ゴーン容疑者にとって「レバノン」は逃亡先として最適の国、世論に期待するのも無駄
ゴーンには絶好の“隠れ家”
レバノンの「三権の長」がどのような宗教的バックグラウンドを持っているのか――これがレバノンという国を理解する第一歩だと佐々木氏は言う。
「慣例として、大統領はキリスト教徒から選ばれます。仏領だったこともあり、人口の約4割がキリスト教徒です。次に首相はイスラム教で“多数派”を意味するスンニー派、国会議長は“少数派”のシーア派や、異端ともされるドゥルーズ派から選出されてきました。国内宗教諸派のバランスに配慮していると見ることも可能でしょうが、国を1つにまとめきれていないというのが実情でしょう」
そしてレバノンの復興を今も阻んでいるのが、政治・武装組織のヒズボラだ。急進派のシーア派が組織し、「反欧米、イスラエル殲滅」を掲げている。同じシーア派のイランが支援し、レバノン国内に「イラン型のイスラム共和国」の樹立に成功した。
「レバノン国内に、もう1つ別のヒズボラという国があるという状況です。ヒズボラは欧米からテロ組織に指定されています。レバノン軍の中にもヒズボラのシンパが存在するほど浸透しており、政治家が立ち向かえるような相手ではありません。これもレバノンの政治が弱体化し、国の混乱が続いている背景の1つです」
結局のところレバノンとは、「イラン、フランス、サウジアラビア、アメリカ」から手を突っこまれ、かき回されている国なのだそうだ。
「イランとの関係はヒズボラで説明した通りです。そして旧宗主国であるフランスは、レバノンとの関係を死守しています。イスラエルとシリアに楔を打つような場所ですから、橋頭堡(きょうとうほ)としての価値は計り知れません。レバノン国民であれば貧富の差は関係なく、比較的容易にフランスのパスポートを取得できます。それほどの優遇措置を講じているわけです」
次はサウジアラビアだが、昨年10月にレバノンのハリリ首相は訪問先のサウジで辞意を表明して大きな注目を集めた。
この背景にはハリリ首相の父がサウジで財を成したという経歴もあるが、レバノンのシーア派はサウジとの関係を重視することも大きい。
そして最後のアメリカは、そもそも中東全体に手を突っ込んでいる。おまけにレバノンがイスラエルの隣国となれば、優先順位は高いのは誰にでも分かるはずだ。
「国内政治は脆弱で、様々な強国の影響を受けていることから、レバノンでは『金さえ持っていれば、何とでもなる』という風潮が加速しています。その象徴がゴーン被告というわけですが、これには注意が必要です。レバノンでは『誰の金か』ということも重視されます。極論すれば、日本がODAで払う100億円より、レバノン国民であるゴーン氏が寄付する1億円のほうが価値を持つ場合があるのです」
ちなみに日産の社長に就任して以降のゴーン被告が、レバノンで英雄のように祭りあげられたことは中東研究家なら「昔からの常識だった」という。
それにしても、ゴーン被告の故郷は――日本人にとっては残念と言えるのかもしれないが――被疑者が、それも飛びきりの大金持ちが、逃げるには打ってつけの国と言えそうだ。
「『ODAの実績などから、日本は粘り強くゴーン被告を送還してもらうよう外交交渉をすべき』という論調もあります。しかしレバノンは、国家の態を成していないわけですから、望みは薄いと言わざるを得ません。デモの参加者がゴーン被告を批判したことが日本でニュースとして報じられましたが、あのデモは経済的貧困層が富裕層に怒りの声を上げたという側面も強いのです。強固な政治的動機に乏しく、単に動員をかけられた層も存在します。レバノン世論に強く期待するのも間違いだということです」
日本語には「天網恢恢疎にして漏らさず」や「勧善懲悪」という言葉もあるが、どうやら「憎まれっ子世にはばかる」のほうが現実味を増しそうだ。
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