【特別対談】名越健郎×春名幹男:「米露公文書」で解き明かす日本外交「秘史」(中)

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名越健郎:ところでCIA(米中央情報局)の自民党への資金援助についてですが、60年安保の前後7~8年にわたって、資金が自民党に送られたようです。CIAから直接、または米国の一部企業、特にロッキード社などを通じて渡ったというのが、状況証拠からもはっきりしている。米国務省が2006年に初めて資金援助の事実を認めたことでもあります。

 ただし、金額など細部はわかりません。これを示唆する文書としては、佐藤栄作が1958年に米大使館員に資金援助を頼んだという文書は公開されていますが、CIAは基本的には文書公開を拒否しています。

 2006年、国務省が編纂する外交資料集『合衆国の外交』は冒頭、「編集ノート」を掲載し、1964年まで7~8年にわたって対日資金工作を行っていたこと、1960年の民社党の分裂に際しても米国の資金が西尾末広(注・元社会党書記長。片山哲内閣で官房長官、芦田均内閣で副総理を歴任。社会党を飛び出して民社党を設立、初代委員長に就任)グループに渡っていたことを確認しています。それ以降は新たな情報公開はありません。CIAはダーティーな対日工作についてはずっと沈黙を保つということになるのでしょうか。

春名幹男:CIAのオペレーション部門については、文書の公開を免除されているんです。もちろん場合によっては公開することもできますが、CIAはこの免除を隠れ蓑にしているというところはありますね。

CIAも絡んでいた「ロッキード事件」

名越:『ニューヨーク・タイムズ』のティム・ワイナー記者の記事(1994年10月9日付)では、1976年のロッキード事件の調査の過程で、連邦議会の委員会が、1950年代末の自民党への資金援助を調査しようとしていたとの記述がありますね。

春名:そうなんです。

名越:しかし、調査が誰かによって止められた、ということが書いてある。春名さんは今ロッキード事件について調べていらっしゃいますが、やはり2つはつながっているということなのでしょうか。

春名:ロッキード事件は上院外交委員会多国籍企業小委員会、いわゆるチャーチ小委員会が、公開をしながら調べたわけです。その中でロッキード社の調査をかなり綿密にやったんですが、途中でやめた。そこでなぜやめたのか、もう少し続けられたのではないか、という疑問を、小委の元首席顧問にぶつけたのです。

 彼の返答は、インテリジェンスがかかわってきたのでやめた、というもの。はっきりそう言っていました。インテリジェンス云々というのは、児玉誉士夫(注・戦前からの右翼の大物で、黒幕ともフィクサーとも呼ばれた。ロッキード社の秘密代理人を務め、ロッキード事件では脱税、外為法違反で在宅起訴)とインテリジェンスの関係が出てきたということです。

 ロッキード事件は当初、児玉が主犯とされていました。児玉はやはり相当あやしいですよね。って、やはり児問題なんかも出てきて。児玉がやはり相当怪しいですよね。たとえば児玉は、ロッキード社から受領した億単位の小切手を紛失しているんです。小切手を入れて自分の部屋に置いてあったアタッシェケースがない。そこで盗まれたということで、警察に届けているんですね。

 これについて児玉の弁護人たちは裁判で、児玉は小切手をもらっていない。お金は児玉をスルーしてニクソンに還流させている、と主張するわけです。そういったことも含めて、ロッキード事件はインテリジェンスがかかわっていた。児玉がCIAのエージェントでしたから、これははっきりしたことだと思います。

CIAの「同盟者」岸信介

名越:ティム・ワイナーは、岸信介もCIAのエージェントだという風に書いていますけど、そこのところはいかがですか。

春名:私もCIAの元幹部にその点を聞いたことがありますが、答えは「エージェントではない」、つまり子分ではなく「アライ」、同盟者だという言い方をしていました。

名越:岸信介は、日米安保条約批准後も政権を続けていたら、在日米軍削減を検討していたという話がありますね。岸は自主防衛論者かつ憲法改正論者であり、アメリカべったりではないという側面がありました。だから安保改定後はアメリカが岸を警戒して見放し、池田勇人のような、安全保障に関心のない経済一本やりの人物を総理に据えたという説があります。外務省OBの孫崎享元防衛大教授が本で書いています。

春名:この話も完全な間違いですね。

 なぜかというと、ニクソン政権期以降のことですが、アメリカ政府内では、日米関係で何かあると「岸に聞いてみよう」とよく言われていた。やはり岸は非常に信用があったんですね。

 2年ほど前、アメリカの元高官に会った時は、こんな話をしてくれました。「いや、佐藤栄作は岸信介の弟だからいいだろう、ということで沖縄返還交渉をしたけれど、弟は兄ほどではなかった。みんなそう言っている」と。やはり岸は、責任をもってやることはやってくれた、とアメリカが思っているわけですね。

 沖縄返還交渉でいうと、日米間で3つ密約を結んでいます。1つ目は核持ち込みに関するもの。2つ目は、米軍用地の農地への原状回復費用を日本が肩代わり負担するというもの。これは1972年の西山事件にかかわる密約です。そして3つ目が、繊維交渉です。

 日本にとっていちばんこたえたのは、この繊維交渉でした。先にお話ししたように、密使外交はそれにかかわる4人しか知らないことになっていた。日本では佐藤と若泉の2人しか知らないことだった。ところがいざ繊維交渉をするとなると、当時の通産省に言わないとできないことなんです。でも話せない、通産省を巻き込めないからやり方がわからない。

 だから、1969年11月の日米首脳会談で。繊維輸出問題については口頭で約束しただけで、翌70年になっても、日本はほとんど何もしなかった。そこでニクソンはしびれを切らして怒った。結局1971年7月に、内閣改造で田中角栄が通産大臣に就任して、わずか3カ月ほどで解決に至ります。

名越:なるほど。

春名:だからやはり、アメリカの佐藤に対する失望はあったと思います。1971年7月と8月のニクソン・ショック(注・リチャード・ニクソン大統領による、訪中とドル防衛策の発表)を事前に日本側に説明しなかったのは、そのしっぺ返しです。

親米で「レガシー」を重視する安倍政権

名越:戦後史を見ると、吉田茂、佐藤、中曽根康弘、小泉純一郎、安倍晋三と、親米派じゃなければ長期政権はできないですよね。こういうジンクスができてしまったのは、偶然ではないと思うんですけれどね。

春名:偶然じゃないですね。今の政治家も親米政権でないと長期政権の維持はできないということを認識しているので、アメリカに対していろいろと忖度する、ということになりますね。

名越:岸、佐藤政権が、今の安倍晋三につながるわけですね。安倍政権は憲政史上最長になったけど、1948年以降の岸とアメリカとの闇の関係というのが、安倍政権に何らかの形で作用しているのではないか、という気もします。

春名:それはあると思いますね。人脈的にどうなのかはよくわからないのですが、安倍さんはそのへんは認識しているでしょうね。

名越:現在、永田町の国会議員の4割は世襲議員らしいですが、その中でも安倍総理ほど、自らの血統を意識する人はあまりいないですよね。集団的自衛権の憲法解釈変更も祖父の悲願でした。

春名:そうですね。特に母方の。

名越:憲法改正はおじいさん(岸信介)の遺言だし、日露正常化は父の安倍晋太郎元外相の政治的遺言です。だから、一族のレガシーを人一倍重要視するタイプですね。

春名:そこらへんも文書がないですが(笑)。

名越:ティム・ワイナーの記事も、春名さんが書いていたように、文書の裏付けがあるわけではないですからね。

春名:そうなんですよ。

名越:イタリアやドイツの親米派保守政党に対する資金援助の文書については、部分的に解禁されているようです。特にイタリアでは、誕生したばかりのCIAが1948年の総選挙で現金を詰めたカバンを持って政治工作を行い、それが他国の選挙干渉の雛形になったという話が近年、米国のメディアで報じられています。ドイツのキリスト教民主党への支援も、自民党より多かったようです。CIAが活発に動いたのは日独伊3国を反共の防波堤にしようとしたのでしょう。同時に、敗戦国だから動きやすい。

春名:旧敵国をどうやって動かすかということについては、ライシャワーのような人でさえ、やはりCIAを使うということを推奨しているわけです。やはりアメリカというのは、インテリジェンスも含めて外交なんだ、ということではないでしょうか。

「桁が違う」

名越:元KGB(ソ連国家保安委員会)の要員でワシリー・ミトロヒンという人が、冷戦終結後に大量のKGB文書を英国に持ち出し、分厚い本で出版しました。邦訳は出ていませんが、ソ連の対日工作では、戦後日本共産党が中心だったが、ナショナリズムが強くなって手に負えなくなり、1963年ごろから社会党を中心に資金工作を行ったと書いています。その中で、KGBは本当は、本丸の自民党に対する工作をやりたかった、という記述があります。

 ただ、それが検討された当時、ロッキード事件で5億円が田中角栄に渡ったと報じられていた。ソ連の想定する工作資金とは桁が違い、断念したそうです。ソ連の社会党に対する資金援助は、だいたい年に数千万円くらい。社会党系の中小商社を優遇する貿易を行い、利益の一部を上納金として社会党に上げさせる、という形でソ連は支援していました。社会党は恒常的に資金不足だったから、その程度の額でも十分動かせた。ところが自民党は額が全然違った。

 結局、日本では冷戦期に自民、共産、社会、公明、民社の5党が活動していたわけですが、そのうち公明党以外は全部外国から違法な資金援助を受けていた。これは政治資金規正法違反で、外為法違反にもあたると思うんです。田中角栄はロッキード事件で、外為法違反で逮捕されましたが、KGBとCIAの要員が多額の金を渡すのは、外為法違反でもあります。

春名:まったく、そうですね。

名越:戦後史は、こういう闇献金の多くが解明されていない。外国からの資金援助は、国家の主権や安全保障も脅かし、最大の恥部だと思いますが、ほとんど解明されていません。米ソ両国からいったい何億円が流れ込んだのか、その全体像はわからないです。

春名:総額はわからないと思いますよ。帳面もないんじゃないか。

名越:ハワイでCIAの金の引き渡しが行われていたという話もあります。川島正次郎(注・政治家。岸政権下で自民党幹事長を、池田・佐藤政権では自民党副総裁を務めた)がハワイによく行くことが番記者の間で話題になり、社会党議員が国会で戦闘機商戦との絡みで質問し、川島は「持病の喘息治療」と答えたという記録があります。受け取った金は自民党本部に行ったのか、あるいは個別の岸派議員に渡されたのか、あるいは他の親米派に渡したのか。自民党には親中派もけっこういるわけで、そのへんのところもよくわからないですよね。

ソ連資金は共産党から社会党へ

名越:旧ソ連の日本共産党への資金援助については、野坂参三と袴田里見が窓口になっており、2人の領収書もあります。しかし、日本共産党はこの2人が着服し、党中央にはソ連のカネは一切入っていないと強調しています。

春名:中国が金を相当出している、北京からもらって帰るというのも言われていましたよね。

名越:中国については文書がまったくないですね。中国は社会党系の中小商社を介した貿易で優遇し、間接的に社会党を支援したといわれています。

春名:そうだと思います。社会党はソ連系と中国系と両方いるんですよ。そのせいで、中国は日中国交正常化交渉では、ソ連に知られたくなくて社会党を間に立てず、公明党委員長の竹入義勝を使ったという話です。

 社会党を使うと、ソ連にばれる。当時の社会党の佐々木更三委員長は不満でしたが、中国はソ連との核戦争を覚悟するほど関係が悪く、ソ連に走られたくなかった。

名越:それは日本側がそう配慮したのでしょうか。

春名:中国は、竹入を重視し密使のように使った。親中派の佐々木委員長も中国に行き、帰国後田中角栄に報告したりしているんですが、田中も最後は竹入を信用した。だから佐々木更三はちょっとむっときたらしいですね。

名越:結局、社会党の共産圏外交は、1960年代からの中ソ対立で破綻を来します。ソ連からすれば、ヨシフ・スターリン時代から今のウラジーミル・プーチンにいたるまで、「日米離間」が永遠の対日政策なんです。社会党にてこ入れしたのも、国内に反米機運を高める狙いがあったようです。

 現在のように米露関係が悪いと安倍外交の対露外交もうまくいかない。プーチンが平和条約締結の条件として、日米安保条約破棄に言及したりもしています。米露関係がある程度よくないと、日露交渉も進まないということになる。

 冷戦期は、米ソが互いに、相手方も政党に資金援助していると疑心暗鬼になって援助合戦をしていたところがあります。それが常態化してしまうと、日本の政党、特に資金難の社会党がATMみたいに、ソ連の支援に頼る。ソ連もそれを利用して、社会党を通じた工作をしていたようです。

 ソ連は戦後ずっと日本共産党を支援してきたのですが、1963年の原水禁運動の分裂から共産党が自主独立路線を進むようになり、代わって社会党がソ連に近づくわけです。結局、ソ連の対日政策もソ連崩壊で失敗に終わった。もっとも、日本の革新政党への資金援助はほんの一部で、フランス、イタリア、米国の共産党などへの支援額に比べると少ない。冷戦時代は、米ソともに欧州が主要な「戦場」で、アジアは二の次だったようです。

地政学的思考のプーチン

春名:冷戦中と、特にプーチンになってからの外交姿勢には際立った違いがあると思いますね。

 私はロシアのことをそれほど知らないけれども、冷戦時代、ソ連は自民党に金を出したかったんだけども、出さなかった。出せないから自民党工作をやめたということですが、やはりソ連は、カネはともかくとして、やはりイデオロギーで接近していますよね。だから共産党か社会党とかが工作の対象になる。

名越:ええ、そうですね。

春名:外務省の中のソ連シンパみたいな人にも接触したりしていました。けれどもプーチンは、逆なんです。今、彼が接近して、支援しているのはみんな、保守派のポピュリストですよ。つまりプーチンは、保守派に接近してから成功しているわけです。このことを考えると、やはりプーチンとは恐ろしい男だなと思いますね。

名越:確かに、プーチンにはイデオロギー色がなく、地政学ですね。ロシアは、欧米の選挙にはサイバー攻撃やフェイクニュースで介入しますが、日本にはしてこない。ロシアには「スプートニク」という国営宣伝サイトがあるのですが、日本語版は比較的中立で、面白い記事も多い。それは要するに、安倍政権の存続を望んでいるからです。

 でも2020東京五輪はわからないですよ。今後4年間、ロシアはドーピング違反で国としてオリンピックから排除される。リオや平昌でもロシアはサイバー攻撃していますから、東京五輪のサイバー攻撃もありうるのではないか、と日本政府の一部が憂慮しています。

春名:旧ソ連で冷戦時代、日本のカウンターインテリジェンスの人たちが注目していたのは、やはり中川一郎(「北海のヒグマ」と呼ばれたタカ派で、中川派を率いた。農水大臣などを歴任。故・中川昭一元財務相の父)なんですよ。中川一郎は保守だけれどもやはり独立志向だと。安倍さんに対しても、やはりその流れみたいな中で接しているのでしょうね。

名越:確かに、2人の交渉の最初の頃、プーチンは安倍総理の対米独立志向に期待したようです。オバマの制止を無視して、ソチで会談したりしました。しかし、安倍総理はプーチンもトランプも両方とろうとし、そこをプーチンは見抜いたと思うんです。安倍首相は1956年宣言重視で「2島」まで降りてきたのに、2019年以降の本格交渉はうまくいっていない。今年の東京五輪もプーチンは来ないですよ、国家として参加できないわけですから。

春名:そうですね。

名越:ソチ冬季五輪の開会式には安倍総理と習近平中国国家主席が出席しました。本来ならば答礼で、彼は東京や北京に行くべきですが、4年間五輪から排除されて両方とも行けないでしょう。プーチンの対中外交にとって、北京冬季五輪欠席は痛いと思います。(つづく)

名越健郎
1953年岡山県生れ。東京外国語大学ロシア語科卒業。時事通信社に入社、外信部、バンコク支局、モスクワ支局、ワシントン支局、外信部長を歴任。2011年、同社退社。現在、拓殖大学海外事情研究所教授。国際教養大学東アジア調査研究センター特任教授。著書に『クレムリン秘密文書は語る―闇の日ソ関係史』(中公新書)、『独裁者たちへ!!―ひと口レジスタンス459』(講談社)、『ジョークで読む国際政治』(新潮新書)、『独裁者プーチン』(文春新書)、『北方領土はなぜ還ってこないのか』(海竜社)など。

春名幹男
1946年京都市生れ。国際アナリスト、NPO法人インテリジェンス研究所理事。大阪外国語大学(現大阪大学)ドイツ語学科卒。共同通信社に入社し、大阪社会部、本社外信部、ニューヨーク支局、ワシントン支局を経て93年ワシントン支局長。2004年特別編集委員。07年退社。名古屋大学大学院教授、早稲田大学客員教授を歴任。95年ボーン・上田記念国際記者賞、04年日本記者クラブ賞受賞。著書に『核地政学入門』(日刊工業新聞社)、『ヒバクシャ・イン・USA』(岩波新書)、『スクリュー音が消えた』(新潮社)、『秘密のファイル』(新潮文庫)、『米中冷戦と日本』(PHP)、『仮面の日米同盟』(文春新書)などがある。

Foresight 2020年1月17日掲載

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