小路明善(アサヒグループホールディングス株式会社代表取締役社長兼CEO)【佐藤優の頂上対決/我々はどう生き残るか】

  • ブックマーク

グローカル経営へ

佐藤 ただそこでちょっと心配なのは、働き方改革のことです。将来の幹部要員や専門職になる人の勤務時間も9時5時で一律にしてしまったら、必要なスキルが本当に身につくのか。外務省時代の経験から言うと、若手の研修生は1日に6~7時間の超勤をしないと仕事が覚えられません。語学研修なら、1日15~16時間くらいはロシア語漬けで、それを2年間やってやっと駆け出しです。ある程度客観的な基準があるんです。

小路 国は働き方改革と呼んでいますが、私は働き方満足度をどう高めるか、という問題として捉えています。改革って言葉は少し大げさな気もします。

佐藤 今がダメってことですから。

小路 そう、決して今がダメなわけではない。もっとポジティブに考えて発信していかないといけない。問題は社員一人ひとりの働き方満足度をどう高めるかで、その施策や環境を会社が作っていけばいい。一日の仕事が終わった時、自分で満足度の高い仕事ができたかどうかが次の仕事のエネルギーにつながる。そこを考えていけばいいんです。

佐藤 働くとは、仕事によって満足を得て、自分の可能性を実現していくことです。それを時間とかで切ってしまうのではちょっと方向が違うんじゃないかと思う。それは労働者が一律の仕事をしているというプロレタリアート的な発想です。

小路 同感です。一律的、画一的ですよね。社員を機械みたいに扱っている印象があります。私は、社員には自由度を高めて仕事をしてもらいたいと思っていて、グループの各事業会社は、フレックス、スーパーフレックス、テレワーク(在宅勤務)、電話会議、テレビ会議、スカイプを使った会議、シェアオフィスと、ありとあらゆる制度を導入しています。それらを利用してワークとライフのバランスをとってもらう。実際に私もテレワークをしています。たぶん1部上場企業で月に1度テレワークをする社長は私くらいじゃないかな。

佐藤 それは驚きました。

小路 豪州での買収交渉も私は自宅から電話会議に参加しました。そうした制度は、まず自分から活用してみようと思っていますし、経営陣にも奨励しています。

佐藤 上司が率先してやらないと、部下はやれませんからね。外務省でもそうでした。国会待機の際、担当以外は帰れと言っても課長が頑張っていると深夜まで帰れない。だから優れた課長は18時半に帰った。

小路 経営者がテレワークできないようでは、会社全体の風土は変わりませんよ。

佐藤 最後に小路さんの今後の方針をお聞かせください。

小路 私はこれからの時代は「グローカル」でやっていかなければいけないと思っています。グローバルとローカルを融合させた造語ですが、「Think Globally, Act Locally」(グローバルに考え、ローカルに行動せよ)です。

佐藤 昔、大分県の平松守彦知事が一村一品運動をやるときに強調されていた言葉ですね。

小路 そうです。私はマーケットはグローバルだと思っていますが、私の経営はグローバルではなく、グローカル経営です。買収したチェコやイタリア、オランダ、ハンガリー、豪州などの会社は、ある意味でローカルなビジネスなんです。

佐藤 そもそもビールは、土地の水やそこで育つ穀物とも結びついていますからね。根本にはローカルな部分がある。

小路 そうした商品だからこそ、グローバルとローカルをどう融合させていくかが大事です。これまでアサヒビールは、日本の国内事情を日本人がマーケティングしてビールを作ってきました。でも国内人口は減り、ダウントレンドが十数年続いている。その一方でマーケットはボーダレス化しています。もう日本国内だけでビール事業をしている理由がありません。だから全世界をマーケットにしてスーパードライなどを販売していきますが、その際、世界のビール事業会社から学び、いいところは日本に落とし込む。逆に、欧州にも豪州にも日本のノウハウをどんどんつぎ込んでいく。そうしてグローカルな企業になっていかないといけないと思います。

佐藤 日本の1人当たりGDPも2011年が最高で、その後は減っていますからね。

小路 グローカルを目指すのは、私たち民間企業だけの話ではないと思います。人口減は国にとっても同じだし、これから海外からの労働者を受け入れて、社会が多様化していくのも間違いない。だから海外の知識も文化も、いいところはどんどん受け入れていかなければならない。そうして日本全体がグローカルになっていくべきではないでしょうか。

小路明善(こうじあきよし) アサヒグループホールディングス株式会社代表取締役社長兼CEO
1951年長野県生まれ。青山学院大学法学部卒。75年アサヒビール入社。東京、仙台支店勤務後、80年から10年間、労組専従に。その後アサヒ飲料常務、アサヒビール社長などを経て2016年よりアサヒグループホールディングス社長兼COO、18年からは社長兼CEOに就任。

週刊新潮 2019年11月28日号掲載

前へ 1 2 3 4 次へ

[4/4ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。