北島義俊(大日本印刷会長)【佐藤優の頂上対決/我々はどう生き残るか】
知を支える流通網を
佐藤 「拡印刷」によって多方面で会社が発展していく一方、その原点である出版の世界は大きく衰退しています。今、出版の印刷が占める割合はどのくらいですか。
北島 10%以下ですね。
佐藤 ごく一部ですね。最近、印刷所と出版社の力関係が変わってきたのを皮膚感覚で感じることがあります。印刷所が早く閉まるからということで、締切が早くなった(笑)。
北島 それは力関係じゃなくて、そもそも無理が通っていたからですよ(笑)。
佐藤 特に年末です。
北島 年末に仕事が集中するところは、かなり変わりましたね。昔は、他の部署が打ち上げをして仕事終いをする時に「これから工場に行きます」なんて普通でしたからね。
佐藤 そこは私たちも調整して11月の半ばから早め早めに書いているんです。
北島 昔は印刷所に出張校正室がたくさんあって、締切を過ぎてからそこで書いていらっしゃる作家の方もいました。そこから逃げ出したなんていう話もありましたが、今はもうなくなりましたね。
佐藤 私は原稿の締切は守るので、出張校正室のお世話になったことはありませんよ(笑)。
北島 新潮社さんとのご縁は深くて、「週刊新潮」が誕生した1956年からその印刷を手掛けさせていただいています。それまで新聞社系の週刊誌はありましたが、印刷所を持たない出版社として初めて出された。当時は、100万部クラスの雑誌を一度に印刷するのは無理だといわれたものです。しかし、これによって当社にも大きな変化がありました。
佐藤 どうなったんですか。
北島 スピード感です。早く作る仕組みができた。それまでは月刊誌のスピードでしたから全然違います。
佐藤 出版業界全体が冷え込む中、大日本印刷は2008年に書店の丸善に、09年にはジュンク堂に資本参加し、10年には図書館流通センターなども加えて丸善CHIグループを設立されていますね。
北島 出版の力が衰えるということは、日本の「知力」が衰えることでもあります。ですから何とか少しでも力になりたかった。そこで新しい出版のサプライチェーンを確立しようと、書店をグループに迎えたのです。丸善CHIホールディングスの「CHI」は「知」です。わが国の知を支える流通網になれればという思いが込められています。
佐藤 今、アマゾンが世界的な規模で本の流通を変えつつありますが、それだけでは危うい。今後そのビジネスモデルが何かの拍子に倒れた場合には、出版界は焼け野原になってしまいます。
北島 そうです。街の書店はどんどんなくなっているわけですから。
佐藤 フランスでは値引きした商品を無料配送することを禁じる反アマゾン法ができるなど、逆の流れも始まっています。
北島 やはり書店には書店のよさがある。店内で本を見ていると、思いがけない本が見つかることがありますでしょう。
佐藤 そこが重要ですね。アマゾンだと、この人はどういう傾向の本を読んでいるかというデータに基づいてAIが本を推薦してきますが、それだと定向進化しかしない。
北島 新しいもの、違う傾向のものが目に入ってこないですね。
佐藤 書店を守るためには、資本投入してその体質を改善していくしかない。
北島 やはり返本率の問題があります。それが3割から4割もある状態なら、我々にも何かできることがあるはずです。
佐藤 4割も商品が返ってくるというビジネスはありえないですからね。
北島 ですから、いかに売るかという点でも努力していかなければならない。書店さんが本を推薦するとか、品揃えを工夫するとか、本と出会う機会を作り出す努力をしていかなければなりません。
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