フランスではゴーン逃亡を8割支持のナゼ 今後は仏捜査当局がレバノンに身柄引き渡し要求か

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 12月29日、関西空港からプライベートジェット(PJ)でトルコのイスタンブールへ、そこから別のPJで30日にレバノンのベイルートに入ったとされる日産自動車前会長のカルロス・ゴーン被告(65)。昨年末に起きたまさかのこの“逃亡劇”を世界中のメディアは大きく報じた。そんな中、意外にも冷静だったのがフランス紙である。

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 ゴーン被告はレバノンに入国した後、報道陣の前には一切姿を見せておらず、所在もわかっていない。もっとも、彼の知人によると、ベイルートで開かれた年越しパーティに妻のキャロンさんと一緒に出席し、ワインをたしなんだという。そのパーティには、レバノンのアウン大統領の親族も同席していたそうで、フランスのテレビ局「TF1」は、そこで撮影されたとみられる写真を公開している。

「ゴーン被告の国外逃亡は、寝耳に水のニュースでした。ただフランスでは、彼のことはもう“忘れられた人”になっていますよ。こちらでも、彼の経営手腕を評価するシンパは一部にいます。けれども、ゴーン被告の後に就任したルノーのジャンドミニク・スナール会長はかなりのやり手で、フランス政府からの評価も高い。すでにルノーの立て直しの筋道もできていて、『もう、ゴーンはいらない。彼はすでに過去の人』と言われています」

 と解説するのは、フランス在住のジャーナリスト・広岡裕児氏である。

 実際、フランスのメディアの報道を見てみると、ゴーン被告の逃亡には批判的である。

〈レバノン政府はカルロス・ゴーンをこれ以上ないほどあたたかく迎え入れてくれるだろう。こうして、ゴーン氏は日本の司法による追及を逃れたように見えるが、実はこうすることで、フランスの司法による追及も逃れているのだ〉(リベラシオン紙:1月1日付)

〈本当に汚名をすすぎたかったのなら、裁きから逃れた理由がわからない。(中略)民主主義国家での裁きを拒み、裁かれる場所を最も自分の都合のいいように選ぶ可能性を不当に手に入れた〉(ル・モンド紙:1月3日付)

ゴーンは守銭奴

「フランスのメディアは、元日、2日と、ゴーンの逃亡をトップで報じていました。けれども3日以降は、小さな扱いになっています。ゴーンよりも、米のイラン司令官殺害、オーストラリアの火事、フランスの年金ストのほうが大きく報じられています。それだけ、彼への関心は薄れているのです。フランスの庶民も、逃亡なんかして、バカなことやっている、という見方です。彼は、特別背任で逮捕されたのは日産経営陣の陰謀と主張していますが、それを信じている人はまずいませんね。フランス国内では、ゴーン被告を擁護する発言をすると批判される、という空気になっています」(同)

 そもそも、マクロン大統領とゴーン被告はソリが合わなかったという。

「マクロン大統領が経済相だった2015年、ルノーの経営への関与を強めるためにルノー株を買い増し、フランス政府の持ち株比率を15%から19・7%に上げた時、ゴーン氏は猛反対したのです。なぜかというと、政府の介入が強まると、自分の悪事がバレるからだと言われていました。マクロン大統領はゴーンのことを、“守銭奴”と言って嫌っていますよ」(同)

 とはいえ、仏紙『フィガロ』は1月2日、「ゴーン氏が日本から逃げ出したのは正しかったか」と読者にアンケート調査を行ったところ、イエスと答えた人が約8割近くもあった。

「それはゴーンを擁護したのではなく、あくまで、中世のように遅れた日本の司法システムから逃げ出すことを肯定しただけです。ヨーロッパでは、被告は有罪が確定するまでは推定無罪で人権が守られます。一方、日本は、拘置所に入れられる。被告の自白を最も重視するので、捜査にも時間がかかります。日本では、被告がいない裁判は成り立ちません。けれどもヨーロッパでは、被告がいなくても欠席裁判という形で裁判を進めることができる。この場合は、被告には不利な裁判になりますが……」(同)

 広岡氏は、ゴーン被告がフランスで裁判を受けるのであれば、逃亡することはなかったと見る。

「ヨーロッパでは保釈されても、足などにGPSのタグが装着され、24時間被告がどこにいるかわかるようになっているため、逃げられません。フランス人は、保釈中にゴーンに逃げられた日本の捜査当局に呆れていますよ」

 さらに、フランスの刑務所は、日本とは大きく異なる。

「政治家や大物の経済犯は、一般の受刑者とは違う特別室に入れられます。そこでは、シャワーも自由に使え、パソコンもあるので仕事ができるのです。必要に応じて料理人も入れることができ、他の囚人を自分の執事みたいに使うことも可能です。ゴーンは、どんな大物でも他の受刑者と同じ扱いをする日本にはいられないと思ったのでしょうね」(同)

レバノンでも安穏としていられない

 フランスの検察は、19年6月にパリ郊外にあるゴーン被告の自宅を家宅捜索、同年7月にはルノー本社を捜索している。ゴーン被告が16年10月にベルサイユ宮殿で結婚式を行った際、会社から5万ユーロ(約610万円)を流用。さらに、オランダにあったルノーと日産の統括会社「ルノー・日産BV」から、1100万ユーロ(約13億4000万円)を不適正に支出した疑いがあるためだ。

「フランスとレバノンの間には司法協力協定が結ばれているので、フランスの検察は、ゴーン被告の容疑が固まれば、レバノンに対して彼の身柄引き渡しを要求する可能性があります」(同)

 結局はフランスに送還、なんてこともありそうだ。

「現在のレバノンは、かつてないほど市民運動が活発です。11年に起こった民主化運動『アラブの春』が政治エリート層の腐敗に対して、ここ1カ月半にわたって前代未聞の抗議行動を続けているのです。まさに革命寸前という状況です。市民運動家はゴーン被告の入国はさらなる問題をもたらすとして批判的に見ていますから、ゴーンはレバノンでも安穏としていられなくなるのではないでしょうか」(同)

 安住の地を得たとして、パーティでワインをたしなんでいる場合ではなさそうだ。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年1月6日掲載

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