犬の脳を乗っ取り理由なき怒りを湧きあがらせた挙句ほぼ100%死亡に至らしめる狂犬病ウイルス【えげつない寄生生物】
いまだに蔓延する狂犬病
狂犬病が犬から人に感染することは、少なくとも3000年以上前のバビロニア人には知られていました。そして、現代でも、撲滅できないばかりか、大きな脅威となっており、毎年世界中で約5万5千人の死者を出しています。それら狂犬病によって命を落とす人の多くは子どもで、狂犬病が疑われる動物に咬まれた人の40%は15歳未満の子どもです。
そして、感染地域の95%以上はアフリカとアジアですが、日本では内部の発生は見られておりません。しかし、日本においても祖父母の時代あたりまでは狂犬病の蔓延に苦しんでいました。
狂犬はなぐり殺せ! 日本における狂犬病
日本で狂犬病の流行が記録されているのは18世紀以降であるとみられています。そして、明治時代には、狂犬病が流行し、時にはかなり広範囲に流行が及びました。流行する狂犬病を抑えるべく1873年には東京府で畜犬規則が定められ、狂犬は飼い主が殺処分し、道路上に狂犬がいるときは警察官はじめ誰でもこれを打殺することができるなどが規定されていました。その後も日本各地で狂犬病が流行し、そのたびに犬の大量撲殺がおこなわれました。
しかし、1910年代に入ると、集団予防接種がおこなわれるようになり、狂犬病の発生は減少していき、1956年を最後に発生がありません。
現在、日本は狂犬病の発生がない国となっていますが、最近になっても輸入事例はあります。2006年にフィリピンで犬に咬まれた日本人男性二人が、帰国後に具合が悪くなって入院しますが、すでに発症していたため治療の甲斐なく亡くなっています。
凶暴さを生み出すウイルス
狂犬病を引き起こす原因はラブドウイルス科レイビーズウイルスです。このウイルスの名であるレイビーズはサンスクリット語の「凶暴」という意味を表す言葉に由来しています。
そもそも、ウイルスというのは生物界ではとても微妙な存在です。ウイルスは生物というよりも物質に限りなく近く、生物と非生物の中間的な存在であると現在では認識されています。ウイルスは自分の遺伝子情報しか持っておらず、通常の生物のように呼吸したり、代謝や排泄をしたり、エネルギーを生み出すこともしません。また、生物というものは細胞分裂、生殖などいろいろな方法で、自分の複製を自力でおこなうことができます。しかし、ウイルスは自分では自分の複製をすることはできません。では、どうやってウイルスは増殖するかというと、他の生物の細胞に取りついて、その細胞の機能を乗っ取って自分の複製を製造させているのです。つまり、自分の複製も増殖も他の生物に頼ることしかできず、この点も生物とは全く異なる点です。
穏やかな犬が狂犬になるまで
たいてい狂犬病ウイルスは感染した動物に咬みつかれることによって感染します。咬み傷から侵入したウイルスは、すぐに病気を発症させるわけではありません。ウイルスは咬み傷周囲の筋肉内でまず増殖し、つづいて運動神経末端及び知覚神経末端に侵入します。増殖したウイルスは、神経を伝わって全身に広がっていき、神経以外の他の部位でも増殖します。すると、唾液、血液や角膜中にウイルスが多量に見られるようになり、さまざまな神経障害が起こってきます。
狂犬病の特徴の一つに、口から泡を吐いてよだれを垂らす症状があります。これは、ウイルスが唾液腺と、ものの飲み込みに関連する神経を攻撃するために起こります。また、狂犬病は「恐水症」という別名がありますが、これは狂犬病ウイルスが全身に広がると水を恐れるようになるからです。水を恐れるようになるのは、ウイルスのせいで筋肉が痙攣し、水を飲みこむ際に激痛が走るようになるのが原因です。
そして、このウイルスによって病気が発症した犬の多くは凶暴になり、何にでも咬みつき、他の動物に咬みつくことが多くなり、次なる感染個体が増えていくのです。もちろん、その感染個体は最初に述べたように人間であることもありますが、人間と犬では同じウイルスに感染しても症状の現れ方が違うことがあります。また、発症したら100%死亡するといわれてきた狂犬病ですが、奇跡の生還を果たした例もわずかではありますが存在します。そのお話はまた次の機会に。
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次回最終回の更新予定日は2019年12月20日(金)です。
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