誰の何が悪かったか「米女子ゴルフ事件」から「プロ意識」を考える 風の向こう側()

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 5度の優勝経験もある日本の女子プロゴルファー、笠りつ子(32)がゴルフ場のバスタオル提供を巡って副支配人に暴言を吐いた出来事は、どちらが何を「言った、言わない」という詳細や経緯はさておいて、笠の言動がプロ意識を欠いたものだったと言わざるを得ない。日本女子プロゴルフ協会(LPGA)も11月12日、厳重注意などの処分を発表した。

 欧米の選手たちは、日ごろからファンや関係者、スポンサーに「支えていただいている」と強く認識しているため、常に感謝の気持ちを抱き、謙虚な姿勢で接するものだ。

 しかし、そんな米ゴルフ界においても、先日、ルール違反を巡る女子プロゴルファーたちのなんともショッキングな出来事が起こり、大きな波紋を呼んでいる。

基本的ルールに違反した行為

 米LPGAの来季出場権を競い合うQシリーズ(予選会)の最終予選(ノース・カロライナ州パインハースト)は、8ラウンドに亘る長丁場だ。「事件」は、その6ラウンド目に起きた。

 2003年から米LPGAに参戦し、通算3勝を挙げているベテラン選手のクリスティーナ・キムは、ケンドール・ダイ、デューイ・ウェバーという2人の選手と同組で回っていた。

 10番からスタートした3人が8ホール目の17番(パー3)にやってきたときのこと。ダイはウェバーのキャディに「何番を持ったの? 8番アイアン?」と尋ね、ウェバーのキャディは「イエス」と答えた。

 そのやり取りは、言わずと知れたルール違反行為に当たる。選手は自身のキャディ以外の人にアドバイスを求めてはならず、他のプレーヤーにアドバイスを与えることも禁じられている(ゴルフ規則10‐2a)。

 同組選手のクラブ選択を参考にしたい場合、見るのはOK、しかし聞いたり言ったりするのはNG。これは、競技ゴルフにおいては基本中の基本と言える決まりごとである。

 キムは、ダイとウェバーのキャディのやり取りがルール違反であることに気付き、ラウンド終了後、スコアを提出する際に、ルール委員を呼んだ上で違反行為を指摘。ウェバーのキャディに助言を求めたダイは「そういうルールを知らなかった」。ウェバーは自分のキャディがダイに助言を与えたこと自体に「気付いていなかった」。ともあれ、ダイにもウェバーにも、それぞれ2罰打が科された。

キムへの批判の嵐

 問題は、そこから先だ。

 その夜、キムは自分の指摘によって同組選手2人が2ペナを科されたことが、人間として気にかかっていた。ましてや、キムと2人の選手は日ごろから「グッド・フレンド」だったそうで、そんな友のルール違反を指摘するのは気が咎めたという。

 だが、「ルール・イズ・ルール」だ。だからキムは心を鬼にして指摘した。そして、世の中の全ゴルファーに向けて、願いを込めて、こんなツイートをした。

〈ゴルファーたちよ、お願いだからルールをよく読んで知っておいてください〉

 ピンク色のハートの絵文字をたくさん付けたキムのツイートは、そのせいで妙に目立ってしまったのかもしれない。キムとしては、選手名や出来事を具体的に示さず、あえて曖昧にしたつもりだったのだろう。

 だが、そのせいで、逆に思わせぶりで意味深になってしまったこのツイートは、人々の噂や憶測を煽り、あっという間に同組の2人の選手のルール違反が世の中に知れ渡った。

 そして、何が起こったかと言えば、ルール違反をした2人ではなく、それを指摘したキムが激しい批判を浴びせられることになった。

「キムは、なぜ2人のやり取りを、そのまま胸に収めてあげなかったのか? なぜ、わざわざ指摘したのか?」

「キムは、ダイが番手を尋ねた瞬間に、なぜ止めてあげなかったのか? キャディが頷く前にダメだよと言ってあげていれば、何も起こらなかった」

「キムは他の2人に負けたくなくて、彼女たちが失墜し、自分が合格するように仕向けたかったに違いない」

「仲間のことを告げ口したキムは人間として信用できない」

キムの主張、ダイの主張

 そんな批判の嵐が巻き起こり、一番驚かされたのはキムだった。

〈私はすっかり『密告者』『裏切者』呼ばわりされています。そりゃあ、私だって2人の友を守ってあげたかった。でも私はルール違反行為を黙認することはできない。違反を見逃すことは私のポリシーに反するし、Qシリーズを戦っていた他の95人の選手たちに対して不公平になってしまう。難しい判断だったけど、(指摘した)私は自分自身を誇りに思っています〉

 ダイとウェバーのキャディの違反行為を目撃した際、その場ですぐに指摘せず、ラウンド終了後に指摘したのは、〈私自身、ルールをきちんと(ルール委員と一緒に)確認する必要があったからです〉。

 夜になってツイッターで「ルールを知っておいてね」と発信したのは、同じようなことが再び起こらないでほしい、起こさないでほしいという「願いと自戒を込めて」のことだったとキムは言う。

 だが、結果的にキムのツイートが引き金になり、コトが明るみになり、大騒動になった。すると、今度はダイがこんなツイートを発信した。

〈私はルールを知らなかったことを恥ずかしく思います。2ペナを受けたことは100%私自身の責任です。でも、私はプロとしてやってきたこの10年間、選手とキャディ、メディアの間の同じようなやり取りを何千回も見てきて、ペナルティを科された場面は1度も見たことがない。(中略)そして、同組だったもう1人の選手のアンプロフェッショナルな行為には落胆させられました。内輪でオシマイになったことを、わざわざツイッターで公にさらし、大事なQシリーズを戦っていた私や他の選手たち、キャディたちに多大なる迷惑をおよぼしました。私の人間性や記録を見てもらえばわかるように、私にはズルをする意図はまったくなかった。でもペナルティを科されたことは100%私の責任です〉

誰のせいなのか?

 さて、ここまで来ると、一体、誰が悪いのか、誰のどの言動が悪かったのか、批判されるべきは誰の何なのか、ちょっぴり頭が混乱してしまうかもしれない。

 来季の出場権やキャリアを懸けて戦うQシリーズという場であったことが、この出来事に特殊性を与えていることは間違いない。だが、たとえどんな場であろうとも、「ルールはルール」だ。そういう大事な場になればなるほど、ルールは厳正に守られるべきだ。

 そして、「プロゴルファーはどうあるべきか」「プロ意識とはどういうものか」というアングルから、この出来事を眺めれば、本当に批判されるべきは誰か、反省すべきは誰かが、自ずとわかってくるはずである。

 ダイは同じようなアドバイスのやり取りを「何千回も見た。ペナルティを科されたことは一度もない」とツイートしていたが、これは明らかに彼女の思い違い、勘違いである。選手が自身のキャディと番手を相談していた場面、あるいはテレビ関係者にキャディが選手の番手を告げていた場面と、自分自身の違反行為を混同しているとしか思えない。詰まるところ、ダイはいまなおルールを正しく理解していないということになる。 

 さらにダイは「内輪でオシマイになったことを、わざわざツイッターで公にした」として、キムのことを「プロらしからぬ」と批判した。

 だが、そもそもルール違反を内輪でオシマイに「してもらおう」「してもらえるはず」「してもらったのだ」と思い込んでいるところに、ダイのプロらしからぬ甘えが見て取れる。プロゴルファーだから、将来未来をかけた大事な戦いに挑んでいるのだから、特別扱いしてもらえるはず、してもらったのだ、そういう甘えが感じられる。

 とんでもない。基本的なルールすら知らなかったことが、そもそもアンプロフェッショナルである。ましてや「2ペナは100%私の責任」と言いながら、それが明るみになると、ルール違反を指摘したキムに恨み言を言う。そんなダイの行為こそがアンプロフェッショナルそのものである。

 ゴルフを職業とするプロならば、基本的ルールに違反する行為をしてしまったことを指摘してくれたキムに「正してくれて、ありがとう」とお礼を言うべきところだ。

 ちなみに、Qシリーズの8ラウンドを終えたとき、キムは24位タイになり、トップ45に食い込んで来季出場を決めた。

 だが、ダイは51位タイ、ウェバーは67位タイで来季出場権を逃した。その結果を「キムの指摘のせいだ」「キムのツイートのせいだ」と思うのか、それとも自分自身の「勉強不足、プロ意識の欠如のせいだ」と思うのか。そこが、彼女たちの今後の行方を左右するのではないだろうか。

舩越園子
ゴルフジャーナリスト、2019年4月より武蔵丘短期大学客員教授。1993年に渡米し、米ツアー選手や関係者たちと直に接しながらの取材を重ねてきた唯一の日本人ゴルフジャーナリスト。長年の取材実績と独特の表現力で、ユニークなアングルから米国ゴルフの本質を語る。ツアー選手たちからの信頼も厚く、人間模様や心情から選手像を浮かび上がらせる人物の取材、独特の表現方法に定評がある。『 がんと命とセックスと医者』(幻冬舎ルネッサンス)、『タイガー・ウッズの不可能を可能にする「5ステップ・ドリル.』(講談社)、『転身!―デパガからゴルフジャーナリストへ』(文芸社)、『ペイン!―20世紀最後のプロゴルファー』(ゴルフダイジェスト社)、『ザ・タイガーマジック』(同)、『ザ タイガー・ウッズ ウェイ』(同)など著書多数。最新刊に『TIGER WORDS タイガー・ウッズ 復活の言霊』(徳間書店)がある。

Foresight 2019年11月13日掲載

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