日覺昭廣(東レ株式会社代表取締役社長)【佐藤優の頂上対決/我々はどう生き残るか】
人のどこを見るか
佐藤 社内の教育態勢はどうなっていますか? 日本ではエリートという言葉に嫌な響きがありますが、どの集団にも主導していく人たちが必要です。全体のトップとなって指導できる人もいれば、工場長としてなら力を発揮できる人もいるし、チームリーダーの適性がある人もいる。それぞれでリーダーの資質は異なりますよね。
日覺 トップクラスの幹部になる人たちには「東レ経営スクール」があります。これは25年ほど前から始めました。毎年20名を選抜しますから、500名以上の卒業生がいます。
佐藤 そこでは何をされるんですか。
日覺 20人を四つの班にわけ、テーマを設定して改善策を考えさせます。いまの水処理事業がこれでいいのかとか、他の繊維の事業でどう展開すればいいのかとか、具体的テーマを話し合って提言をまとめさせる。
佐藤 それは普段の業務とまったく切り離してですか?
日覺 期間は6カ月ほどで、毎日ではありませんが、月に1週間はカンヅメにします。
佐藤 その提言はご覧になります?
日覺 ええ。役員がみんな見るわけです。それで文句を言う(笑)。
佐藤 25年前からというと、かなり早いですね。
日覺 やはりグローバル化していく中で、それに対応できる経営者がたくさん必要だということで始まった。そこを卒業したら、関連会社の役員などになって現場で経験を積ませます。一方で、高卒が中心の現場のリーダーには、技能実力を高める研修を毎年やっている。
佐藤 では、どんな人に会社に来てもらいたいと考えていますか?
日覺 自分なりに課題を見つけ、現実を認識し、どうやるかを提案できる人ですかね。逆にやれない理由を並べ立てる人は来てほしくない。頭のいい人に多いんですけどね。
佐藤 人を見極めるのは本当に難しい。外務省時代、高卒で滅私奉公型の職員がいたんです。勤勉だし、100時間を超える残業して、しかも自分で身銭を切って部下たちを赤提灯に連れて行く。だから評価もされて内閣官房機密費を使えるようにしたんです。すると、とんでもない額のお金を横領してしまった。そのお金で愛人を囲ったり、馬やマンションを買ったり、外務省を揺るがす大事件に発展してしまったんです。そこで得た教訓は、公私の線を越えるのは、私の側からでもいけないということです。滅私奉公で、自分のお金を出してやってきたから今度はそれを補填してもらっていいという考えになる。そこが危ない。
日覺 私は滅私奉公なんてないと言っていますよ。みんな自分が可愛い。自分を犠牲にするとか、右の頬を打たれたから左の頬を差し出すなんてありえないですよ。
佐藤 聖書のその話は、本来、右を打ちやがったな、じゃあこっちも打ってみろ、という一種の開き直りの言葉なんですね。キリストがいいおにいさんというのは後世の解釈で。
日覺 ああ、そうなんですね。
佐藤 自分さえよければいいという個別利益では誰もついてこないですよね。一方で滅私奉公という大義名分だけでも長続きしない。個別利益と大義名分の上手な連立方程式を組むことが重要なんだと思いますね。ただこれができる人材を作るには、時間がかかるしお金もかかります。
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