木下優樹菜をタピオカ騒動で休業に追い込んだ「道徳警察」の生態

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 メディアの記事、あるいは個人のSNSや配信動画などが、些細なキッカケから炎上騒動に発展することがしばしばある。自分とは違う価値観や失言に対し、時にネットユーザーたちは徒党を組み、“正義”を振りかざし、特定の個人を攻撃する。他人のアラ探しがやめられない彼らを「道徳警察」という。その生態について、『炎上とクチコミの経済学』(朝日新聞出版)などの著作がある「国際大学グローバル・コミュニケーション・センター」講師の山口真一氏に聞いた。

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〈いたるところに警察官を配置し、一挙手一投足を監視するには膨大なコストがかかる。だが、他人の道徳的不正を罰することで快感を覚えるように脳を「プログラム」しておけば、共同体の全員が「道徳警察」になって相互監視することで、秩序維持に必要なコストは劇的に下がるだろう。――近年の脳科学は、この予想どおり、他人の道徳的な悪を罰すると、セックスやギャンブル、ドラッグなどと同様に快感物質のドーパミンが放出されることを明らかにした。ヒトにとって「正義」は最大の娯楽のひとつなのだ〉

 これは、橘玲著『もっと言ってはいけない』(新潮新書)の一節だ。道徳警察とは、警察に代わって不道徳者を取り締まる人々を指す造語であり、しばしば彼らの攻撃によって“炎上”が起きる。

 ここ近年の炎上が、予想外の事態を招くこともある。たとえば、アルバイト先の店で食材を粗末に扱った悪ふざけの動画が引き金となって、運営企業の株価が暴落するという影響も出た。

 最近では、このたび離婚を発表した木下優樹菜(32)が典型的な例だろう。彼女は、トラブルになっていた姉が勤務していたタピオカ店オーナーに対し〈事務所総出でやりますね〉とダイレクトメッセージで“恫喝”。オーナー側がこれを暴露したことで大炎上を招き、結果、芸能活動の無期限自粛を発表した。

「一度、炎上に巻き込まれると、企業であれば株価が暴落し、芸能人も引退に追い込まれ、一般人なら生活に支障が出る。炎上のリスクから逃れるためには、極端な話、ネット上では発信しないのが一番いいということになる。そういった恐れから、表現の萎縮が起こってしまっているとも言われています。私はこれを“大衆による表現の規制”と呼んでいます」

 たとえば、ネットユーザーには「ネトウヨ」と呼ばれる保守的な政治思想の人々が少なくない。韓国や中国、そして朝日新聞などを肯定するような意見には大量の批判が寄せられることがたびたびあるが、彼らはネトウヨの道徳警察ということになる。ヤフーニュースのコメント欄はその典型例だろう。

炎上に参加するのはエリートばかり

 山口氏によれば、ネット炎上は2013~14年頃から起こり始めたという。

「当時は学術的な研究がなかったため、自分たちでデータの分析を始めました。そもそも炎上という言葉は04年ぐらいから使われ始めました。いまほどSNSが普及していなかったので、主な炎上の舞台はネット掲示板『2ちゃんねる』でした。それが、11年頃からスマートフォンが普及したことで、主戦場はツイッターに。同時にインターネットは、オタクが使うものから田舎の女子高生が普通に使うほど裾野が広がり、炎上の発生件数も急増しました」

 デジタルリスクに関してコンサルティングなどを行っているエルテス社の調査では、ネット炎上は年間千件以上発生しているという。また、山口氏の分析では、道徳警察は主に「男性」で、また意外にも「高収入」「主任・係長クラス以上」という、いわゆる“エリート層”が多いという。

「炎上に参加する人の動機の6~7割は、『間違っていることをしている人が許せなかったから』とか『失望したから』というもの。知識があって社会的地位の高い人が、正義感から道徳的に間違った人を攻撃するという図式になっています。彼らは政治についても意識が高い。自分とは違う考えの人を批判したり、悪事を働いている個人や企業に対して、その誤りを正そうとするのです」

 こうした炎上参加者たちは、一歩間違えればクレーマーになるわけだが、

「関西大学の池内裕美教授の研究によれば、裕福で定年退職をした男性がクレーマーになりやすい傾向にあることが分かっています。社会的地位の高かった人が仕事を辞め、時間が余っている中で心が満たされず、店舗に行って『なんだこれは、どういうことなんだ!』とクレームをつけるというわけです。実際、炎上参加者の中には、このようなクレーマー気質の人も多いのです」

欧米の炎上は人権、日本は道徳

 日本には「同調圧力」という言葉がある。集団が意思決定を行う際、少数意見の人間に対し、多数意見に合わせるよう暗黙のうちに強制することだ。そうした日本人の国民性も、炎上しやすいことと関係している可能性があるという。

「日本人には『こうしなければならない』という規範意識が強くあり、そこからいったん逸脱すると、社会的に抹殺するまでバッシングを続けることがあります。炎上は世界中で見られる現象ですが、お国柄によって実態はかなり異なります。韓国では、炎上が日本以上に社会問題になっており、それが原因で芸能人が自殺する事件も起きています。中国の炎上もかなり激しいといわれています」

 たとえば中国では2018年11月、イタリアの高級ブランド「ドルチェ&ガッバーナ」の広告動画が、「アジア人女性が箸でピザを突き刺して食べる」という内容だったため、「中国を侮辱している」として炎上。短時間のうちに中国のECサイトからドルガバの商品が排除された。また昨年10月には、フランスの高級ブランド「クリスチャン・ディオール」が、「中国での店舗数を示す動画に台湾が含まれていない」と批判され謝罪に追い込まれている。

 一方、欧米諸国では、日中韓ほどネット炎上は社会問題になっていない。英語で炎上は「フレーミング」と呼ばれているが、言葉の定義としては、日本的な意味での「炎上」以外にも「メールでの一対一の罵り合い」や「グループディスカッションでのヒートアップ」なども含まれているという。

「アメリカの論文を読むと、ネット上での“イジメ”のほうが深刻な問題として捉えられており、炎上はあまり問題視されていません。なぜなら多くのアメリカ人にとっては、仮にどこかの学生がアルバイト先の店で悪ふざけしている動画をネットで見かけても、別に自分に実害はないのでどうでもよく、わざわざ批判するという人はほとんどいないからです。とはいえ、ジェンダーや人種、宗教差別に関する問題にはとても過敏です。昨年、イタリアの高級ブランド『プラダ』の製品(黒い顔に赤くて分厚い唇が特徴の猿の人形)が黒人を侮辱していると問題になりましたが、激しい批判が寄せられる炎上はそういった類のものが多いです」

 欧米で炎上するのは人権的なテーマであるのに対し、日本の場合は道徳に関するテーマが多い。日本では、芸能人の不倫に対し過剰なまでの批判の声が上がるのはこのためだ。

炎上させるのは全体のうちたった1.1%

 ここまで見てきたように、SNSを利用するにあたってはかなりのリスクが伴う。自分が炎上の当事者にならないためには、どんな対処法が効果的なのだろうか。

「ひとつ言えるのは、炎上に参加する人の数は決して多くはないということです。約2万人を対象に14年に行われた調査分析によれば、炎上について一度でも書きこんだことのある人はネットユーザーの1.1%、過去1年間に絞ると0.5%しかいませんでした。だから、たとえ炎上に巻き込まれても、それが社会全体の意見というわけではなりません。少し批判されたからといって安易に発言を取り下げたり、謝罪したりということはすべきではないと思います」

 ただしその一方で、炎上そのものの社会的影響力は無視できないので、注意すべき点もある。

「最低限必要なのは、発信する情報を捏造しないこと。また、政治やジェンダーなど炎上しやすいテーマは特に慎重に発言すべきですね」

 ネット社会の今、炎上は誰にでも起こりうる。道徳警察を気取る人々も、少しは「明日は我が身」と自覚するべきなのかもしれない。

取材・文/星野陽平

週刊新潮WEB取材班

2019年1月10日掲載

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