悠仁さまの“首に傷痕”で紀子さまのお怒り またも職員に“強いご指導”?

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 巷の世論調査で「女性天皇に賛成」が82%を占める中、安定した皇位継承のための議論は4月以降へと先送りされる見通しになった。現行のまま進めば皇統は秋篠宮家へと移り、悠仁さまは未来のお世継ぎに。が、そんな御身に不穏な“事故”が降りかかった。先々の国母となられるはずの紀子妃のお心が、千々に乱れたのは言うまでもない。

 ことは12月8日に遡る。当日、悠仁さまは姉の佳子さまとともに「少年の主張全国大会」にご出席。が、会場では異様な光景が見られたというのだ。

「紺のスーツにネクタイ姿で入場された悠仁さまの首もとには、横一文字の形状で、赤いミミズ腫れのようなアザがくっきりと窺えたのです」(宮内庁担当記者)

 大会へのご出席はニュースでも報じられ、首筋の“赤い異変”がはっきり映し出されたのだが、この点には触れられず。代わりにネット上では“甲状腺オペ後みたい”“かぶれたんだと思う”“詰め襟の痕?”などと憶測が流れ、騒然となったのである。

 13日には、秋篠宮家のお世話をする皇嗣職の会見が行なわれ、

「首のアザについて尋ねられた皇嗣職トップの加地隆治大夫は『当日、お供していて気付きませんでした』と前置きしつつ『暗くなった時間に、お住まいの赤坂御用地内を職員と移動していた。その際、置物の固定用に張ってあった紐に気付かず、強くあたってしまった』と、ことの経緯を明かしたのです」(同)

 まさしく“重大事故”で、

「すぐに侍医長が呼ばれて手当てをしたものの、皮下出血の痕が残ってしまったとのことでした。さらに大夫は『痛みはなく、大した傷ではない。その後もお元気に過ごしているので安心』などと説明したのです」(同)

ご難が続いて…

 そのアクシデントは、数日前に起きていたという。

「週明けの16日に行われた西村泰彦次長(当時)の会見では、記者から『かなり強い衝撃や深い傷だった可能性もある』『相当に危ない状況だったのでは。今後、お世話する体制をどう考えていくのか』などと、あらためて質問が出ました。傷の具合については『大した怪我ではなかったと考えている』としながらも、次長は『しっかりお支えできるよう皇嗣職に伝えておく』と答えていました」(同)

 悠仁さまにはご難が続く。中学校の机に刃物が置かれた昨年4月の事件は記憶に新しい。また2016年11月には、登山に向かわれる途中、お乗りになったワゴン車が中央自動車道で追突事故を起こしている。さらには、

「08年1月には宮邸の庭で転倒、救急搬送されて唇を4針縫う怪我を負われました。後々これが報じられ、紀子さま自ら警備担当者に“強いご指導”をなさったこともありました」(同)

 実際に紀子妃はこれまで、宮邸の職員はじめ周囲に、

〈将来の天皇に何かあったらどうするのですか〉

 そう繰り返されてきた。秋篠宮家の事情を知る関係者が言う。

「今回も、傍に職員がついていながら事故を招いてしまった。もし紐に引っかかって転倒し、頭を打たれていたらどうなっていたか。悠仁さまのご成長にひたすら心を砕かれてきた妃殿下は、直後から怒り心頭に発しておられるご様子であると拝察いたします」

 その激務ゆえ、秋篠宮邸は庁内きっての“ご難場”とされている。紀子妃のご指導如何では、またしても職員の離職を招きかねないのだが、それでも皇室ジャーナリストの渡辺みどり氏は、こう指摘する。

「宮内庁はこうしたことが二度とないようにしなければいけません。数少ない男性皇族の中でも、悠仁さまは今後の皇室にとって最も重要なお方。単なる“事故”と片付けず、絶えず不測の事態に備えるべきです」

 眞子さまの「結婚問題」も道半ば。紀子妃のご懸念は新年も止みそうにない。

週刊新潮 2020年1月2・9日号掲載

ワイド特集「窮鼠猫を噛む『女力』」より

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