「激選の敗者」にふさわしいのは「野次」か「拍手」か 風の向こう側()

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 エチケットやマナーを重んじるゴルフを観戦中、選手に野次を飛ばすのは、是か、非か。いやいや、ギャラリーの観戦マナーの是非を問うより、野次を飛ばされるような選手の在り方の是非を問うべきではないか――。

 米ゴルフ界では新年早々、そんな議論が巻き起こり、混乱を呈している。

「このインチキ野郎!」

 先週、ハワイで開催された米ツアーの2020年初戦「セントリー・トーナメント・オブ・チャンピオンズ」の優勝争いは、ジャスティン・トーマス(26)、ザンダー・シャウフェレ(26)、パトリック・リード(29)の3人によるプレーオフにもつれ込んだ。

 その1ホール目で、まずシャウフェレが脱落し、残る2人は2ホール目をパーで引き分け、プレーオフ3ホール目へ突入。

 そして、リードがバーディーパットを打った直後、ギャラリーが大声で「チーター!」と叫んだ。

 英語の「チーター」は、「ズルい人」の意。日本風の野次に置き換えると、さながら「このインチキ野郎!」というところだ。

 とはいえ、大声でその野次が飛んだのはリードがパットを打った直後ゆえ、その野次のせいで彼がパットを外したわけではなかった。

 だが、勝利はバーディーパットを沈めたトーマスのものとなり、勝敗を決する究極の場面で野次を浴びせられ、そして敗北したリードは、頬を紅潮させながら野次が飛んできた方向を睨みつけ、悔しさを噛み締めていた。

キャディもギャラリーとつかみ合い

 なぜ、リードにそんな野次が飛んだのか。その経緯は、昨年12月の「ヒーロー・ワールド・チャレンジ」(タイガー・ウッズ主催の招待大会)での出来事に遡る。

 リードはバンカー内で2度素振りをしながら、2度ともクラブの底部分でボールの手前の砂を押し払い、ライを改善したことが指摘され、ルール違反と裁定されて2罰打を科せられた。

 その行為の一部始終が動画に収められており、スローで見れば、「ライの改善」は誰の目にも明らかだった。

 だが、リードは「意図的ではない」「カメラアングルのせいでそう見えるだけだ」と主張。その苦しいエクスキューズがより一層人々の反感を煽り、翌週にオーストラリアで開催された「プレジデンツカップ」では、批判と野次の嵐が巻き起こった。

 3日目にはリードのキャディがギャラリーと口論の末、最後にはつかみ合いに近い格好になり、最終日の個人戦ではバッグを担ぐことを禁じられるという前代未聞の事態を招いた。

 それから2週間以上が経ち、年も改まって暦が変わり、気持ちも新たにハワイで新年初戦を迎えたのだったが、リードへの野次は相変わらず続いていたのである。

ルール違反は自業自得だが

 実を言えば、リードが批判の的になったのは今回が初めてではない。

 2018年「マスターズ」でリードが優勝争いに絡み始めた途端、米メディアは彼のジュニア時代や大学時代のグレーな出来事、さらには両親との不仲を次々に書き立て、ヒール役のイメージがあっという間に出来上がった。

 そのとき浮上していたリードのグレーな昔話は、どれも「又聞き」や「こじつけ」に近く、確証はないと思われた。

 なぜ、リードがマスターズで優勝争いを始めたタイミングで、彼のそうした昔話をわざわざ取り上げたのか。その必然性も見当たらなかったが、米メディアの論調は概して厳しかった。

 それでもリードは、冷たい視線を跳ね除け、マスターズを見事に制した。だから、あのとき私は「リードよ、グリーンジャケットに胸を張れ」と書いた(『理不尽な猛バッシング跳ねのけたマスターズ「新王者」勝利の意味』2018年4月12日)。

 しかし、今回の野次は明らかにリード自身のルール違反が原因ゆえ、野次られたのは彼の自業自得ではある。

 だが、4日間、罵声の中でプレーを続け、優勝争いを演じ、プレーオフでも最後の最後まで生き残っていた彼の精神力には、あのマスターズ制覇のとき以上に驚かされた。

 実際、ミラクルパットを次々に沈めていったリードへの観客の拍手は日に日に大きくなっていったように思う。

 米メディアの中にも、

「マスターズを含む通算7勝。リードの才能を疑う者はいない」

「執拗に拾いまくるリードの小技を上回る者は、タイガー・ウッズ以外には思い当たらない」

 と彼の実力を高く評価し、今後に期待を寄せる記者はいる。

 だが、元米ツアー選手で現在はTVアナリストを務めるクリス・ディマルコ(51)は、リードの諸々の言動をすべて激しく批判している。

「セントリー・トーナメント・オブ・チャンピオンズ」で勝敗が決着した直後、リードはTVリポーターからの「プレーオフ3ホール目のプレーを振り返ってほしい」というリクエストに答え、

「あれは2打目を付けた位置が良くなかった。あそこではなく、グリーン右側に持ってきていれば、次のイーグルトライもバーディーパットも格段に打ちやすかったはずだ」

 と説明したのだが、ディマルコはそれに対しても、

「リードはエクスキューズばかりだ。とにかく『ズルをしました』と言うべきだ」

 と痛烈な批判をツイートした。

 しかし、それを見たゴルフファンの間では、

「リードは聞かれたことを説明しただけだろう?」

「ルール違反は昨年のヒーロー・ワールド・チャレンジでの話であって、今回とは関係ないのに、なぜ今、それを再び持ち出すのか?」

「半引退のディマルコはリードの才能に嫉妬している」

 といった逆批判を招き、それが一方的なリード擁護につながっていくという具合に人々の間で混乱を招いている。

チャンスを与えてくれた人々に感謝

 米メディアのある記事は、「昨年、バンカー内でルール違反したことを認めないリード」をこのまま黙認することは、

「リードのキャリアの汚点になるだけではない」

「ゴルフ観戦における野次を増やすことになる」

「正直さが求められるゴルフというスポーツの伝統を損なう」

 とまで書いていた。

 しかし、冷静に眺めれば、バンカー内での「ライの改善」をルール委員から指摘された際、とにもかくにもリードはその指摘を受け入れ、2罰打をスコアに加えた。ルール上は、そこで一件落着のはずである。

 残るは「意図的ではない」と言い張るリードを、他選手や関係者、ファンやメディアがどう見るかという倫理的、感情的な問題だ。

 そして、リード自身に問われている課題は、今後、どんな姿勢でゴルフに臨み、人々に接していくかである。

 リードは「セントリー・トーナメント・オブ・チャンピオンズ」の優勝争いの最後の最後に最大の野次を浴びせられた。だが、敗北後の彼は、野次には触れず、こう言った。

「勝つためには、いいプレーをすることと、ほんの少しだけ人々の手助けが必要だ。そして今週、プレーオフに食い込むチャンスを(ハワイの)人々は僕に与えてくれた」

 彼は彼なりに耐え忍び、頑張っていることが伝わってきた。野次にさらされる環境を招いたことは自業自得だとしても、彼はその中で首位に並び、プレーオフに食い込み、3ホール目まで生き残った。そこにズルやルール違反はなかったはず。そこまで行けたのは、彼の努力と実力の結集だったはずである。

 そして、野次を浴び、最後に敗れ、それでもリードは、そこまで戦えるチャンスを与えてくれた人々に感謝の意を示した。

 そういうリードに、それでもなお批判と野次を浴びせるのか、それとも彼の奮闘をたたえ、拍手を送るのか。

 ゴルフを愛する人々が、その判断をどう下すのか。その答えこそが、ゴルフの伝統と存続を左右するのではないだろうか。

 リードが次に健闘し、そして勝利を飾ったら、私は拍手を送ろうと思う。

舩越園子
ゴルフジャーナリスト、2019年4月より武蔵丘短期大学客員教授。1993年に渡米し、米ツアー選手や関係者たちと直に接しながらの取材を重ねてきた唯一の日本人ゴルフジャーナリスト。長年の取材実績と独特の表現力で、ユニークなアングルから米国ゴルフの本質を語る。ツアー選手たちからの信頼も厚く、人間模様や心情から選手像を浮かび上がらせる人物の取材、独特の表現方法に定評がある。『 がんと命とセックスと医者』(幻冬舎ルネッサンス)、『タイガー・ウッズの不可能を可能にする「5ステップ・ドリル.』(講談社)、『転身!―デパガからゴルフジャーナリストへ』(文芸社)、『ペイン!―20世紀最後のプロゴルファー』(ゴルフダイジェスト社)、『ザ・タイガーマジック』(同)、『ザ タイガー・ウッズ ウェイ』(同)など著書多数。最新刊に『TIGER WORDS タイガー・ウッズ 復活の言霊』(徳間書店)がある。

Foresight 2020年1月10日掲載

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