つけることもできるんですね。それがあるので爆発的に拡大したんです。

佐藤 アメリカには戸籍制度がないからでしょうね。

南場 そうですね。

佐藤 ただ日本人には、遺伝子検査とか遺伝子治療にはどこか抵抗感があるかもしれない。

南場 ちょっと怖いのかな。遺伝子だけでなく、体質とか、既往歴とか、様々な身体のデータから、健康寿命を延伸するために、個々のレベルで何をすればいいかはわかってきています。それを知る文化をどう定着させ、人々の行動を変化させられるか、それが課題ですね。

佐藤 塩分を減らすといっても、なかなかできないですからね。

南場 具体的な行動に結びつけるために必要なのは、ホラーストーリーなのか、遊び心なのか、あるいは経済的なインセンティブなのか。遺伝子検査の結果を受け止めて具体的な行動に出れば、人は幸せになるし、社会保障的にも持続可能な社会に一歩近づくんですから、何とか広げていきたいですね。

佐藤 その先のゲノム編集にもまだ強い抵抗感がありますよね。でもゲノムで人間を全部説明できるかと思ったら、エピジェネティクス(DNA塩基配列の変化を伴わない遺伝子の発現の研究)が出てきた。

南場 そうです。ゲノムだけじゃないことがわかってきた。だからもっと勇気を持って、どんどん解明に臨めばいいと思うんです。

佐藤 私は同志社大学の神学部と生命医科学部で授業を持っているのですが、生命医科学部は文理融合して、サイエンスコミュニケーターを作ろうとしているんです。

南場 それは素晴らしい。

佐藤 そこでルイセンコ学説をやっています。

南場 ルイセンコ?

佐藤 日本ではすっかり忘れられているのですが、1930年代から60年代までのソ連で、獲得形質はそのまま遺伝できるという学説があったんです。でも遺伝子を否定したことから、エセ理論として叩かれた。

南場 あ、それはエピジェネティクスに通じますね。

佐藤 そうです。ルイセンコが見ていたのは、エピジェネティクスだった。遺伝子否定に踏み込んだことに加えて、スターリン時代に政治的な庇護を受けたこともあって、すっかり顧みられなくなっていたのが、この10年くらいで見直されているんですよ。

南場 面白いですね。私、分子生物学にはすごく関心があります。DNAを切断して配列を変えるゲノム編集技術CRISPR―Cas9なども、すごく可能性を秘めていると思うんです。会ってみたい科学者もいっぱいいます。ああ、やりたいことがありすぎて、時間が足りない。

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