「偽装留学生」増やし続ける「文科省」「マスコミ」「学会」の大罪(上) 「人手不足」と外国人(39)
法務省出入国在留管理庁が10月25日に発表した統計によれば、在留外国人の数は今年6月末時点で282万9416人に達し、過去最高を更新した。昨年末からの半年間で10万人近い増加である。
増加分の4割以上を占めたのがベトナム人だった。その数は37万1755人に達し、2012年末からの6年半で7倍以上も増えている。国籍別で中国の78万6241人、韓国の45万1543人に次ぐ数で、近い将来、韓国を抜く可能性が高い。
在留資格別では、「技術・人文知識・国際業務」(技人国ビザ)が13.6パーセント増えて25万6414人、「技能実習」が12パーセント増の36万7709人となった。
技人国ビザは日本で就職する留学生の大半が取得する。また、同ビザを得て海外から来日する外国人も増えている。そして実習の増加は、単純労働における人手不足があってのことだ。
一方、今回の統計には、1つの変化も見られた。昨年末までの6年間で16万人近く急増していた留学生が減少に転じ、33万6847人に留まった。減少幅は150人強ほどに過ぎないが、近年の急増ぶりと比較して際立つ。
留学生の増加が続いていたのは、アジアの新興国から出稼ぎ目的の“偽装留学生”が大量に受け入れられた結果だった。そして今回の減少には、入管当局が一部新興国の出身者に対し、留学ビザの発給を厳しくしたことが影響した。今後、“偽装留学生”の流入は止まっていくのだろうか。
入管庁の「厳格化」方針
“偽装留学生”をめぐっては、今年3月に東京福祉大学で「消えた留学生」問題が発覚した。過去1年間だけで、約700人もの留学生が所在不明になっていた不祥事だ。その後、政府は対応策を打ち出している。
まず、入管庁が6月、留学生を受け入れた専門学校や大学への監視強化策を発表した。文部科学省と共同で作成した<留学生の在籍管理の徹底に関する新たな対応方針>である。「除籍」や「退学」の留学生を多く出し続けた専門学校や大学には、留学生の受け入れを認めないのだという。
続いて8月には、日本語学校に対しても監視を強化する方針が打ち出された。日本語学校が留学生を受け入れるためには、法務省の「告示校」となる必要がある。その基準を厳しくしたのだ。
入管庁の方針に関し、大手紙は見出しでこう伝えた。
〈日本語学校を厳格化 9月から新基準 悪質校を排除〉(2019年8月1日『日本経済新聞』電子版)
〈日本語学校の設置基準を厳格化へ 就労目的の来日防ぐ〉(2019年8月31日『朝日新聞』電子版)
日本語学校は留学生にとって日本の入り口だ。留学生の急増によって、最も恩恵を受けたのも日本語学校である。その数は近年急増し、大学をも上回る約750校にも上っている。ただし、営利目的で“偽装留学生”を受け入れ、「教育機関」とは程遠い実態の学校も数多い。
そうした実態を入管庁が認識し、対策に乗り出すのであれば望ましい。問題は、新たな基準によって〈悪質校を排除〉でき、“偽装留学生”の〈就労目的の来日〉が防げるのかという点だ。
名ばかりの「厳格化」
法務省は今回、日本語学校の告示を取り消す基準として、主に以下の2点を追加した。
■在籍する留学生の6カ月間の出席率が7割を下回った場合。
■卒業生のうち、進学か就職するか、もしくは日本語能力「CEFR・A2」相当以上と認められる留学生の割合が3年連続で7割を下回った場合。
こうした新基準の実効性はどうなのか。
留学生の出席率については、これまでの「1カ月間の平均出席率が5割」から引き上げられた。日本語学校の授業は週20時間で、クラスは午前もしくは午後のみしかない。授業には、夜勤アルバイトに追われる“偽装留学生”であろうとたいていは出席する。
出席率の低さは留学生の失踪につながるため、日本語学校は最も注意を払う。失踪者を多く出せば、入管当局から目をつけられ、新入生の受け入れに悪影響が出るからだ。学校側が先手を打ち、出席率に問題のある留学生を母国へ強制送還してしまうケースも横行している。だから留学生も強制送還を恐れ、出席率は維持しようと努める。
しかも、留学生の出席率は日本語学校からの自己申告だ。日本語学校には、「出席」を留学生に「売る」ような学校もある。留学生が学校に金を払えば、出席扱いにしてくれるのだ。こうした現状から考えて、出席率に対する監視の強化が、日本語学校の〈厳格化〉につながるとは思えない。
卒業生の7割に「進学」か「就職」、「CEFR・A2」相当以上の日本語能力を求めるという基準はどうか。
日本語学校にとって進学者を増やすことは難しくない。留学生の日本語能力を問わず、学費さえ払えば入学を認める専門学校や大学はいくらでもある。
就職に関しては、数年前までは日本語学校を卒業した後、大学などを経ず日本で職に就く留学生は珍しかった。しかし最近では、日本語学校から直接就職する者が増えている。
日本の大学や専門学校を卒業していなくても、母国の「大卒」という資格があれば技人国ビザの取得は可能だ。もちろん、なかには日本語学校で語学を習得し、母国で学んだ専門知識を活かせる仕事に就く外国人もいる。
だが、日本語学校生の間では“偽装就職”が増えている。技人国ビザで認められたホワイトカラーの仕事に就くよう偽って資格を取得し、実際には工場などで単純労働に就くというものだ。数十万円の手数料さえ払えば、仕事の斡旋からビザ取得までブローカーが担ってくれる。進学と同様、就職者が多くても、日本語学校の質とは無関係だと言える。
では、卒業生に一定の日本語能力を求めることは、学校運営の〈厳格化〉につながるのか。
今回の改定には、日本語能力の判定に「CEFR・A2」という馴染みのない基準が導入された。「CEFR」は「Common European Framework of Reference for Languages」の略で、日本語では「ヨーロッパ言語共通参照枠」と訳される。「CEFR」の「A2相当以上」とは、いったいどれほどの語学力なのだろうか。
入管庁によれば、判定には6つの外部試験が用いられるという。そのなかで最も一般的な日本語能力試験では、「N4以上」が「CEFR・A2」に相当するとしている。日本語能力試験にはN1からN5まで5ランクがあるが、「N4」は下から2番目の初級レベルに過ぎない。専門学校や大学への入学で目安となる「N2」より2ランクも下だ。
留学生は日本語学校へ入学する際、「N5」レベルの日本語習得が求められる。そして日本語学校には通常、1年半から2年間にわたり在籍する。1年半以上の勉強の成果を測る基準が「N4」というのは、いかにも低い。
ちなみに、ベトナムから経済連携協定(EPA)で来日する看護師や介護士の場合、1年間に及ぶ現地での語学研修中に「N3」を取得しなければ来日が認められない。
しかも、「N4」の日本語を身につけた卒業生が、進学や就職した者と合わせて「7割」に達していれば、日本語学校は新基準をクリアできる。果たしてこれで、大手紙が記事の見出しに掲げる〈厳格化〉と呼べるのだろうか。
単なる「アリバイ作り」
それにしても、なぜ「CEFR・A2」だったのか。わざわざ欧州の基準など引っぱり出さなくても、「N4相当以上」とすればすむ。敢えて「N4」を避けたのは、〈厳格化〉の中身のなさを隠したかったのではないかと疑ってしまう。
「CEFR・A2」の導入は、文科省の有識者会議を経て決まった。
会議のメンバーは5人で、日本語学校経営者が2人、日本語教育を専門とする大学名誉教授が2人、残りの1人が文科省傘下の独立行政法人「日本学生支援機構」(JASSO)幹部という構成だった。学校経営者はもちろん、日本語教育の専門家やJASSOにしろ、皆、日本語学校業界の「身内」である。そして「留学生30万人計画」の現状肯定派ばかりだ。
有識者会議では、
〈外部試験を受けない生徒の日本語能力が把握できるよう、各日本語教育機関が実施する学内試験等を活用することの可能性について引き続き検討する必要がある〉
との意見も出ている。「CEFR・A2」の判定を外部試験に頼らず、日本語学校の内部評価に任せよというのだ。
入管庁に確認すると、
「現時点で日本語教育機関における内部の評価等を用いることは予定していません」(同庁在留管理支援部在留管理課)
とのことだが、文科省の意向次第では、今後どうなるか怪しい。
文科省による「外部試験」導入に関しては、日本人の高校生に対する英語でも最近問題となった。英語の外部試験導入は世論の反発で延期されたが、高校生と同様、留学生にとっても負担はある。日本語学校が教育機関として機能しているならば、〈学内試験の活用〉があっても何ら問題ない。しかし、内部評価が信頼できない日本語学校は数多い。そもそも日本語学校に問題が多いからこそ、今回の〈厳格化〉も導入されたのだ。
本来であれば、日本語学校の運営基準に卒業生の日本語能力を課すことはおかしい。日本語学校とは、様々な目的を持った外国人の受け入れ先となる存在だ。日本での進学や就職を目指していない外国人も受け入れ対象となる。海外の語学学校に留学する日本人にも、単に遊学目的の人がいるのと同じである。にもかかわらず、低レベルの基準を導入して〈厳格化〉をアピールするのは、単に「アリバイ作り」が目的だとしか思えない。
これまでと変わらず
入管庁と文科省が共同で6月に発表した『留学生の在籍管理に関する新たな対応方針』では、冒頭でこう強調されている。
〈我が国での就労を目的とする留学生を安易に受入れることは、留学生本人の不利益につながるとともに、(中略)適正な留学目的で来日する留学生も含めた、留学生制度全体の信頼・信用の失墜につながる。〉
それはまさに本連載で繰り返し強調してきたことである。しかし、政府の本気度は疑わざるを得ない。
同方針には、大学の非正規・別科や専門学校に対し、
〈大学入学相当(日本語能力試験N2相当)の日本語能力を入学時に求めているかについて確認、法務省に通告〉
とある。これは大学や専門学校が入学を認める留学生に対し、「N2相当」の日本語能力を求めるという意味なのか。
文科省高等教育局学生・留学生課に尋ねると、こんな答えが返ってきた。
「大学(非正規・別科)や専門学校の全課程に一律にN2相当を条件化するわけではありませんが、大学レベルの教育を日本語で行う課程等は、原則N2相当を求める方向で検討中です」
小難しい言い回しだが、要はこれまでと変わらず、日本語能力に関係なく大学や専門学校が留学生を受け入れることを認めるわけだ。
9月の連載(『「文科省」「入管」「自治体」「学校」ブータン留学生を食い物にする「日本」の罪(中)』2019年9月5日)で取り上げた上野法科ビジネス専門学校のような学校も、今回の方針で影響を受けることはないだろう。
東京福祉大で「消えた留学生」問題が発覚し、政府は対応を迫られた。そして実効性に乏しい〈厳格化〉の政策を打ち出し、事を収めようとしている。
過去数年間のような“偽装留学生”の急増こそ、今後は起きないかもしれない。
かといって、政府には彼らの流入を完全に止める意思もなさそうだ。日本語学校や一部の専門学校、大学に配慮してのことである。その政策は、将来の日本にとって本当に有益なものなのだろうか。(この稿つづく)