一般人にはまねできない? 作家・筒井康隆の「妻の愛し方」

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 11月22日は「いい夫婦の日」。この日にちなんだ「いい夫婦の日 パートナー・オブ・ザ・イヤー」に芸能界から選ばれたのは、高橋英樹・美恵子夫妻と東貴博・安めぐみ夫妻だった。関連HPには、選ばれた人たちへのQ&Aが掲載されている。

 思い出に残るご夫婦のエピソード、について高橋英樹さんは、

「沢山ありすぎます。いつも手をつないで旅行する。いいものですよ」

 夫婦の記念日に二人で行いたいことは何ですか?という問いに高橋美恵子さんは

「次の50周年を目指してハグします」

 結婚45周年を迎えてなお熱々で、思わず微笑みたくなるような言葉が並んでいる。お二人にとって、結婚生活が人生を充実させるための軸のようなものになっているのは間違いないだろう。

 作家の筒井康隆さんもまた、結婚生活の重要性を説く一人だ。新著『老人の美学』の中で筒井さんは、老人は孤独に耐えねばならない、と戒めている。むやみに昔の職場を訪ねたり、知人に会いに行ったりせず、一人でできることを見つけないといけない、と。これは85歳となった筒井さんの体験と実感からの結論である。

 一方でそうした孤独に耐えるにあたっては伴侶の存在が大きいと筒井さんは綴っている(以下、引用はすべて『老人の美学』より)

 仕事の関係で神戸と東京を往復する生活を送っている筒井さんには、常に奥様が同行しているという。一人で移動することはなく、常に一緒。

 ある時、よく立ち寄る日本料理店のチーフ・ウエイターが不思議そうな顔で、筒井夫妻に訊ねた。

「筒井さんご夫婦は、どうしてそんなに仲がいいんですか。わたしども夫婦は顔をあわせれば口喧嘩だし、まして一緒に外出したことなんか、一度もありません」

 この人の知る限り、こんなにいつも一緒という夫婦は見たことがないので、仲良くする秘訣を教えてくれ、と言ってきた。

 しかし筒井さんは、そんなことを特に考えたこともないので、困った挙句、愛妻家として有名なリチャード・ギアの言葉を紹介したという。

「妻の愚痴につきあいなさい。とことん聞いてやりなさい。その時に、こうしたらいいとか、自分ならどうするとかいった、自分の意見は絶対に言わないように。妻はそんなものを求めているのではなく、聞き手を求めているのだ。黙って、我慢して、最後まで聞くことだ」

 筒井さんは、夫婦関係の大切さをこう語る。

「夫婦関係がうまくいっていないと、歳をとってからがたいへんだ。昔、人前も構わず一緒に歩いているご亭主をのべつ怒鳴り飛ばしたり、厭味を言ったり、がみがみと小言ばかり言い続けている老女を何度か、何人か見かけたから、昔はああいう婆さんが多かったのだろう。今でも家庭内でああいう振る舞いをしている人はいるのだろうか。昔のことだからよくわからないのだが、あれはいったい何だったのか。

 われわれ夫婦だって、たまには口喧嘩をするが、心の底が信頼で結ばれているから、本気で腹を立てることはない。チーフ・ウエイター氏には言わなかったが、本当は愛しあっていればすべて巧(うま)くいくのである。老後になって夫婦関係が無惨な状態になる多くは、どちらかの裏切りであったろうと思う。これだけは夫婦共に、許しがたいものがあって、死ぬまで絶対に、忘れるということがない。小生が見た昔の老夫婦の仲の悪さはきっと、若い時や羽振りがよかった時の夫の浮気など当たり前で、妾宅を持つ人が多かった時代だったからではないか」

 こうした考えをもとに、知人の令嬢の結婚式ではこんなスピーチをしたこともあるという。

「夫婦はまず、添い遂げるということが大事です。死ぬまで一緒、ということです。そのためには相手を愛さなければなりません。徹底的に愛するということです。例えば、いつもすぐ横で寝ていながらも、すぐ横にいるその人の夢を毎晩見る、というようでなければならない」

 このスピーチには会場全体から「ええー」「おおー」といった声があがったが、筒井さんは本気でそう思っているそうだ。

 それはよほど相性がいいのだろう、そんな相手とはめったに出会えないよー…そんな声も聞こえてきそうだが、筒井さんは奥様と「性格も、生理も、知識も、何もかも」正反対で、だからこそうまくいいっているのだろう、という。

「異星人と結婚したようなもので、退屈しないし、何を言われても露骨には聞こえないため、相手がどう思っているかがわかって腹を立てる、といった、よくある夫婦間の諍いの原因にもならない。今でこそお互いの言葉をよく理解できるようになったが、最初のうちは何だかよくわからなかった。不思議なことに、だからこそ可愛くてしかたなかったものである。(略)

 性格正反対の事例としては、高価な食器を落として壊した時、小生なら自分の頬を張り飛ばして『いい歳をして何だ。莫迦(ばか)』と言ったりするのだが、妻は決して自分の非を認めない。必ず『こんなこと初めて』と言う。前にもやっただろうなどと言うと大変なことになるので言わないが。

 こうして夫婦は歳をとっていき、互いのことがよくわかってくるにつれ、互いの違いもよくわかってくる。つまり、理解しあうということがどれほど大切かということがつくづくよくわかってくるのである。ここまでくれば大丈夫。たまに大喧嘩をしたってどうということはなく、また仲良くしていられる。これこそが謂(い)わば老夫婦の美学、というものであろう」

 リクツはわかるけど、目の前の相手を見るとなかなか難しいなあ、という向きは、筒井さんがこの章につけたタイトルを格言として肝に銘じておくといいかもしれない。

「美しい老後は伴侶との融和にあり」

デイリー新潮編集部

2019年11月23日掲載

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