「超高額賞金」でもトップ選手不在「欧州ツアー」の底深き苦悩 風の向こう側(60)
欧州ツアーの昨季最終戦「DPワールドツアーチャンピオンシップ・ドバイ」を制したスペイン出身のジョン・ラーム(25)が、その優勝によって欧州ナンバー1に輝き、「僕の人生で最大の栄誉である」と胸を張った。
今は亡きセベ・バレステロスが1991年に欧州ナンバー1になって以来、王座を獲得したスペイン人はラームが2人目となった。
「たくさんのスペイン人選手が、そのチャンスに迫りながらモノにできなかった。それを僕がやった。セベに次いで僕が成し遂げたことが信じられない。大きな栄誉だ」
スペイン人選手でラームの「先輩」と言えば、ホセ・マリア・オラサバル(53)、セルヒオ・ガルシア(39)といったメジャーチャンプたちがおり、彼らも幾度か欧州ナンバー1に迫ったが、結局、王座を逃がした。
だが、ラームは25歳の若さで、しかも米ツアーとの掛け持ち参戦で、見事、欧州ナンバー1に輝いた。それは、欧州ツアーが前途洋々の有能な選手を擁していることの証。欧州ツアーを率いるキース・ペリー会長もラームの快挙に頬を緩めていた。
だが、どうやらペリー会長の表情は緩みっぱなしとはいかない事情があるようだ。
「魅力=高額賞金」という発想
「この先、このツアーはやっていけるのだろうか?」とは、ペリー会長の暗い表情が物語る声なき声である。
ラームは「DPワールドツアーチャンピオンシップ・ドバイ」の優勝賞金として3ミリオンを獲得し、欧州ツアーのポイントレースである「レース・トゥ・ドバイ」で1位になったボーナスとして2ミリオンも獲得。一気に5ミリオン、約5億5000万円を手に入れるという華々しさだったが、その「華」は欧州ツアーの運営が必ずしも大成功していることを示しているわけではない。
米ツアーにポイントレースである「フェデックスカップ」があるように、欧州ツアーには「レース・トゥ・ドバイ」がある。歴史的には、欧州ツアーの「オーダー・オブ・メリット」なるシステムを手本にして米ツアーに「フェデックスカップ」が導入され、その後、欧州ツアーのシステムが改正・改称されて2009年から現在のレースになった。
そして、ペリー会長はスター選手たちの欧州ツアー参戦を増やすためには、この「レース・トゥ・ドバイ」の魅力を一層高める必要があると考え、2017年に8試合に及ぶ「ロレックスシリーズ」を創設した。これは、米ツアーのシーズンエンドに開催される「プレーオフシリーズ」に似たものと考えていい。
さらに、ペリー会長は8試合に及ぶ「ロレックスシリーズ」のラスト3試合を、超高額賞金を授けるリッチな大会に仕立て上げた。今年の「トルコ航空オープン」は賞金総額7ミリオン、「ネッドバンク・ゴルフチャレンジ」は7.5ミリオン、そして最終戦の「DPワールドツアーチャンピオンシップ・ドバイ」は8ミリオンだった。
つまり、ペリー会長は選手たちを欧州ツアーへ惹きつける「魅力=高額賞金」と考え、ビッグマネーをシーズン終盤の大会に注ぎ込んできたのだが、昨今はその効果が薄れつつある。
今年のラスト3試合を振り返ると、最終戦の「DPワールドツアーチャンピオンシップ・ドバイ」だけは欧州ツアーのトップ50人中49人が出場していたが、「トルコ航空オープン」に出ていた有名選手はジャスティン・ローズ(39)とシェーン・ローリー(32)ぐらいのもの。「ネッドバンク・ゴルフチャレンジ」の出場選手の中では世界ランク18位(当時)のトミー・フリートウッド(28)が最上位で、トップクラスの選手は1人も出場しなかった。
モノを言うのは「マネーのみ」なのか?
せっかく高額賞金を用意して設置した「ロレックスシリーズ」のラスト3試合だというのに、有名選手が出揃わなかったのはなぜだったのか?
その原因の1つは、「世界選手権シリーズ」の「HSBCチャンピオンズ」との兼ね合いだ。同大会の賞金総額は10.25ミリオンゆえ、「超高額賞金」を謳っている欧州のラスト3試合のはるか上を行っている。しかも、「HSBCチャンピオンズ」の翌週から「ロレックスシリーズ」のラスト3試合が開催される日程のため、全部出場したら4週連続の戦いになる。
日ごろの稼ぎが少ない選手やシード落ちなどの危機に瀕している選手なら、4週連続出場は「望むところ」だが、近年のランク上位の選手たちは日ごろから効率的に高額賞金を稼いでいるため、わざわざシーズンの最後の最後に4週連続の強行軍で戦う必要はないと考え、最も高額の「HSBCチャンピオンズ」に出たあとは1~2試合を休み、欧州ツアーの最終戦だけは出ようという具合に「間引き出場」する。
つまり、日ごろから有り余るほどの高額賞金を稼いでいるからこそ、間引き出場してもトップ選手たちの懐には何らダメージはないということなのだ。
むしろ、欧州ツアーのレギュラー大会や「世界選手権シリーズ」の賞金が高額化しているからこそ、ラスト3試合の魅力が相対的に低下していると言えるわけで、そうなると、「魅力=高額賞金」という発想にこだわるのであれば、ラスト3試合の賞金をさらにアップして選手たちを惹きつける以外に道はないという結論に辿り着く。
さらに頭が痛いのは、アピアランスフィー(出場料)の存在だ。有名選手を試合に招いて出場を仰ぐためのアピアランスフィーは、米ツアーでは禁じられているが、欧州ツアーではいまなお支払われている。
つい最近も、来年1月の「サウジインターナショナル」が米ツアー選手たちにオファーしたアピアランスフィーが話題になった。タイガー・ウッズ(43)は2年連続で3ミリオンのアピアランスフィーをオファーされ、辞退したと報じられている。
だが、金額は明かされていないものの、来年はフィル・ミケルソン(49)が「顔役」を務めてきた米ツアーの「ウェイストマネジメント・フェニックスオープン」を見限って、同週開催の「サウジインターナショナル」に出場することを発表。前年覇者のダスティン・ジョンソン(35)、世界ナンバー1のブルックス・ケプカ(29)、「マスターズ」覇者のパトリック・リード(29)なども「サウジインターナショナル」への出場を予定しており、彼らはみな高額のアピアランスフィーを受け取っていると考えられる。
結局、スター選手を呼び込んで欧州ツアーの大会を盛り上げるためにモノを言うのは「マネーのみ」となり、そうなると、欧州ツアーは今後、賞金をどこまでも高額化し、アピアランスフィーの相場も一層上昇し、さらなるマネー合戦を強いられていくことになる。
皮肉な羽目に
有名選手が出揃わない現象は「ロレックスシリーズ」のみならず、日ごろのレギュラー大会でもすでに起こりつつある。そもそも、欧州ツアーの選手たちの出場試合数そのものが近年は減少傾向にある。
欧州ツアーのトップクラスの選手たちが年間で「必ず出る」と考えられるのは、メジャー4大会を含めた年間10試合前後。そして、全選手の年間の出場試合数の平均は、2015年は24.9試合だったが、2019年は22.3試合に減ってしまった。
米ツアーも含めると年間35試合が賞金総額7ミリオンを上回っているにもかかわらず、トップ選手たちが出場する試合数は減少している。となると、今後は「ロレックスシリーズ」のみならず、レギュラー大会においても「さらに賞金をアップしなければ(トップ選手の)出場は見込めないということか?」と、ペリー会長率いる欧州ツアーは頭を抱えている。
折しも欧州経済はブレグジット(英国のEU離脱)で揺れており、景気は悪化の一途である。そんな中、「もっとゴルフにお金を出してくれ」とスポンサーに要求したところで、「無い袖は振れない」と言われるのがオチである。逆に「そんな高額は出せないのでスポンサーを降りる」という最悪のケースも考えられ、そうなったら、選手たちの出場試合数減少どころではなく、開催できる試合数が減少してしまう。
振り返れば、大会の「魅力=高額賞金」と考え、「ロレックスシリーズ」を創設し、ビッグな賞金を授けるシステムを推進してきたのは、他の誰でもないペリー会長自身だった。しかし今、そのペリー会長が青天井で伸びていく「高額賞金」の「魅力」に苦しめられている。「お金」で選手たちを釣ろうとした結果、「お金」でツアーが苦悩させられる羽目になっているというのは、なんとも皮肉である。
ビッグマネーがどんどん動いていることをプロスポーツという興行ビジネスの成功の証と見ることもできなくはない。しかし、プロゴルフの世界が庶民(ギャラリー)の金銭感覚からかけ離れた「特異な世界」になりつつあることもまた確かだ。
どこかで、このマネー合戦に歯止めをかけなければいけないと思う。そのための知恵と工夫を「魅力=高額賞金」とは別の方向で絞り出してもらうため、「ペリー会長、頑張れ」とエールを送りたい。