川野幸夫(株式会社ヤオコー代表取締役会長)【佐藤優の頂上対決/我々はどう生き残るか】

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若い人に活躍の場を

川野 もうひとつ、若い人についてです。私は30代からある程度の立場で会社を動かすとか、世の中の重要な役割を担うとか、そんなリーダーシップを発揮してもらう必要があると思っているんです。ヤオコーの社長は、私から弟へ、弟から息子へと継いだのですが、息子は37歳で社長になりました。

佐藤 世界では30代で首相という国もありますね。国際的にもビジネスの世界では30代が大きな役割を果しています。

川野 人は経験によって力をつけていきますが、その立場にならないと本当に力をつけることができない、ということがあります。

佐藤 責任ある立場になるまでまだ20年くらいあるとなったら、ちゃんと勉強しない。

川野 そうです。努力するにしても、厳しい立場にいないと、5の努力はしても10の努力はしないものです。

佐藤 私が一番緊張感を持って仕事したのも30代後半から40代にかけてです。1997年の夏から2001年春まで、橋本、小渕、森政権の時代ですが、北方領土問題解決に向けて特命チームができて、チームリーダーになったんです。首脳会談に備え、さまざまな情報を見極めて、方向性も決めなければいけない。外れたらクビというような局面が2カ月に1度くらいあり、それが4年間続きました。

川野 やっぱりそういう時に力がつくでしょう。

佐藤 つきました。ロシア語力もその時に飛躍的に伸びて、全体を見渡せるようにもなった。私にこんな仕事ができるのかと思ったんですが、やっているうちに追いついてきた。ただやりすぎたので、事件に遭ってしまいましたが(笑)。

川野 私もそういう体験があります。新しい店舗を作るには投資が必要で、それには銀行からお金を借りなければなりません。すると、日本では経営者個人との連帯保証になるんですね。

佐藤 個人で連帯したら無限責任が生じる。

川野 会社がおかしくなったら、夜逃げするしかないくらいの気持ちになります。ヤオコーがここまでやってこられたのは、徳俵に足が掛かっても、ここで踏ん張るんだという気概、覚悟があったからです。

佐藤 そうした体験を若い頃に経験させるのが重要ということですね。

川野 ええ、そうです。組織にはちゃんとしたリーダーがいることが大切です。そのリーダーになるためには、厳しい教育と死ぬ気になるような努力を積み重ねていかなければいけません。老境にある身としては、若い人たちに機会をどんどん作っていくことが仕事だと思っています。

川野幸夫(かわのゆきお) 株式会社ヤオコー代表取締役会長
1942年埼玉県生まれ。東京大学法学部卒。69年に実家の八百幸商店に入り、74年に社名をヤオコーと改め専務に。85年に社長、2007年より会長。09年からは日本スーパーマーケット協会会長も務める。著書に、実質的創業者の母・トモの言葉をまとめた『日本一強いスーパー ヤオコーを創るために母がくれた50の言葉』がある。

週刊新潮 2019年11月15日号掲載

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