高宮敏郎(SAPIX YOZEMI GROUP共同代表)【佐藤優の頂上対決/我々はどう生き残るか】
浪人生の代ゼミと、難関中学を目指すトップ小学生の通うサピックス。学校が対応できない双極を併せ持つSAPIX YOZEMI GROUPには、日本の教育がどう見えているのか。偏差値の弊害から世界に後れをとる大学の閉鎖性まで、日本の制度の問題点を洗い出す。
佐藤 代ゼミがサピックスを傘下に収めてから10年ほどですが、難関中学受験では圧倒的な存在感がありますね。すでに日本の若いエリート層では、サピックス出身者が大多数を占めている。
高宮 かつては創業者の孫として「代ゼミの高宮」と言われることが多かったんです。それが最近は「サピックスの高宮さんです」と紹介されるようになった。だから昨年末からは代ゼミカラーである赤いネクタイをしているんですよ。「代ゼミの高宮」だぞって(笑)。
佐藤 代ゼミとサピックスというのは面白い組み合わせです。
高宮 代ゼミはやっぱり浪人予備校で、失敗した生徒をサポートしてこそ、という心意気が先生にも職員にもある。一方サピックスは、なるべく失敗しないように今から頑張っていこうね、というスタンスですから、違いはあります。ただ生徒たちが授業に集中できるよう、環境をきちんと整えるという点では同じです。
佐藤 両方あっていいと思います。定向進化は怖いし、ハイブリッドのよさが出てくると思う。
高宮 もう一つの共通点として、先生たちにも教えることだけに向き合える環境を用意しています。
佐藤 そこが学校とは違う。
高宮 今の学校の先生は、授業以外の色々な部分で時間もエネルギーも取られて、授業に集中するのが大変だと思うんですね。
佐藤 教材研究が先生の意欲に任されてしまっていますから、やる人とやらない人で大きく変わってくる。
高宮 ここでは先生たちが自分で入試問題を解いて、テキストを作って試験もやりますから、その中で教授力が磨かれていきます。
佐藤 私は母校の同志社大学で教えているのですが、大学の立場から見て大丈夫かなと思うのは、一部の人を除いて、大学の先生たちは入試問題作りから逃げることばかり考えているんですね。
高宮 研究者ですから。高校生が何をどう学んだかは専門じゃない。
佐藤 同志社は自前で問題を作っていますが、関西の有名私大では、入試問題を予備校に作らせているところがありますよね。
高宮 そういうこともあるでしょう。
佐藤 大学が自前で入試問題を作らないと、高大接続、高校から大学への教育の連続性が失われてしまう。すると大学に入っても授業を理解できない学生が出てくる。
高宮 大学もたいへんですよ。先日、大学の入試担当職員を対象にした大学入試研究会を行ったんです。
佐藤 入試制度が変わりますからね。
高宮 今年で3年目、研究会としては第4回なのですが、「もう改革についていけない」とか、「どうすればいいんだ」というお問い合わせがたくさん来るんです。これまでは、大学が実施する試験の情報を整理して高校の先生や受験生にお届けするのが仕事だった。それが逆に大学から質問されるようになってきた。
佐藤 英語の民間試験のみならず、国語、数学の記述式問題を巡り、国会でも議論が紛糾していますから、現場は相当混乱してるでしょうね。
高宮 受験産業はこれまで受け身で大学と付き合ってきたんですが、これからは私たちからアプローチできることがあるかもしれない。
佐藤 受験産業にはいろいろ批判もありますが、小学校、中学校、高校、大学と、教育機関に欠けている部分をアウトソーシングしていく役割があると思います。
高宮 これは就職活動中の学生さんによくお話しするんですが、我々受験産業は、教育の側面もあるけれどもビジネスでもある。学校教育はやっぱり長い年月をかけて評価されるべきもので、30年、40年後に、あるいは死ぬ時に「ああ、あの教育はよかったな」と思えるようなものがいい教育なんです。一方、受験産業は、中学受験であれば、東京は2月1日に、大学受験ならセンター試験当日にベストパフォーマンスを発揮することが求められている。やはり短い限られた時間の中で目に見える結果を出すことが重要です。
佐藤 受験に求められるのは、総合マネージメント能力です。与えられた条件の中でどう極大の効果を出すかですから、これはどこに行っても必要とされる能力ですよ。
高宮 そうですね。受験技術は、他では役に立たないことをやっているわけではなく、本質的には学問に沿ったものです。創業者で祖父の高宮行男は、学問がやりたかったのに家庭の事情で神官になり、戦後はいろいろな商売をやって予備校を始めました。だから根本には「学問への憧れ」がある。もちろん受験屋ですから、問題も当てたいし、短期間で結果を出したいと思いますが、根っこにあるのは、それなんですよ。
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