日覺昭廣(東レ株式会社代表取締役社長)【佐藤優の頂上対決/我々はどう生き残るか】
終身雇用制の強み
日覺 終身雇用は最近評判が良くないですが、私は素晴らしい制度だと思っています。その人に投資し、教育をして、会社のパフォーマンスを上げていくことが終身雇用ならできる。
佐藤 転職が文化というアメリカでも、エリート層や専門技能を持っている人は結構同じ会社に長期間いますよ。
日覺 一般的にアメリカでは、マニュアル通りに仕事をするわけですね。マニュアル以下はダメで、以上もダメ。だから同一労働同一賃金になります。でも日本には同一労働ってないんですよ。現場の人でも「匠の世界」があって、ああしたい、こうしたいと改良していく。安定した終身雇用の中でいろんなアイデアが出てくる。それが会社に貢献することになっていくんです。
佐藤 私はソ連にいたでしょう。そこでは創意工夫が喜ばれない。対前年度比でノルマが決まりますから。頑張って水準を上げちゃうとみんなの首を絞めることになる。
日覺 国によってカルチャーがだいぶ違いますよね。
佐藤 私は外務省に入省して最初の10年はお荷物で、その後ようやく人に迷惑をかけないようになって、15年目くらいから少し恩返しできるようになったと思っているんです。今食べていけるのは、外務省で叩き込まれたロシア語の基礎とか、人との付き合い方とかがあるからです。組織が人を引き上げてくれるということが今はあまり理解されていない。
日覺 エンジニアでも一人前になるのに8年くらいはかかりますね。一人前になるとはどういうことか、東レはキャリアシートを作って現場や海外でどんな経験が必要か示しています。それこそコンサルに入った友人がすごく活躍をしているように見えると、自分の仕事がつまらなく思えるもの。でも一人前になるのにこれだけの知識と能力と経験が必要だとわかっていれば、悩まないと思うんですよ。
佐藤 そうやって長期の研究開発をする人たちを支えているわけですね。では、今後の東レはどんなことを手がけていくんですか。
日覺 いろいろありますが、地球環境や公衆衛生・医療の分野で、社会に貢献していこうと考えています。例えば、自然に分解される「ポリ乳酸繊維」という生分解素材を筒状に編んだチューブに砂を詰め、格子状に砂漠に並べる。すると種が飛散せず植物を定着できるんです。これによって砂漠を緑化したい。あるいはDNAチップですね。血液一滴で13種類のガンがわかる。開発時に従来より100倍の感度のものができてしまったのですが、初めそんなハイスペックなものには需要がなかった。でも数年前に、血液中に微量にあるエクソソームという物質がガンと関わっていることがわかった。それをこのチップで抽出できるので、ガンの早期発見に役立てられるんですよ。
佐藤 ここでも用途が追いついてきた。
日覺 ええ。私は社会の問題を解決するのが企業の使命だと思ってます。こうした素材を通じて、さらに生活の質を上げていきたいですね。
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