米イラン「軍事衝突」苦悩する「EU」ほくそ笑む「プーチン」
1月3日にイラン革命防衛隊「アル・コッズ旅団」司令官カセム・ソレイマニ少将が、米軍のドローンで殺害された事件は、世界に衝撃を与えた。EU(欧州連合)諸国は米国とイランに対し軍事衝突の回避を求めている。だが1月8日にはイランがイラク国内の米軍基地をミサイルで攻撃し、軍事衝突の危険が日に日に高まっている。
「どちらにも与せず」
EUのソレイマニ少将殺害事件への反応には、イランだけではなく米国に対しても、一定の距離を置いていることが感じられる。イランはここ数カ月、イラク駐留米軍基地への攻撃や、サウジアラビアの製油所に対する攻撃など挑発行為を繰り返してきた。
これに対抗するため、ドナルド・トランプ米大統領はイランの宗教指導者アリ・ハメネイ師の側近中の側近でもあるソレイマニ少将を殺害するという過激な作戦を実行した。過去にジョージ・W・ブッシュ元大統領やバラク・オバマ前大統領もソレイマニ少将の殺害を考えたが、中東情勢全体に大きな悪影響を及ぼすとして、断念した。これは、欧州が「どちらにも与せず」という姿勢を示していたからだ。
今回もその態度を欧州で最初に鮮明に打ち出したのが、ドイツのハイコ・マース外相だ。彼は事件の翌日にドイツの日刊紙のインタビューに答えて、
「ソレイマニは中東各地でテロ事件を起こしてきたため、EUのブラックリストにテロリストとして登録されていた」
と述べ、まずこの人物が米国だけでなく、EUからも危険視されていた点を強調した。
だが、マース外相は同時に、
「ソレイマニ殺害によって中東全体が不安定になった。緊張緩和の試みが一段と難しくなった」
と、米国を間接的に批判した。そしてマイク・ポンペオ米国務長官との電話会談でも、
「中東情勢の不透明感が濃厚になった」
と不快感を伝えている。
さらにマース外相は、事件の発生直後から英仏外相およびEUの外交担当者と対応を協議したことを明らかにし、
「我々の政策目標は3つある。1つ目は、米国とイランの軍事衝突を避けさせること。2つ目は、イラクの安定を維持すること。3つ目は、この混乱に乗じてテロ組織『イスラム国』(IS)が勢力を回復するのを防ぐことだ。国連などを通じて事態の鎮静化に全力を尽くす」
とEUの姿勢を明確に示した。
ドイツでは、12月下旬から1月6日まで大半の政治家、官僚が年末年始の休みを取っている。それにもかかわらず外相が明確なメッセージを迅速に打ち出したのは、同国政府の危機感の強さを浮き彫りにしている。
EU欧州理事会シャルル・ミシェル大統領も、米国とイランのどちらにも肩入れしなかった。彼はソレイマニ殺害事件に直接言及せず、
「過去数週間にイラクで起きた暴力、挑発、報復の連鎖を止めなくてはならない。中東全体で暴力が再燃し、テロ組織が宗教・国家間の抗争を利用して復活を試みる危険がある。さらなるエスカレーションを食い止める必要がある」
とだけ述べた。
ミシェル大統領の言葉は、トランプ大統領と良好な関係を持つ英国のボリス・ジョンソン首相が、「ソレイマニの死は悼まない」と述べて、米国に肩入れする姿勢をはっきり示したのとは対照的である。
核合意は事実上の終焉
今回の事件について、EUの外交担当者の間では失望感が強い。中東の台風の目の1つであるイランで穏健派の立場を強め、欧米との関係を緊密にするチャンスが、ソレイマニ殺害によって少なくとも中期的に失われたからだ。今後は米国との対決を重視するタカ派の時代となる。
日本に比べると、欧州は中東との経済的、政治的な関係が密接であり、この地域での混乱の影響を直接受ける。地理的にも近い。私が住むドイツからイスラエルのテルアビブまでは、飛行機を使えばわずか3時間半で到着する。
2015年にはシリア内戦の影響で100万人を超える難民が欧州に押し寄せ、ドイツなど各国で右派ポピュリスト勢力の拡大につながった。
このためEUの外交担当者にとって中東の安定化と緊張緩和は、最も重要な政策目標の1つだ。
たとえば2015年に独仏英が、米国のオバマ政権、ロシア、中国とともにイランとの核合意に調印し、少なくとも同国の核開発を遅らせるための一歩を踏み出したことは、欧州にとっては大きな成果だった。
しかし、その成果は長続きしなかった。
2018年にトランプ政権は核合意からの離脱を宣言するとともに、イランに対する経済制裁を強化した。独仏英は核合意の維持をめざしたが、イランはウラン濃縮を再開した。
去年6月にはホルムズ海峡上空でイランが米国のドローンを撃墜し、両国間の緊張は日増しに高まっていった。欧州では、米国によるソレイマニ殺害で核合意も事実上終焉を迎えたという意見が有力だ。
EUが最も恐れているのは、今回の事件でイラン国内のタカ派が勢いづいて核兵器の開発に拍車をかけることだ。イランと敵対関係にあるサウジアラビアを始め、エジプトやトルコも核兵器の開発に着手し、中東で核軍拡競争が始まる可能性がある。中東での核拡散は、テロリストが核物質を入手する危険も高める。欧州の目と鼻の先の中東での核軍拡競争は、EUにとって想定しうる最悪の事態の1つだ。
現在のところ中東で核兵器を保有している国はイスラエルだけだ。同国政府は核兵器の保有を肯定も否定もしない。だが、軍事関係者の間では、同国が核兵器を持っていることは周知の事実である。
同国のベンヤミン・ネタニヤフ首相は、「イランの核保有は絶対に許さない」と発言している。敵国に核兵器などの大量破壊兵器の保有を許さないというのは、歴代の政権が貫いてきた政策だ。つまりイランが核開発への道を本格的に歩み出した場合、イスラエルが過去にイラクやシリアで建設されていた原子炉を爆撃して核開発を未然に防いだように、イランに対しても「予防的攻撃」を実施する可能性が高まる。
影の外交担当者
中東情勢に詳しくない日本人の中には、
「そもそもなぜイランの軍人がシリアから飛行機でイラクの空港に着き、車に乗ったところで、米国に暗殺されたのか」
という疑問を抱いている人が少なくない。確かに、中東情勢は極めて複雑である。この点を理解するには、ソレイマニという人物の特殊性を知らなくてはならない。
イランには正規軍の他に、イスラム革命を守ることを任務とする革命防衛隊がある。ソレイマニ少将は、革命防衛隊の中のエリート部隊「アル・コッズ旅団」の司令官だった(以下、コッズ旅団)。
コッズとは、ユダヤ教だけではなくイスラム教の聖地でもあるエルサレムを意味する。聖地の名を冠しているところに、この部隊の重要性が感じられる。「いつの日か聖地エルサレムを奪還する」という意味合いもこめられている。
1980年頃に創設され、1~2万人の兵力を持つと推定されるコッズ旅団は、一種の特殊部隊だ。武器供与などを通じて、中東地域のシーア派民兵組織やテロ組織を支援し、イスラム革命を「輸出」することを最大の任務としてきた。
コッズ旅団が支援する民兵組織は、レバノンのシーア派民兵組織「神の党(ヒズボラ)」、イエメンの民兵組織「フーシ」、ガザ地区の「イスラム聖戦機構」、イラクのシーア派民兵組織「人民動員隊(PMF)」など、枚挙にいとまがない。内戦で混乱が続くシリアにも、コッズ旅団は軍事拠点を設置している。
要するに、イランは21世紀に入ってイラク、シリア、レバノンを経て地中海まで通じる「シーア派武装勢力の回廊」を開くことに成功したわけだ。その最大の殊勲者がコッズ旅団の司令官・ソレイマニ少将だった。
コッズ旅団が、イランの国防大臣や首相ではなく宗教指導者ハメネイ師の直轄であることも、この部隊の重要性を浮き彫りにしている。ソレイマニ少将はイランにとって、武力と諜報活動で中東での影響力を拡張する影の外交担当者でもあった。1月6日にテヘランで行われた葬儀で、ハメネイ師が涙を流したことは、彼とソレイマニ少将の結びつきがいかに強かったかを示している。
ここ数年中東での最大の脅威は、スンニ派テロ組織ISが、イラクやシリアに拡大したことだった。米軍のほか欧州諸国もこの地域に派兵して、IS撲滅のための作戦(コード名=「生来の決意作戦」)を展開してきた。この反IS連合軍の司令部は、イラクのバグダッドに置かれている。
ドイツ連邦軍も約120人の将兵をイラクに派遣し、ISと戦うクルド民兵のために軍事訓練を実施している。
欧州諸国がIS撲滅を目指す理由は、ISが欧州に戦闘員を潜入させて無差別テロを行う危険を減らすことと、内戦の激化によってイラクやシリアからの難民が欧州に再び流入するのを防ぐためだ。
シーア派の国イランにとって、スンニ派のテロ組織ISは敵である。このためコッズ旅団は、イラクやシリアでISとの戦闘に参加したり、ISと戦う地元勢力を支援したりしてきた。
だが、ソレイマニ少将のイラクでの活動の目的は、IS撃退だけではなかった。彼は内戦の混乱に乗じて、イラクのシーア派武装勢力PMFを支援し、同国で影響力を拡大することも目指した。その際に目の上の瘤となるのは、2003年のイラク戦争以来この国に駐留している米軍だ。
イランは、地元の武装勢力を使って、米軍への攻撃を着々とエスカレートさせた。去年12月27日には、ソレイマニ少将が支援するイラクのPMFが、イラク北部キルクークの米軍基地K1をロケット弾で攻撃し、米国の軍属1人が死亡し、米兵4人とイラク兵2人が重軽傷を負った。
米軍が報復として2日後にイラクなどでPMFの関連施設を空爆して25人を殺害すると、シーア派民兵組織は大晦日に暴徒を動員してバグダッドの米国大使館に放火し、突入を図った。暴徒たちはPMFの旗を掲げ、殺されたメンバーの復讐を誓った。このとき、米国の海兵隊員たちは暴徒の侵入をからくも食い止め、大使館が占拠される事態は避けられた。
米国大使館員人質事件の「亡霊」
今、ドイツのメディア界で議論となっているのは、トランプ大統領が中東・中央アジア戦略で右往左往していることだ。彼は基本的に中東に駐留する米軍兵力を減らし、この地域での紛争への関与を減らすという姿勢を強めてきた。
たとえば、トランプ大統領は去年10月に突然シリア北部から米軍を撤退させる方針を発表した。また、アフガニスタンでタリバンと停戦条件について交渉し、兵力を削減しようとしている。彼は、「シリアには砂しかない」と言ったこともある。
しかし、トランプ大統領がイランを確実に刺激するソレイマニ殺害を実行に移し、バグダッドに駐留する米軍兵力を増強したことは、中東への関与を徐々に減らすという、これまでの彼の戦略と矛盾しているのだ。
だからこそ、ドイツのメディア界では、トランプ大統領の戦略変更の理由が、今年の11月3日に行われる大統領選挙だという見方が強い。トランプ大統領は大晦日にイラクの米国大使館がシーア派の暴徒に襲われた事件に、約40年前に起きたテヘランの米国大使館占拠事件の亡霊を見ているというのだ。
この事件では米国人52人が444日間にわたってイランの革命勢力の人質となった。特殊部隊を使った人質救出作戦の失敗は、当時のジミー・カーター大統領の失脚の原因の1つとなった。
トランプ大統領は1月4日に、
「イランが反撃した場合、米国はイランの52カ所の標的を空爆する」
というツイッターを発信した。ここで彼が52という1979年のテヘランで人質になった米国人の数と同じ数字を使っていることは、40年前の事件を意識していることを示す。
去年末まで多くの世論調査機関は、今年の大統領選挙でトランプ大統領が再選される可能性が高いと予想していた。だが、カーター大統領(当時)への支持率が救出作戦の失敗後に急落したように、トランプ大統領が対イラン政策でしくじった場合、再選の見通しに影が落ちるかもしれない。彼を支持する有権者から「イランに挑発されるままの、弱腰の大統領」と見られる危険がある。
これまでトランプ大統領は、イランの挑発に乗るのを避けてきた。去年6月にホルムズ海峡上空で米軍のドローンがイランに撃墜された後、彼は一旦革命防衛隊の施設への攻撃を命令したが、攻撃直前に撤回した。対イラン強硬派のジョン・ボルトン国家安全保障担当補佐官は、その3カ月後に辞任した。
去年9月にサウジアラビアの製油施設がドローンやミサイルによって攻撃され、コッズ旅団が支援するイエメンの「フーシ」が攻撃を実行したという声明を出した時にも、米軍はイランに反撃しなかった。現場で見つかったミサイルの残骸がイラン製だったにもかかわらずだ。
トランプ政権は、この攻撃の直後、
「サウジアラビア政府が今回の攻撃をどう判断するかを待ちたい」
という控え目なコメントを出した。そこには、イランとサウジアラビアの紛争に巻き込まれたくないというトランプ大統領の姿勢がありありと浮かび上がっていた。
現在サウジアラビア政府内では、有事の際にトランプ政権が本当に守ってくれるかどうか、つまり友好国としての信頼性について、大きな疑問符が浮かび上がっている。同国で核武装論議が起きているのも、そのためだ。
だがトランプ大統領は、シーア派民兵組織の攻撃による米国人軍属の死と、バグダッドの米国大使館から立ち上がった黒煙を見て一線を越え、イランの「影のナンバー2」の殺害に踏み切った。大統領は「イランの挑発に対してこれ以上黙っていると、自分はカーターの二の舞になる」と判断したのだ。
ちなみに、ソレイマニ少将が殺害された時、同じ車にはPMF副司令官であるイラク人、アブ・マハディ・アル・ムハンディスも乗っており、死亡した。トランプ大統領は、イランだけではなくイラクのシーア派過激勢力をも敵に回したことになる。イラク議会は事件後、すべての外国軍のイラクからの撤退を要求した。米国のイラク駐留も、困難さを増すだろう。
またトランプ大統領は2011年にオバマ前大統領がイラクに駐留していた米軍の一部を撤退させたことについて「子の撤退がISの誕生につながった」と非難したことがある。ソレイマニ少将殺害がきっかけとなって、米軍がイラクからの撤退に追い込まれた場合、トランプ大統領もまたイラクに力の空白を生じさせて、ISなどのテロ組織を勢いづけるという皮肉な結果を生むかもしれない。
「非対称型戦争になる」
万一米国とイランが軍事衝突した場合、トランプ大統領は短期決戦を目指すだろう。多数の巡航ミサイルや戦闘爆撃機を投入して政府施設、正規軍の兵営やコッズ旅団の拠点などを叩き、イランの戦闘意欲を失わせようとするのではないか。イラク戦争の開戦時に使った「衝撃と畏怖(ショック・アンド・オー)」という戦術が再現されよう。
トランプ大統領が短期決戦をめざすのは、もし戦いが長期化して米軍の戦死者数が増えた場合、支持率が下がる危険が高いからだ。したがって米軍が大規模な地上軍を投入することも考えにくい。投入してもネイビー・シールズやデルタ・フォースなど少人数の特殊部隊に留まるのではないかと思う。
これに対しイランのコッズ旅団は、緒戦で負けても無差別テロなど、米軍が事前にキャッチできない方法で反撃すると考えられる。
ドイツ政府の外交・安全保障問題の諮問機関である「科学政治財団」(SWP)のフォルカー・ペルテス所長は、ドイツの公共放送局『ARD』とのインタビューで、こう述べた。
「米国とイランの戦争は、非対称型戦争になるだろう。いや、その戦争はすでに始まっているかもしれない」
非対称型戦争とは、正規軍と対決しても勝ち目がないと考える国や組織が、テロ攻撃や艦船の拿捕、航空機のハイジャックなどによって反撃することを指す。アルカイダが2001年に米国で実行した同時多発テロは、その典型である。
ただしペルテス所長は、これまでの米国とイランの間の紛争が死者を出さない形で行われてきたのに対し、ソレイマニ少将殺害によって両国の戦いが違う次元にエスカレートした可能性もあると指摘する。つまり彼はイランが過去になかった形で米国に反撃することは確実と見ている。
1月8日にイランがイラク国内の米軍基地にミサイル攻撃を加えたことは、両国が軍事的に正面衝突する危険が刻々と高まりつつあることを浮き彫りにしている。ドイツのメディアは現在のイランを、
「密封容器の中で水が沸騰して水蒸気の圧力がどんどん高まっているのに、蒸気を逃がす弁がない状態」
と形容している。
米国の友好国が標的になるか
米国はイランから地理的に遠い。イラクの米軍基地も強固に守られている。このためイランの標的として懸念されているのが、米国の友好国であるサウジアラビアやカタール、オマーンなどの湾岸諸国、さらにイスラエルである。
イスラエルは、これまでもイランを最大の脅威と見なし、ソレイマニ少将の一挙一動を注意深く監視してきた。シリアは南西部でイスラエルと国境を接している。ソレイマニ少将は内戦によるシリアの混乱に乗じて、この国のシーア派武装勢力とともに、シリアに軍事拠点を作ろうとしてきた。イランの最大の敵国の1つ、イスラエルに対して目と鼻の先から睨みをきかせるためである。
イスラエルは、コッズ旅団がイランからシリアの拠点にミサイルや弾薬を運ぶトラックを幾度となく爆撃し、ソレイマニ将軍がシリアに恒久的な軍事基地を建設するのを阻もうとしてきた。
私はこれまでイスラエルに10回、ヨルダンに2回足を運び、現地の状況を見てきた。日本のメディアはほとんど伝えなかったが、イランはすでに2018年以降、イスラエルに対する挑発をエスカレートさせていた。
2018年2月9日には、イスラエルとコッズ旅団が初めて直接交戦した。
コッズ旅団は、シリアのホムス近郊にあるT4と呼ばれる基地からドローンを離陸させ、一時イスラエルの領空を侵犯した。イランがシリアの基地から、ドローンを使ってイスラエル領空での強行偵察を行ったのは初めてのことだった。
イスラエル空軍は直ちにF16型戦闘機を発進させてドローンを撃墜した。だが同機はシリア軍が発射した対空ミサイルによって損傷を受けた。イスラエルのF16のパイロットはパラシュートで脱出し、機体はイスラエル領内に墜落した。イスラエル側は、「イランはシリアに拠点を築きつつあることを、我々に対して誇示したかったのだろう」と分析している。
事態を重く見たイスラエルは、同年4月9日の未明にT4基地を爆撃し、滑走路や格納庫を破壊した。この空爆により、コッズ旅団に属するイラン人7人を含む14人が死亡したほか、イラン軍のドローンや、自走式防空管制システムなどが破壊された。イスラエルは、コッズ旅団がシリアに恒久的な拠点を築くことを防ぐために、T4爆撃を強行したのだ。
シリア・イランと良好な関係を持つロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、4月11日にネタニヤフ首相に電話をかけ、
「シリア情勢をこれ以上不安定にするような動きは避けてほしい。アサド政権の主権を尊重するべきだ」
と要請したが、これに対しネタニヤフ首相は、
「イスラエルは、シリアにイランが拠点を作ることを絶対に許さない」
と反論した。
欧米の軍事関係者がイスラエルのT4爆撃に注目しているのは、イスラエルがイランの軍事施設を攻撃し、イラン側に死傷者が出た初めてのケースだからである(私はこの事件について、2018年4月に日本のデジタルメディアに記事を掲載した)。
イランを最大の敵と見なすイスラエル
イランは、すでにイスラエルの北隣のレバノンに事実上の拠点を築いている。レバノンのヒズボラはイスラエルを敵視しているため、コッズ旅団はシリア経由でミサイルなど武器の供与を続けてきた。
一説によると、ヒズボラは約13万発のミサイルを保有しており、イスラエルの主要都市にすでに射程を合わせているという。ヒズボラのミサイルは、イスラエルの安全保障にとって最大の脅威の1つだ。
2006年7月にイスラエルがレバノンに一時侵攻した理由も、同国南部のヒズボラの拠点を破壊し、ミサイル攻撃の危険を減らすためだった。
つまりイスラエルは、シリアが「第2のレバノン」となり、周辺国にイランの前進拠点が増えることに強い警戒感を抱いている。
「ハイファ大学国家安全保障研究センター」のダン・シュフタン所長は、2017年当時、私とのインタビューの中で、
「イランはイスラエルにとって最大の脅威だ。次の戦争では、イスラエルに多数のミサイルが撃ち込まれて多くの死者が出る可能性もある」
と懸念を示した一方で、
「イラン人は賢い人々だ。彼らは、イスラエルに総攻撃をかけた場合、自分の国も滅ぼされることを知っている。だからイランに対しては抑止力をきかせることができる」
と語り、イスラエルがイランに攻撃された場合、徹底的に反撃するという見方を打ち出した。
そう考えると、ソレイマニ少将の死後、イランによる攻撃について最も不安を強めているのはサウジアラビアと湾岸諸国かもしれない。
マクロンが援助を求めたのは……
もう1つ興味深いのは、エマニュエル・マクロン仏大統領の動きだ。彼はソレイマニ少将が殺害された直後、プーチン大統領と直ちに電話で協議した。EUが独自に火を消すのは難しいので、ロシアの最高指導者に援助を仰いだわけだ。
プーチン大統領は、中東で影響力を増すことを狙っている。イラン、シリア、トルコさらにイスラエルとも太いパイプを持っているからこそ、今回の危機を利用して中東での橋頭堡を拡大しようと試みるに違いない。
ロシア外務省は、ソレイマニ暗殺事件後に発表した声明の中で、
「彼は極めて優秀な軍事指導者であり、中東全域で尊敬を集めた。特にISとの戦いでは大きな功績を残した」
と最大級の賛辞を送っている。これについてドイツのメディアは、
「2015年にロシア軍がアサド大統領に反抗する勢力に対して、シリアで本格的な軍事攻撃を始めたのは、ソレイマニ少将がこの年にプーチン大統領を訪問して、シリア内戦に介入するように説得したからだ」
という見方を報じている。ソレイマニ少将は、ロシアの中東での影響拡大についても、重要な役割を果たしたというのだ。
ドイツのメルケル首相とマース外相も、1月11日にモスクワでプーチン大統領とイラン危機について協議する予定だ。
地政学的な思考が苦手な元ビジネスマンの大統領(トランプ)が中東に残す空白を埋めるのは、地政学的な思考に長けた元秘密警察の大統領(プーチン)かもしれない。