阿部寛が魅せる難あり物件の地雷と境界線「まだ結婚できない男」

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 今、夢中になっている男がいる。猫背気味だが筋骨隆々の53歳。グルメで料理にこだわりがあり、舌平目のカルパッチョから北京ダックまで自分で作ることができる。ただの食道楽ではなく、ジムに通うくらい健康意識は高い。ファッションはトラディショナル系を好む(時々バブル臭も匂うが、壊滅的ではない)。最新家電が大好きで、機械系もIT系も強い。文学、演劇、オペラに仏教文化、建築と幅広い分野に精通し、時折、口角に泡で蘊蓄(うんちく)を語り尽くす。周囲から変人扱いされてはいるが、本人に自覚はない。精神的にも経済的にも自立していて、「あと50年くらいは独りで大丈夫」と豪語するたくましさ。

 その名も桑野信介。13年ぶりに姿を現し、私の心を奪った。「まだ結婚できない男」の阿部寛である。

 久しぶりの続編というのはたいがいが時代の変化を読めぬまま、滑り倒すのが定石だが、アベちゃんは違った。偏屈な性格には磨きがかかり、13年間の発酵&熟成を感じる。相変わらず、腐敗のギリギリ手前を維持しているところがすごい。嫌悪や唾棄の対象には決してならず。「アンチ結婚」を唱える姿はもはや強がりではなく説得力。時々アベちゃんがエガちゃんに見える瞬間もあるが、ご愛敬。

 前作での夏川結衣との恋模様が心の底から好きだった。ドッジボールではなくキャッチボールをして、圧力鍋で恋が愛に進展すると思わせるラストシーン。だからこそ夏川には出てほしかったが、まあ仕方がない。「金持ちと結婚した」という風の噂でさらっと流したところにも、好感が持てる。

 今作のヒロインは、鼻の穴から骨の髄まで強気な女が得意な吉田羊、薄幸が発酵しすぎてひとつの芸道となった稲森いずみ、年輪に対する不敬が絶妙な湿度の深川麻衣。三者三様、いい感じで阿部と絡んでいる。

 この桑野信介という男は、善意や気遣いに対して皮肉や嘲笑を浴びせたり、デリカシーのない発言で周囲を瞬時に凍らせる。職場でも近所でも実家でも、ダメな人・残念な人・厄介な難あり物件扱いなのだが、はたして本当にそうだろうか。

 そもそも悪人ではない。本当は優しくて気遣いもできる(相手に伝わりにくいだけ)。威圧的でも暴力的でもないし、歪んだコンプレックスもない。しかも洒落は通じるし、遊び心もある(ハロウィーン仮装は本格派、子供向け流しそうめんマシンも満面の笑みで楽しむ)。女心がわからず、たびたび地雷は踏むものの、女性を見下してはいない。建築家のプライドはあるが、無駄な男の沽券(こけん)はない。

 前作では医師の夏川に、今作では弁護士の吉田にちょいちょい甘えて頼るところも素直でかわいい。だから憎めないし、愛おしい。四六時中一緒にいたくはないが、程よい距離にいたら面白い。性的嗜好は不明だが、案外理想的な男ではないか、と視聴者に思わせる。

 たぶんこのドラマは、男と女の最も理想的な距離を示唆している。恋愛や婚姻に縛られるな、互いに自立した隣人くらいがちょうどええ、と。真理だわと思う。

吉田潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビ番組はほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2019年11月28日号掲載

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