自殺者続出で厚労省が発表「パワハラ指針」に見るマニュアル化社会の愚

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“言いがかり”に利用

 それでも、ただ無意味なものであれば、笑い飛ばせばよい。しかし、今回の指針でタチが悪いのは、それだけでなく、実害まで及ぼそうとしていることである。

「『該当しない例』を挙げたのは大いに問題がある。使用者側に言い逃れの余地を与えることになるのです」

 とは、前出の棗弁護士である。〈遅刻などが改善されない場合、一定程度強く注意する〉という例をとって解説してもらうと、

「注意の定義があまりに不明確。これではパワハラに該当するような注意の仕方をしていても、『“強い”注意の一環として行った』などと言い逃れが出来てしまう。知り合いの裁判官も、“何でこんな指針を作って縛るんだ”と嘆いていました。あくまで私の肌感覚ですが、これまでパワハラと認められてきた事案のうち、2~3割くらいが今回の指針に照らせば認定されない可能性があります。パワハラ防止の観点から言えば完全な後退。いい迷惑です」

 また、前出の野崎氏も言う。

「指針の中に、『相談者の受け止め、認識に配慮する』との文言が入ったのは問題だと思います」

 今回の指針には、パワハラの相談の申し出があった場合、事実関係の確認をする際に、担当者は〈相談者の受け止めなどその認識にも適切に配慮すること〉を定めているが、

「パワハラ被害が実際にある一方で、今の世の中には何でもかんでもパワハラだと訴える困った社員が増えているのも事実。相談者の受け止めを配慮する、との文言をあえて入れれば、そうした社員がますます増え、“言いがかり”に利用されることが懸念されます」(同)

「指針」を議論した労政審の分科会は、労働者側と使用者側の委員が半々。双方の顔を立てれば、「足して2で割る」式のものが出来上がるのは当然。実際、「該当しない例」は使用者サイドの、「相談者の受け止めに配慮する」の文言については、労働者サイドの要求を通している。いかにもカンリョウ的な妥協の産物なのだ。

(2)へつづく

週刊新潮 2019年12月5日号掲載

特集「マニュアルで安心!? 自殺者続出でお上が『パワハラ』指針という愚の骨頂」より

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