プーチン年末会見で読み解くロシア「2020外交戦略」

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 ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は12月19日、年末恒例の内外記者会見を行い、4時間にわたって質問に答えた。サプライズはなかったが、ロシアの今後の内外政策を占う意味深長な発言が少なくなかった。大統領任期制限を厳格化する憲法改正に言及したり、社会活動やビジネスを行う2人の娘に関する質問に尻込みするシーンもみられた。ここでは、地域別に主要な発言を紹介しながら、2020年のロシアの外交戦略を探った。

 

中露軍事同盟を否定

 中露関係についてプーチン大統領は、

「われわれは中国と軍事同盟を結ぶ計画はない。東アジアには米国、日本、韓国などの軍事同盟があるが、これは非生産的で不吉なものだ」

 と述べ、中国との軍事同盟を明確に否定した。大統領は10月初め、「中露は戦略的パートナーシップが完全に維持されている点で同盟国だ」と初めて「中露同盟」に言及していたが、軍事同盟の選択肢を排除した。

 実は、2001年に締結された現行の中露善隣友好協力条約は期限が20年で、2021年に期限切れとなり、両国は条約の取り扱いを検討している。条約は、双方が異議を申し立てない場合、5年間自動延長と規定しているが、近年の関係強化を受けて、新条約が結ばれる可能性もある。

 プーチン発言により、「一方が攻撃を受けた場合、他方が支援する」という軍事同盟が結ばれることはなさそうだ。しかし、相互防衛義務を明記しない「準同盟」と規定されることは考えられる。その場合でも、地政学的に日本には重大な脅威となろう。

 さらにプーチン大統領は、

「中露関係で最も重要な成果は、両国の信頼が前例のないほど高まったことだ」

「われわれは多面的な戦略関係をさらに強化していく」

「米露しか持たない早期警戒システム技術の提供を含め、中国との軍事技術協力を発展させる」

 と、引き続き中国一辺倒外交を強調した。

米大統領選介入は失敗?

 対米関係では、2021年に期限切れとなる米露新戦略兵器削減条約(新START)について、

「ロシアは現行条約をそのまま延長する用意があるとの提案を米国に送ったが、今のところ、回答は全くない。新START条約がなくなれば、軍拡競争を阻止する手段が失われる。何もいいことがない」

 と述べ、新START条約延長を望むことを改めて表明した。

 今夏の中距離核戦力(INF)全廃条約廃棄に続いて新START条約が失効すれば、ロシアにとって痛手だ。

 通常、軍備管理分野が無条約状態になれば、経済の弱い方が不利で、国内総生産(GDP)が米国の8%にすぎないロシアが米国に対抗して軍拡を挑むのは至難の業だ。

 ロシアにとって、2016年米大統領選でドナルド・トランプ候補を勝たせるためにサイバー攻撃したことは裏目に出たかもしれない。米国の対露制裁は議会に権限が移り、オバマ時代よりもはるかに強化された。外交官相互追放で、米西海岸からロシアの外交公館は一掃された。「ヒラリー・クリントン大統領」だったなら、INF全廃条約やイラン核合意から米国が離脱することはなかったし、トランプ大統領のように、国防予算を一気に16%引き上げ、新型兵器開発を強化することもなかった。

 プーチン大統領は会見で、トランプ政権1期目終了までに米露対話が強化されるかとの質問に「よく分からない」と投げやりな答えにとどめた。ウクライナ疑惑をめぐる米下院の大統領弾劾についても、「一体何が起きているのだ。米議員に尋ねたほうがいい」とかわしていた。トランプ政権への失望から、2020年米大統領選への介入はあまりなさそうだ。

日本へのINF配備を警戒

 日本との平和条約問題では、

「われわれは良好な信頼関係があり、詳細かつ率直に問題に取り組んでいる。解決策を見つけようとしていることが重要だ。解決策は、双方の世論が受け入れ可能な、柔道で言うところの『ヒキワケ』であるべきだ。70年を経ても解決策は見つかっていないが、この方向に向けて進む用意がある」

 と語った。安倍晋三首相との首脳交渉がすっかり暗礁に乗り上げたことを踏まえ、発言に新味はなかった。2020年も進展はなさそうだが、ロシアにとって日本との対話は居心地がよく、打ち切る気もなさそうだ。

 大統領が重視したのはむしろ、米国の中距離ミサイル配備問題で、

「米国が日本との間で、中距離ミサイルを日本に配備する問題を交渉していると報じられている。われわれは島の問題と絡めてこれを無視できない。米国の攻撃兵器が明日にでも島々(北方領土)に配備されないという保証はどこにもない」

 とし、日露交渉の議題にせざるを得ないとの認識を示した。

 INF全廃条約の廃棄を受けて、米政府はアジアに中距離ミサイルの配備を検討しており、この問題が2020年の東アジア安保の焦点になりそうだ。

 中国の王毅外相は年末に訪韓し、中距離ミサイルを受け入れないよう念を押した。韓国が拒否すれば、日本に置かれる可能性が強まるが、核の配備は「非核三原則」に反するだけに、世論の反発が必至だ。核ではなく、通常型弾頭の装備になる可能性もある。その場合でも、ロシアはSS20など中距離ミサイルの極東配備で対抗し、日露平和条約交渉も吹き飛ぶことになる。

ウクライナ東部親露派を擁護

 ウクライナ問題でプーチン大統領は、12月9日のパリでの仏独露ウクライナの4カ国首脳会議に触れながら、停戦と和平の手順を盛り込んだ2015年2月の「ミンスク合意」の履行が最も重要だと強調。

「ウクライナの(ウォロディミル・)ゼレンスキー大統領が帰国後、修正の可能性に言及したことを憂慮している。これを修正すれば、解決プロセスは出口がなくなる。ミンスク合意の基幹部分は、東部に特別な地位を与え、それをウクライナ憲法で確定させることだ。期限が1年延長されたが、永久に待つことはできない」

 と強調した。

 ミンスク合意は、親露派武装勢力の支配地区に自治権を認める「特別な地位」の付与が含まれている。対象地域はドネツク、ルガンスク両州にまたがり、ウクライナ全体の3%程度の面積で、ロシアは親露派地域の「独立」を定着させたい意向だ。

 次回の4カ国首脳会議は4月に開かれる予定で、ロシアは東部の親露派を擁護しながら、紛争の既定事実化を図りそうだ。

 ロシアの積極的な中東戦略について、トルコ人記者が、

「ロシアはシリアで正統政府を支持するとしてアサド政権を支援したのに、リビア内戦では反政府勢力を支援している」

 と突っ込んだのに対し、大統領は、

「リビアを大混乱に陥れたのは欧米だ」

 などとかわしていた。

ベラルーシ併合に「意欲」

 大統領は連合国家創設条約を結ぶ隣国・ベラルーシとの関係について、

「ロシア人とベラルーシ人は、私の意見では、民族性や歴史、精神性など同じ民族だ。(1999年に)国家連合条約を締結したのは正しかった。国家連合創設の基本的な問題の多くはまだ実行されていない。90%の問題を解決する必要がある」

 と述べ、統合強化を積極的に進める考えを示した。

 ロシア側はこの1年、共通の通貨や法制度、税関、統一憲法を設置し、統合を強化するよう求めたが、ベラルーシのアレクサンドル・ルカシェンコ大統領はロシアによる併合を恐れて抵抗してきた。ウクライナ領クリミアに続くロシアのベラルーシ併合については、ポーランドやバルト三国が警戒を表明。米政府高官も2019年にベラルーシを訪れ、関係強化を図っている。

 ベラルーシとの統一国家創設は、プーチン大統領の2024年の任期切れに絡んで注目され始めた。大統領は会見で、大統領任期を連続2期(当初は1期4年、現在は1期6年)までと規定した憲法の条文について、「連続という文言を削除してもいい」と述べた。2000年に就任したプーチン氏は3選禁止規定に沿って、4年間首相を務めた後、2012年に大統領に返り咲いた。

 さらに大統領復帰については、

「憲法上の権利があった。しかし、これに批判的な評論家や活動家がおり、削除してもいい」

 と述べた。2024年で退路を断つ発言だが、ベラルーシを併合して新国家を作り、新憲法下で大統領に就任する――とのシナリオが憶測されており、今後のベラルーシとの統合交渉が要注意だ。

 最後にプーチン大統領は、旧ソ連に関する質問に、

「レーニンは各民族を特定の地域に振り分け、ソ連から離脱できる権利を与える連邦システムを作った。しかし、それは現実に沿わず、旧ソ連に(領土や民族をめぐる)亀裂が2000カ所もある。われわれはレーニンの遺産に対処している」

 などとやや奇妙な発言をした。ベラルーシだけでなく、ジョージア領アブハジアや南オセチア、それにウクライナ東部などの帰属未定地域を統合し、旧ソ連圏再編を検討するかもしれない。

名越健郎
1953年岡山県生れ。東京外国語大学ロシア語科卒業。時事通信社に入社、外信部、バンコク支局、モスクワ支局、ワシントン支局、外信部長を歴任。2011年、同社退社。現在、拓殖大学海外事情研究所教授。国際教養大学東アジア調査研究センター特任教授。著書に『クレムリン秘密文書は語る―闇の日ソ関係史』(中公新書)、『独裁者たちへ!!―ひと口レジスタンス459』(講談社)、『ジョークで読む国際政治』(新潮新書)、『独裁者プーチン』(文春新書)、『北方領土はなぜ還ってこないのか』(海竜社)など。

Foresight 2019年12月26日掲載

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