「マスターズ委員会」果敢な「挑戦」と慎重な「決断」の意味 風の向こう側()

スポーツ

  • ブックマーク

 今年の「マスターズ・トーナメント」(米ジョージア州「オーガスタ・ナショナルGC」)は4月9日(木)から12日(日)に開催される。世界のゴルフファンは試合の4日間のみならず、開幕前の会見や練習ラウンド、そして水曜日に行なわれるパー3コンテストなどを含めた「マスターズ・ウィーク」全体を楽しみにしている。

 1年で最初のメジャー大会であるマスターズを制し、栄えあるグリーンジャケットを羽織るのは果たして誰か。その様子をドキドキしながら見届けることは、ゴルフ好きの人々にとっては春の風物詩と言っていい。

 だが、近年は、そのマスターズ・ウィークの前に新たな催しが2つも加わり、「ゴルフの祭典」は、より長く、よりエキサイティングになりつつある。

日本からは16歳女子高生

「プレ・マスターズ・ウィーク」的に加わった新たな催しの1つは、昨年から創設された「オーガスタ・ナショナル女子アマチュア」だ。その名の通り、世界中から女子のトップアマチュア72名を集め、54ホールのストロークプレーで競い合う大会だ。

 今年は4月1日(水)と2日(木)の2日間、同州内の「チャンピオンズ・リトリートGC」で36ホールの予選ラウンドを行い、予選を通過した上位30人が翌日にオーガスタ・ナショナルで練習ラウンドをこなした上で、4日(土)の決勝に臨み、順位を競い合う。

 昨年の第1回大会は21歳(当時)の米国人、ジェニファー・カプチョが激しい頭痛に悩まされながらも見事なプレーを披露し、2位に4打差をつけて快勝。日本の安田祐香(当時18歳。直後にプロテスト合格)は3位タイに食い込む大健闘を見せた。

 そして先日、今年の第2回大会への出場が現時点で確定した65名が発表され、日本からは16歳の梶谷翼(兵庫・滝川第2高)が招待された。

「マスターズ委員会」のフレッド・リドレー会長は、

「今年も女子のトップアマチュアを世界中から迎える日を楽しみにしている。この大会は世界の人々のゴルフへの興味関心を喚起することにつながると確信している」

 と語り、この大会への期待と自信、積極姿勢をアピールした。

2万人超の子どもたちが

 そして「プレ・マスターズ・ウィーク」の新イベントは、もう1つある。

 2013年に創設され、2014年に第1回大会が開催された「ドライブ・チップ&パット」がそれで、7歳から15歳までの子どもたちが対象。「ドライブ」「チップ」「パット」という3つの部門別に腕を競い合い、それぞれのポイントを獲得。3部門の総合ポイントで順位を決めるという方式だ。

 マスターズ委員会が「USGA」(全米ゴルフ協会)、「PGAオブ・アメリカ」と連携し、全米各地で開く3段階の予選には、驚くなかれ2万人超の子どもたちが挑むという。その中から最後まで勝ち残った40名の少年と40名の少女が、オーガスタ・ナショナルで行われる決勝大会に挑む。

 その決勝大会はオーガスタ女子アマチュアの決勝ラウンドの翌日であり、マスターズ・ウィークが始まる前日でもある4月5日(日)に設定されるところが興味深い。

 つまり、オーガスタ・ナショナルはオーガスタ女子アマチュアで盛り上がり、次にドライブ・チップ&パットで歓声が沸き上がり、そしてマスターズ・ウィークへと進んでいくわけで、4月上旬のオーガスタ一帯は、ほぼ2週間、興奮に包まれ続ける。

いまだ伸長工事なし

 子どもたち、そして女子アマチュアを対象とした大会を創設し、それらの決勝戦をマスターズの開催直前にオーガスタ・ナショナルで行うことは、マスターズ委員会がいかにゴルフの世界的な普及を願っているか、その本気度の表れだと考えていい。

 かつては、伝統あるマスターズの開幕直前に子どもたちやアマチュアをオーガスタ・ナショナルの中に入れるなど「もってのほかだ」と撥ねつけられるのが常だった。同クラブのメンバーたちでさえ、プレーや入場を大幅に制限されていた。

 その姿勢を根底から覆す形で、子どもたちやアマチュア、その関係者やメディアを早々に会場内へ迎え入れ始めたことは、マスターズ委員会やUSGA、PGAオブ・アメリカがゴルフのファンを増やし、ゴルフそのものの底上げや拡大に真剣に積極的に取り組み始めたことを示している。

 だが、一方でマスターズ委員会は、別の面ではきわめて慎重な姿勢を見せている。

 世界のトッププレーヤーたちが腕を競い合うマスターズの舞台、オーガスタ・ナショナルでは、時代の変化に伴うゴルフの進化に合わせ、これまで大小のコース改良が重ねられてきた。

 2017年にはオーガスタ・ナショナルが隣接する「オーガスタCC」の土地の一部を購入したことが大きな話題になった。新たに手に入れたその土地は、オーガスタ・ナショナルの名所であり難所でもある「アーメン・コーナー」の13番(パー5)のティグラウンド後方に位置しており、「土地購入は13番ホールの距離を長くするためのものだ」と見られていた。

 近年、510ヤードの13番は、パワフルなトッププレーヤーたちならミドルアイアン以下で楽々2オンできる「サービスホール」と化しており、統計上、18ホールの中で「最も簡単なホール」にしばしばランクされ、難度を上げる必要性が方々から指摘されている。

 購入した土地の部分までティグラウンドを後方へ移せば、13番の全長は少なくとも25ヤード、最大で50ヤードぐらいは伸ばすことができると言われている。

 しかし、つい先日公開された航空写真は、観客や関係車両のためのサービス道路建設の様子は写っていたが、13番ティの位置を後方へ移すための工事はいまなお行われていないことを示していた。

「飛距離偏重」だけでなく

 なぜ、マスターズ委員会は、せっかく高額で土地を購入しておきながら、13番の距離を伸ばす工事に着手していないのか。

 その答えは、ゴルフにおける「距離」の在り方、距離の伸長の是非を単独では決めかねているからだ。

 リドレー会長は、

「アーメン・コーナーは世界のゴルフの聖なる場所だ。その距離を伸ばすかどうかは、ゴルフというゲームをつかさどる機関の判断を待ちたい」

 と言う。

 2月上旬にUSGAとR&A(ゴルフ競技の世界的総本山とされる組織)による「距離について考察するプロジェクト報告」が発表される予定になっており、リドレー会長は、その内容を聞いた上でマスターズ委員会としての判断を下す心積りと見受けられる。

「もはやコースの難度というものは、必ずしも距離を伸ばすことや2オンの可否と結び付かなくなっている」(リドレー会長)

 そう。「難しい=距離が長い」という等式は、すでに過去のものとなりつつある。

 ラフの長さや刈り方、バンカーの砂質、グリーン周りの刈り方、そしてグリーンそのものの仕上げ方やピン・ポジション等々、コースの難度を変える要素は多々あり、だからこそ、ゴルファーに求められる要素も変わりつつある。

「難しい=多様な要素」という等式こそが時代の変化だが、よくよく考えれば、それはこの20年ほどで激化した「飛距離偏重」から離れ、ゴルフというゲームの本来の姿に回帰することでもある。

 ドライバーの飛距離にばかり目を向けるのではなく、広い視野、多角的視点からゴルフを楽しんでほしいとマスターズ委員会は考えているのだと思う。

 オーガスタ女子アマチュアやドライブ・チップ&パットには積極姿勢、コース伸長には慎重姿勢を見せるマスターズ委員会。それは、あらゆる意味合いで「ゴルフを広げたい」と願う彼らの胸の内の反映に違いない。

舩越園子
ゴルフジャーナリスト、2019年4月より武蔵丘短期大学客員教授。1993年に渡米し、米ツアー選手や関係者たちと直に接しながらの取材を重ねてきた唯一の日本人ゴルフジャーナリスト。長年の取材実績と独特の表現力で、ユニークなアングルから米国ゴルフの本質を語る。ツアー選手たちからの信頼も厚く、人間模様や心情から選手像を浮かび上がらせる人物の取材、独特の表現方法に定評がある。『 がんと命とセックスと医者』(幻冬舎ルネッサンス)、『タイガー・ウッズの不可能を可能にする「5ステップ・ドリル.』(講談社)、『転身!―デパガからゴルフジャーナリストへ』(文芸社)、『ペイン!―20世紀最後のプロゴルファー』(ゴルフダイジェスト社)、『ザ・タイガーマジック』(同)、『ザ タイガー・ウッズ ウェイ』(同)など著書多数。最新刊に『TIGER WORDS タイガー・ウッズ 復活の言霊』(徳間書店)がある。

Foresight 2020年1月27日掲載

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。