「アイオワ州党員集会」直前「民主党」注目5人 米大統領選「突撃潜入」現地レポート(1)

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 私が投宿していたアイオワ州の州都デモインのホテルから約100マイルほど北上したところに、ハンボルト市があった。アイオワの典型的な農業町だ。

 カーナビの指示通りに運転して、到着したのはステーキハウスだった。道端には残雪があり、風向きによっては家畜を飼っている臭いが流れていく。人口5000人弱 で、その7割以上がいわゆる“白人”という田舎町だ。

 2019年12月27日の午後2時から、このステーキハウスにやってくるのは、ミネソタ州上院議員で民主党大統領候補の1人である、エイミー・クロブチャー(59) だった。彼女にとってアイオワ州で99カ所目であり、最後のタウンミーティング が開かれる。

 このハンボルト郡(ハンボルト市を含む)は、2016年の大統領選挙の本選で、ドナルド・トランプが70%以上を得票し、ヒラリー・クリントンに圧勝を収めた郡である。

 アイオワ州全体で見ても、2008年の大統領選では、オバマが故ジョン・マケイン共和党候補に大差で勝ったが、2016年では、トランプがクリントンを打ち破っている。アメリカ中西部の激戦州の1つなのだ。

 ステーキハウスで待っていると、最初は30人ぐらい入る集会場に通されたが、聴衆がとても収まり切れないというので、隣の大きな部屋、というかレストランの一角が急遽、タウンミーティングの会場となった。

 2時半にクロブチャーが、彼女の夫と一人娘のアビゲルも一緒に会場に現れると、70人ほどの聴衆は、立ち上がって拍手で迎えた。

「私たちは、何としてもトランプ政権を終わらせなければなりません。トランプが否定する国民健康保険への国民の支持率は、トランプ政権の支持率より10ポイントも高いのです」

 というのが彼女の第一声。

 聴衆は大きな拍手で応える。

 それから、彼女がミネソタ州ミネアポリス郊外で教師の母親とジャーナリストの父親の間に生まれ育ち、その父親が長年、アルコール依存症にかかり、父親はもちろん家族もつらい時を過ごしたことが、彼女の政治課題の第1に掲げる、アルコールと麻薬が蔓延する惨状への闘いを決意させたのだと語り続ける。

 また、長女のアビゲルが病弱で生まれたにもかかわらず、保険会社の決まりで、出産から24時間で退院を余儀なくされた体験から、政治家になってのち、新生児が母親と48時間病院で過ごせる法律を作った。

 クロブチャーが2019年2月、民主党大統領候補指名獲得争いに出馬することを表明した時点での知名度は低かった。

『ニューヨーク・タイムズ』は、“Who is Amy Klobochar?” と題した、彼女を紹介する動画をウェブサイトに掲載している。ミネアポリスで生まれ育った彼女は、エール大学で政治学の学士号を取り、シカゴ大学で法学博士号を取った。会社の顧問弁護士を経て、州の首席検察官となり、2006年に上院議員となる。

 彼女が重要視する政策課題は、アルコールやドラッグが蔓延した惨状との戦い、気候変動への対策、トランプが実施している医療制度の中止などを掲げている。民主党内では中道派に位置づけられる。

 当初は、30人以上 が大統領候補指名獲得争いへの出馬を表明する中の、その他大勢のうちの1人としてしか見られていなかったが、テレビで全米放映された6回の候補者ディベートで、徐々に頭角を現してきた。

 民主党大統領候補指名獲得レースの本格的幕開けとなる2月3日のアイオワ州党員集会まで約2週間となった現時点でも、候補者は依然として12人も残っている。

 クロブチャーは、その党員集会で、勝算のある5人の民主党候補者の最後の1人に滑り込んでいる。

 その5人とは、元副大統領のジョー・バイデン(77)、バーモント州上院議員(無所属)であるバーニー・サンダース(78)、マサチューセッツ州上院議員であるエリザベス・ウォレン(70)、インディアナ州サウスベンド市長のピート・ブティジェッジ(37)、それにクロブチャーである。

 私の印象に残っているクロブチャーは、6回目のディベートで、人気急上昇中のブティジェッジに放った口撃。ブティジェッジが、ワシントンの悪癖に染まった政治家より新鮮な政治家が大統領にふさわしいと言うと、クロブチャーが壇上のバイデンやウォレンの功績を並べ、

「既存の政治家にもっと敬意を払うべきだ」

 と言い放った場面だ。

 現在、5位の位置にいるクロブチャーにとって、アイオワでの党員集会が開かれるまでの1カ月強が正念場である。土俵際の剣が峰で踏ん張っているところだ。

 クロブチャーの集会に妻と一緒に参加していたアレン・ヘルマーズ(60)は、彼女の話に興味があったから聞きにきた、と言う。

「左寄りのサンダースやウォレンよりも、中道派のクロブチャーやバイデン、ブティジェッジに投票しようと思っているんだ。クロブチャーの政策や人柄は悪くない。ただ、トランプを相手にしたときに、勝算があるのはクロブチャーよりバイデンかブティジェッジじゃないかと思っているんだよ。それを見極めるために、今日は彼女の話を聞きにきたんだ」

 3年間のトランプ政権をどう評価するかと訊くと、隣に座っていた妻のジェーン(61)が、黙ってはいられないとばかりに身を乗り出してこう言った。

「あの男は、男性優越主義者(male chauvinist)で、女性を蔑視して、弱い者いじめが大好き。彼は白人男性とお金持ちの味方なの。この前も、スウェーデンからきた環境の活動家の女の子 (グレタ・トゥンベリ=16) を、お得意のツイッターでからかっていたけれど、相手は10代の女の子でしょう。本当に大人気ないし、下品きわまりないわ。多くの女性を性的に攻撃したこともひどいし、ハンディキャップがあるジャーナリスト を馬鹿にしたような発言も大統領としては考えられない行動よね」

米国民は再びトランプを選ぶのか

「アマゾン」や「ユニクロ」、「ヤマト運輸」などといった企業に“潜入”し、その実情を明らかにするノンフィクションを書いてきた私が、アメリカの“ラストベルト”と呼ばれるミシガン州の田舎町にアパートを借りたのは、2019年12月中旬のこと。

 そのアパートを拠点に、2020年のアメリカ大統領選挙を取材するためだ。

 これまで、アメリカの大統領選挙を同時進行で2度見たことがある。

 1度目は、アイオワ大学に留学していた1992年。現職大統領のジョージ・ブッシュ(父)が、アーカンソー州知事のビル・クリントンに敗れたときだ。ブッシュはその前の1988年の選挙で、

「よく聞いてください、(私が大統領になったら)増税はさせません=Read my lips, no new taxes」 と約束して当選を果たしたが、その後、議会の増税を阻止できなかったことから、このフレーズを語るブッシュが嘘つきである証拠だとして、何度もテレビで放映されていたのを思い出す。

 もう1度は、私の最初の本『アメリカ「対日感情」紀行』(情報センター出版局、2003年)を書くため、アメリカを回っていた2000年のこと。現職の副大統領であるアル・ゴアが、テキサス州知事のブッシュ(子)と戦い、当初はゴアの圧勝と思われたが、僅差でブッシュが大統領の座を射止めた選挙戦だ。

 その後も、4年ごとにアメリカ大統領選を横目で眺めながら過ごしてきた。

 その私が、なぜいま、これから1年近くかけて大統領選を取材しようと思い立ったのかといえば、2016年に「異形の大統領」であるドナルド・トランプが登場し、2020年に再選をかけて戦うからにほかならない。

 この反アメリカ的とも言える狭量なトランプは、2017年の就任以来3年間で、アメリカに、そして国民に何をもたらしたのか。

 果たして、米国民は次の4年間も、トランプに大統領職を託すのか。

 それをどうしても知りたくて、アメリカに移り住むことに決めたのだった。

 アメリカはクリスマス前から元日まで休日モードとなり、国全体がまったりとする。一例を挙げるなら、通常、アメリカで高速道路を走っていれば、100マイルに1台の割合で、スピード違反で警察に捕まっている車を見かけるのだが、私が拠点であるミシガンの田舎町から出発した12月26日から31日までの間、アイオワ州内だけでも700マイルほど運転したが、スピード違反で捕まっている車は1台も見かけなかった。警察の取り締まりでさえも緩くなるのがこの時期なのだ。

 しかし民主党の候補者だけは、ここぞ天王山と、アイオワで熱心に遊説して回っていた。

 大統領選挙は、2月3日のアイオワ州での党員集会が幕開けとなり、同月11日にはニューハンプシャー州で予備選挙が実施。そしてネバダ州党員集会、サウスカロライナ州予備選挙を経て、天王山である3月3日の「スーパーチューズデー」(14州で同時に予備選が実施される)に突入する。

 緒戦であるアイオワとニューハンプシャーで勝つことができれば波に乗り、スーパーチューズデーを迎えることができるが、緒戦の4州で1つも勝てなければ、多くの候補者は選挙戦から離脱していく。

 私は、クロブチャーの集会を皮切りに、民主党候補指名選上位5人の集会に参加した。これまでテレビで見てきた彼らを生で見るのは初めてのこととなる。

「3度目の正直」バイデンの素顔

 翌12月28日に参加したのは、前副大統領ジョー・バイデンのタウンミーティングだ。アイオワ州都デモインのホテルから140マイル東に進むと、ワシントンという田舎町がある。その町の高校が会場となった。

 バイデンは、デラウェア州で1973年から2009年まで上院議員を務めた。大統領候補指名争いに出馬するのは、1988年と2008年に続き、3度目だ。2008年は、緒戦のアイオワ州党員集会で5位の座に甘んじ、早々に戦線から離脱した。

 その党員集会で1位に急浮上したのが、イリノイ州の上院議員だったバラク・オバマだった。

 その後、バイデンはオバマに誘われ 、副大統領候補として大統領選本戦までともに戦い、その地位を手に入れ、再選も果たして2期8年務めた。

 バイデンにとって、今回の出馬は3度目の正直であり、その年齢を考えれば最後のチャンスになる。

 2020年の大統領選挙において、ほぼすべての世論調査で民主党候補のトップを走っている。世論調査でトップの座にいることは、過去1年間変わりがない。中道派のバイデンが民主党候補の本命である。

 ただ、ここにきて肝心のアイオワ州で、5人中もっとも若いサウスベンド市長のブティジェッジが1位に急浮上した世論調査結果が明らかになっている(2019年11月)。

 ワシントンの会場では、オーディオ機器の担当者がおり、照明も整っている。専属のカメラクルーも5人いた。手作り感が満載のクロブチャーの集会と比べると、資金的に余裕があるのが感じられた。

 集まった聴衆は約60人。集会が始まる前に、参加者の話を聞いてみた。

 考古学者だというリジデン・ガーブ(40)はこう話す。

「今のところ僕の第1候補は、バイデンだ。オバマ政権の副大統領だった時に外交の経験もあり、国際社会ともうまく折り合いをつけていけそうだからね。トランプに比べると、バイデンはおとなしすぎないかって? それぐらいがちょうどいいんだよ。毎日のように、大声でがなり立て、意見の合わない人々を罵倒しているトランプには、ほとほとうんざりしている。僕は、トランプのことを独裁者だと思っているんだ。メディアや議会による、チェック・アンド・バランスも十分に機能しているとはいいがたい。全体主義的な社会になっていくようで怖いんだ。11歳になる息子と4歳になる娘がいるんだけれど、現状では、彼らに安心してテレビを見せられないよ。いつトランプのニュースが流れだすか分からないからね」

 バイデンは2時半から話をはじめた。彼が政策の筆頭に掲げるのは、通称オバマケア(「患者保護及び医療費負担適正化法」)の継承である。

「私の政策では、10年間で7500億ドルがかかる。けれど、だれがいつ、どの保険に入るのかは、個人の選択に委ねるようにする。バーニー(サンダース)が主張する、国民全員が強制的に保険に入る制度だと30兆ドルがかかる。それに労働者階級からの増税も必要になる」

 スピーチは、15分もたたずに切り上げ、質疑応答に移った。質問は、疲弊する労働階級をどう救うのか、教育を再生させる道筋、だれを副大統領候補にするのかまで、多岐にわたった。

 8歳のハンターという男の子が、

「移民のお母さんとその子どもが、国境で引き裂かれるのはどうにかならないのですか」

 と質問した。

 トランプが2018年4月に導入した「不寛容政策(Zero Tolerance)」と呼ぶ移民政策によって、不法移民を刑事訴追することにした。だが、未成年の子どもは刑事裁判の対象外であることから、子どもの処遇を保健福祉省に委ねた。つまり、親子が別々に隔離されることになった。最初の3カ月で、2500人以上の子どもが親から引き離され、その映像は、アメリカを震撼させた。あまりに非人道的だとの批判から、トランプは同年6月 、この親子を隔離する政策を中止することに追い込まれる。

 バイデンは、目線を男の子に合わせ、

「君の名前はハンターというのかい。私の息子もハンターというんだ。甥にもハンターという男の子がいる。いい名前だ」

 と語りかけた後、この移民への不寛容な政策がどれだけ非アメリカ的であるのかを語り、

「親子を無理やり引き離すことがどれだけひどいことか、私にはよくわかっている。私が大統領になったら、そうしたことは決して起こらないから、心配する必要はないんだよ」

 と続けた。

 トランプからは、“Sleepy Joe(寝ぼけたジョー)”と不名誉なあだ名をつけられたバイデンであり、テレビのディベートでは、民主党のほかの候補者に言い負かされる場面もあったが、実際に近くで見ると慈父のような温かみと、長年の政治家として身に着けた威厳を感じさせる。

 質疑応答の後は、参加者1人1人と長いこと話し込んでいた。時には参加者の肩をたたき、時には支援者を抱きしめる場面も見られた。

看板政策「富裕税」のウォレン

 翌29日は、アイオワとネブラスカの州境にある、カウンシル・ブラフス市の中学校の体育館で開かれたエリザベス・ウォレンの集会に参加した。

 参加者は今までで一番多く、300人強といったところか。ウォレンの人気というより、周囲に100万人以上が住むカウンシル・ブラフス市で開いた集会という地の利の方が大きかったと思われる。

 参加者の1人であるパム・ペルツ(53)に話を聞いた。陸軍で7年働き、USPS(米郵政公社)で17年働いた後、病気のため早期退職したという。会場となった中学校から5ブロックしか離れていないところに住んでいる。

「私は、エリザベスの発するメッセージが好きなの。金融業界にも大企業にも恐れないで発言するでしょう。大金持ちはその富を分配すべきという考えには、大いに同意するわ。私自身は、どちらかと言えば無党派だけれど、今回の選挙で投票するため、民主党に登録したわ」

 ウォレンに投票するつもりなのか、と訊けば、

「現時点で投票しようと思っているのは、バーニー(サンダーズ)なのよ。エリザベスは2番目ね。だから、バーニーが大統領になり、エリザベスが副大統領になってくれることを夢見ているの。最強のコンビだと思わない」

 サンダースもウォレンも民主党の中で左寄りすぎる、という批判もあるが?

「そんなことないわよ。左寄りなんてことがあるもんですか。過去何十年間、金持ち優遇のアメリカの政治では、何にも変わってこなかったじゃない。でも、2人なら変えられると思うの。お金持ちは、ため込んでいる富を社会に還元するべきよね。人は週40時間働いたら、十分暮らしていけるだけの給与をもらうべきなのよ」

 ウォレンの演説は、開場の1時45分から1時間後に始まった。

 オクラホマ市出身のウォレンは、公立学校の特別支援学級の教師になるのが夢だったと語る。しかし、その夢がかなったと同時に最初の子どもを妊娠する。結局、教師の仕事を続けることはできず、その後、ロースクールを卒業して、いくつかの大学で教鞭を執ったのち、ハーバード大学の教授となる。そして2013年、マサチューセッツ州では初となる女性上院議員となる。

「大学で法律を教えている間、私の頭から離れなかったのは、アメリカの中産階級はいったいどうなってしまったのだろう、ということでした。多くの中産階級の人たちが破産するのを見てきたからです。その答えは単純なものでした。政府や多くの政治家が保険会社や金融機関、石油産業に甘く、そこから献金を受けるため、腐敗(corruption)がまかり通ってきたからです。環境問題がよくならないことも、銃規制が進まないことも、そうしたロビー団体から政治家に多額の政治資金が流れ込んでいるからです」

 ウォレンの看板政策は富裕税だ。

「家族の富が5000万ドルを超える場合には、1ドルにつき2セント、つまり2%を課税します。さらに富が10億ドルを超える場合、1%の課税を上乗せして3%にするのです。こうした巨額の富を蓄えているのは、トップ0.1%の人々。そうして集めた税金を、われわれの未来である子どもたちのために投資するのです。具体的には、4歳から5歳の子どもたちに無料保育を提供します。そうすれば、母親も父親も育児の負担を軽減でき、仕事に専念できるはず。共和党が唱え続けてきた『トリクルダウン効果』(高所得者層を優遇すれば、富のしずくが中所得者層や低所得者層に浸透し、社会全体が潤うという考え)は、この40年間で、機能しないことが証明されています。富裕層を優遇すれば、彼らが富を独占することになるのです」

 ここで聴衆は、大きな拍手を送る。

 ウォレンが、

「民主党が上院でも多数派になる」

「国民保険制度を大胆に改革する」

「地球を救うために環境問題に一層力を入れる」

 と、次々に看板政策を説明するたび、会場は大きな拍手に包まれた。

 その後は、支援者との写真撮影(selfie)である。ウォレンが2019年9月、ニューヨーク市で野外集会を開いたとき、4時間以上かけて約2万人の支持者と記念写真を撮って以来、お決まりになっている。

 私が油断して記念撮影の様子を写真に撮っていると、いったん記念撮影を中止して、緊急の記者会見が開かれた。私が気づいた時には、すでにアメリカのメディアがウォレンを囲んで質問しており、とても入り込むすきがなかった。

 私がウォレンに訊きたかったのは、

「富裕税はアメリカンドリームを殺すことにならないか」

 という質問だった。

 アメリカンドリームの定義はいろいろあるが、その1つに、何も持たない若者が画期的なアイデアを抱き起業して、裸一貫から巨額の富を作り上げる、というのがある。「アマゾン・ドット・コム」のジェフ・ベゾスや「フェイスブック」のマーク・ザッカーバーグ、「アップル」の故ステーブ・ジョブズに「マイクロソフト」のビル・ゲイツなどがその好例であろう。

 アメリカ人の“DNA”に刻み込まれたアメリカンドリームを罰するような富裕税を課せば、アメリカ社会の活力が失われないか――。

 まあ、この質問は次回に取っておこう。

 その日は、午後7時から州都デモインで行われる予定のバーニー・サンダースの野外集会に参加しようと思っていたのだが、気づいたら、時計は夕方5時を回っていた。デモインまで2時間以上かかる。これは無理だと思って、サンダースが予定している翌日午前中の集会に行くことにした。

「トランプは病的な嘘つき」と断言するサンダース

 翌30日は、午前10時半に、サンダースの集会会場が開くことになっていた。投宿しているホテルから、わずか10分の距離だ。

 私が9時半に到着すると、入り口で日本人らしき3人組がテレビカメラを構えている。「日本人の方ですか?」と声をかけると、『NHK』だという。

 記者席に入ると、テレビ局のカメラの場所が確保してあり、『ABC』、『CNN』、『FOX』、『CBS』、『NHK』と張り紙があった。

 これらテレビ局はサンダースだから取材にきたのか、それとも州都デモインに支局でもあるから取材にきたのか、などと思いながら、私は集会が始まる前に参加者の声を聞きにいった。

 ユーゴスラビアの出身で1995年にアメリカ国籍を取ったというオサマン・イズラマジック(36)は、サンダースを100%支持すると言い切る。

「私も妻も、バーニーの大の支援者なんだ。2016年もアイオワの党員集会ではバーニーに投票したけれど、最終的に民主党候補を決める全国大会の時点ではバーニーが撤退していたので、仕方なくヒラリーに投票したよ。バーニーのどこか好きかって? 全部だよ。彼ほど純粋で威張らず、思いやりがあって正直な政治家をほかに知らないからね。彼が掲げる国民皆保険制度の政策にも、大賛成だよ。アメリカ人は、国民の税負担が先進国で一番低いと思っているかもしれないけれど、個人で加入している保険や、保険の控除額で支払う金額を税金とみなすなら、所得の50%を支払っていることになる。そのことを、バーニーは率直に国民に語りかけているんだ」

 サンダースの提唱する国民皆保険制度が導入されれば、中所得者の増税もあるが?

「それで保険料の掛け金が必要なくなるのなら、相殺されるだろう。アメリカは今まで、あまりにも資本主義的で、個人主義的だった。私、私、私(me, me, me)という感じでね。でも、社会全体にとって何がベストなのかを考え直す時がきているんだと思う」

 大統領のトランプをどう評価する?

「奴は間違いなく人種差別主義者(racist)で、国民の間の憎悪を煽っている。さらに、今までアメリカが積み上げてきたいろいろなものを崩してきた。たとえば、国際関係もその1つ。北朝鮮に対峙するはずの韓国や日本との関係にもひびが入りそうだろう。中国との貿易摩擦も悪くなる一方だ」

 トランプを評価するとしたらどこ?

「……。残念だけれど、1つも思い当たらないね」

 話を聞いている間に集会が始まりだした。アイオワ州の民主党の世話役の話から、支持者代表のあいさつ。その後、サンダースが壇上に現れると、集まった300人近い参加者から大きな拍手で迎えられた。

 サンダースは1941年、ニューヨーク市のブルックリンでユダヤ人の一家に生まれた。地元の公立高校を卒業後、ブルックリンカレッジからシカゴ大学に進み、政治学を学ぶ。その後バーモント州に移り住み、1981年、同州バーリントン市の市長に当選して政治家としての道を歩み始めた。そして1990年にバーモンド州の下院議員となり、2006年に上院議員に。その時すでに60代半ばという、遅咲きの政治家なのだ。

「民主社会主義者」を自認して2016年の大統領選挙に出馬し、敗れはしたもののクリントンとの一騎打ちで善戦したことで、一躍、知名度が全国区となった。

 その2016年時は選挙のために一時的に民主党に入党したが、その後は離党。だが民主党の懇願により無所属のまま党執行役員を務めるなど、米政界史上でも稀有な存在だ。

 サンダースは持論の大学教育の無償化、公的教育の立て直し、国民皆保険制度について熱く語った。

 2019年秋に心臓発作を起こしたときは、70代後半という年齢での立候補に疑問符が付いたが、そうした不安を一掃するような力強い演説だった。

「健康保険は、一部の富裕層が受ける特権ではなく、全員が享受すべき生来の権利なのです。現状では3400万の人々が、無保険か、十分な保険に入っていないのです」

 と語り始めるや、大きな拍手がわいた。

「(糖尿病の治療薬である)インシュリンの価格がカナダの10倍もするのは、製薬会社の強欲と、それに加担してきた政治家の堕落にすぎません。こうした状況は狂気(insanity)としか呼びようがないのです。大統領になったら、こうした人の生命にかかわる処方箋医薬品の値段を半分に下げます」

 しかしサンダースは、トランプに勝つのは容易ではないと指摘する。

「彼は、病的な嘘つき(pathological liar)で、アメリカの歴史上もっとも腐敗した大統領ではあるけれど、彼を選挙で打ち負かすのは容易ではない。なぜなら、彼には底堅い支持基盤があるからだ。その支持者たちは、外部からの情報を遮断してトランプを支持し続ける。この選挙でトランプに勝つには、1人でも多くの国民が投票所に足を運ぶことだ。人々の関心を高め、投票率を引き上げることが、トランプに勝つためにどうしても必要だ」

 まだまだサンダースの話は続くのだが、私はこの後、車で東に200マイル、約3時間走って、ブティジェッジの集会に参加しなければならないので、質疑応答を待たずに、会場を後にした。

急浮上した「37歳市長」ブティジェッジ

 私が最後に参加したのは、アイオワ州のマコーキタという田舎町の中学校で開かれたブティジェッジの集会だった。

 2時45分から始まることになっていたが、11時50分に出発した私はカーナビ通りに車を走らせ、ぎりぎりに会場にたどり着いた。しかし、実際に集会が始まったのは約1時間後のことだった。

 体育館には100席ほどの折り畳みイスが並べられていたが、聴衆は次々と集まり、最終的には200人以上となり、半分以上は立ち見となった。満員御礼である。

 この2020年の選挙で、最も株を上げたのはブティジェッジである。

 ブティジェッジは、インディアナ州サウスベンド市の市長という、政治的な経験が一番少ない中からの大躍進だ。

 ちなみに、アメリカ人にも発音しにくい名前であるため、テレビでも「ピート市長(Mayor Pete)」と呼ばれることが多い。

 通常、大統領に立候補するのは州知事か上院議員の経験者が多く、少なくとも下院議員が必要条件とみられている(政治経験ゼロのトランプの「異形」さはその点にもあるが)。

 それが、人口10万人強という街の市長が大統領選挙でここまで善戦するとは、当初誰も想像しえなかった。

 ブティジェッジはサウスベンド市に生まれ、地元の高校を卒業後、ハーバード大学で歴史と文学を専攻する。その後、テレビの調査報道などにかかわりながら、2009年から2014年まで米海軍の予備役となる。

 そして2012年、29歳の若さでサウスベンド市長に当選し、赤字であった市の財政健全化に手腕を発揮した。2期目に挑んだ2015年の選挙時、自らゲイであることを公表したが、選挙に勝った。

 ブディジェッジはこう話し始めた。

「マコーキタの皆さん、目を閉じてイメージしてください。ある日、マコーキタの町に朝日が昇り、その日はもうトランプが大統領ではない日が来ることを。トランプ政権が引き起こした混乱や腐敗、ホワイトハウスから絶えず流れてくるツイッターのメッセージがなくなることを。アメリカは今、これまでにないほど分断され、引き裂かれ、疲れ果てています。アメリカ人はたとえ最低賃金であろうとも、週40時間働けば、どこであれ、2つの寝室があるアパートを借りるだけの十分な収入を得るべきなのです。仕事を2つも掛け持ちする必要はないのです。小学校では、読み書きを習う前に銃撃戦から避難する訓練を受けるべきではないのです。アメリカの大統領とは、自らの功績を誇りそれを公言するのではなく、市井の人々が自立していけるよう助力するべきなのです」

 スピーチを聞いた私の第一印象は、やはり若いな、というものだった。サンダースやウォレンのスピーチを聞いた後では、自らの政策に対する熱量という点では不足しているのではないか、と思わずにはいられない。

 史上最年少の大統領の1人であるジョン・F・ケネディーも就任時の年齢は43歳であり、上院議員からの出馬だった(最年少は、第26代大統領のセオドア・ルーズベルトで42歳)。

 天賦のスピーチの才能を持ったオバマが大統領となった47歳より、ブティジェッジは10歳も若い。

 しかし、立ち見の聴衆まで含め、1人も立ち去ることなく、最後までこの若き政治家の話を聞いていた。

 私は、参加者の声を拾いたかったのだが、狭い会場なのに参加者が多かったため、ほとんど参加者をつかまえることができなかった。

 午前中のサンダースの集会で、ブディジェッジに投票するつもりだという夫婦と出会っていた。アイオワ出身で現在シカゴに住む、そのジェイソン・ウルフ(50)は、こう語っていた。

「ピート市長がわれわれ夫婦の第1候補なんだ。イリノイ州の予備選挙は3月に入ってからなので、それまで何としても選挙戦にとどまっていてほしいね。ピート市長のどこがいいのかって? 彼がどうやって物事を処理するのか、あるいは人々と結びついているのかが魅力的に映るからなんだ。現実的な(down to earth)姿勢もいい。ピート市長なら、トランプにも勝てると思うんだ。何せ頭の切れる男だからね。声が大きく野蛮な奴が大統領選挙で勝つのは、もう2度と見たくないよ」

 5人の候補者から、誰が緒戦のアイオワ州とニューハンプシャー州で勝ち上がり、勝負を決める3月の“スーパーチューズデー”に駒を進め、6月にウィスコンシン州で開かれる民主党全国大会で大統領候補の指名を受けるのか。

 そして、果たしてその民主党候補者は、11月の本選挙で現職大統領のトランプを打ち破ることができるのか。

 すべては、2月3日に開かれるアイオワ州の党員集会から本格的に動き始める。

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横田増生
ジャーナリスト。1965年、福岡県生まれ。関西学院大学を卒業後、予備校講師を経て米アイオワ大学ジャーナリズムスクールで修士号を取得。1993年に帰国後、物流業界紙『輸送経済』の記者、編集長を務め、1999年よりフリーランスに。2017年、『週刊文春』に連載された「ユニクロ潜入一年」で「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」作品賞を受賞(後に単行本化)。著書に『アメリカ「対日感情」紀行』(情報センター出版局)、『ユニクロ帝国の光と影』(文藝春秋)、『仁義なき宅配: ヤマトVS佐川VS日本郵便VSアマゾン』(小学館)、『ユニクロ潜入一年』(文藝春秋)、『潜入ルポ amazon帝国』(小学館)など多数。

Foresight 2020年1月21日掲載

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