【短期集中連載】変化した「北朝鮮」(4・了)「わが人民の憤怒」の真意

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 それでは、米国務省が実務協議後に明らかにした、ストックホルムに持って行った「創造的なアイデア」や「新たな計画」とはどういうものだったのだろうか。

「創造的なアイデア」とは何だったのか

 今年2月末のハノイの首脳会談では、北朝鮮側は寧辺の核施設の廃棄と国連制裁5本の解除を提案した。国連で2016~17年に採択された北朝鮮への制裁決議は12本あり、北朝鮮はそのうちの2017年の5本だけの解除を要求する部分解除としたが、実質的には北朝鮮の貿易面での制裁を全面的に解除することを要求するものであった。

 米国は北朝鮮側のこの提案に対し、寧辺の核施設だけでなく、濃縮ウランを生産している秘密施設の廃棄も要求し、具体的な地名も挙げたという。

 このため、実務協議でも「寧辺プラスα」と「対応措置」の内容が、北朝鮮の非核化交渉の中心課題になるとみられた。

 韓国の『聯合ニュース』は7月11日、ホワイトハウス内の北朝鮮問題に精通した消息筋の話として、米国が寧辺の核施設を全面廃棄し、核プログラムを完全に凍結することに同意すれば、12カ月から18カ月の間、北朝鮮が石炭と繊維製品の輸出をすることを認める案を検討している、と報じた。この方式が有効ならその他の施設にも拡大し、米国側の対応措置として、終戦宣言や連絡事務所の設置も対象として検討されているとも伝えた。

 この寧辺核施設の全面廃棄と核プログラムの完全な凍結とは、北朝鮮が核兵器をつくるための核物質の生産を中断することを狙ったものであろう。この方式では、北朝鮮の核施設の全面廃棄や核プログラムの完全凍結をどのように検証するかが大きな課題になるとみられた。このため、米国は北朝鮮の約束が守られていないと分かれば制裁を元に戻す「SNAP BACK」方式を考えているとした。しかし、米国務省はこの時点ではこの報道を否定した。

 ジョン・ボルトン米大統領補佐官(国家安全保障問題担当)が主導した「リビア方式」は、核兵器を含むすべての大量破壊兵器の廃棄をすれば制裁解除や経済支援があるという「先核放棄、後補償」であった。そのボルトン補佐官が解任され、ドナルド・トランプ米大統領は「新たな方法」に言及した。

 スティーブン・ビーガン特別代表を中心に「独創的なアイデア」や「新しい計画」が検討されていった。

 米国のインターネットメディア『VOX』は、米朝実務協議直前の10月2日、米朝交渉に精通した2人の消息筋の話として、北朝鮮が「寧辺+α」の非核化の見返りとして北朝鮮の石炭と繊維製品の輸出を36カ月容認する案を準備した、と報じた。これは北朝鮮が寧辺の核施設を検証可能なように解体し、濃縮ウランを生産することを中止する見返りとして準備された提案だという。

 また『VOX』は、トランプ大統領が板門店での金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長との会談で、米韓合同軍事演習の中止を約束したとも報じた。しかしトランプ大統領は、側近たちから米韓合同軍事演習は小規模で行われるものだと説明され、この実施を認めたという。『VOX』は、北朝鮮が10月2日にSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)「北極星2」を発射したのは、トランプ大統領に約束したことを履行しろというメッセージともとれるとした。

やはり対立点は「先核放棄」か

 米国務省のモーガン・オルタガス報道官は、約8時間半の実務協議で北朝鮮側と「よい論議」をした、と述べたもっとも。同報道官の発言は昼休みの時間を含めたもので、実質的には午前に2時間、午後に4時間余の6時間余行われた。米国は「創造的なアイデア」を、北朝鮮は「現実的な方案」をそれぞれ提示した。

 米国は、北朝鮮のいう「朝鮮半島の非核化」の最終的な姿がどのようなものなのかという定義を明らかにすることを求め、核施設の凍結、「寧辺+α」などに対する米国の「対応措置」を説明したとみられる。これは、これまでよりははるかに柔軟な姿勢で、完全な非核化が実現するまでは、体制の保証や経済制裁はないとしたこれまでの姿勢を相当、緩和したものだとみられた。

『VOX』の報じた、北朝鮮が「寧辺+α」、すなわち寧辺核施設の廃棄と寧辺以外で秘密裏に行っているとみられるウラン濃縮の中止を実施すれば、石炭と繊維を3年間経済制裁から外すとの提案をした可能性が高い。

 しかし、北朝鮮側からはこうした譲歩も、北朝鮮の「寧辺+α」という非核化措置が先行することに変わりはない。米国は依然として「先核放棄、後補償」の原則を崩しておらず、トランプ大統領が約束した米韓合同軍事演習すら止めようとしない状況で、こうしたアイデアの協議に入ることはできないというものだったとみられる。まずは、米国が具体的に協議の前提となる環境をつくれということで「決裂」を宣言した可能性が高い。

「決裂」という戦術は成功するのか

 北朝鮮はストックホルムで、いとも簡単に実務協議を「決裂」させた。これは予定調和的な戦術で、米国との交渉を切るということではない。「決裂」を宣言することで優位に立ち、協議再開すら交渉カードにする姿勢とみられた。

 北朝鮮は、ある意味では、ハノイの挫折を乗り越えるために、米国に「決裂」という言葉を投げかけて憤懣を解消しているようにみえる。

 さらに、北朝鮮は依然として「実務協議」という「古い方法」をあまり重視していない。北朝鮮は実務協議では自国の主張をできる限り強く米国側にぶつけ、そこでは合意せず、核心の「非核化」と「対応措置」は首脳会談で決着しようとしているようにみえる。成果は実務者のものではなく、最高指導者のものだ。

 北朝鮮の見地に立てば、北朝鮮は核実験やICBM(大陸間弾道ミサイル)発射実験の中止、核実験場の閉鎖、遺骨返還などの措置を取ったが、米国は何の対応措置も取っていないと考えている。トランプ大統領が約束した米韓合同軍事演習も名前を変えてやり、F35のような最新鋭兵器の韓国搬入を行っていると考えている。提案されたとみられる石炭や繊維製品の3年間の制裁解除も、「寧辺+α」という非核化措置を前提とし、「先核放棄」の原則に変わりはない。トランプ大統領は「リビア方式」を否定したが、米国の方針は北朝鮮の非核化が米国の「対応措置」に先行しなければならないという原則には何も変化がないと判断している。

 北朝鮮の言う「新しい計算法」とは、おそらくは、当面の課題として、米韓合同軍事演習の全面的な中止、F35など最新兵器の韓国配備撤回、米国自身の制裁解除や緩和が協議の前提となるというもので、その姿勢変化まで実務交渉に応じず、実務協議再開自体を「交渉カード化」し、米国がこれを飲めば、寧辺の核施設の廃棄などを「カード」に、米国にさらに「対価」を求める合意をトランプ大統領との首脳会談でやろうという方針ではないかとみえる。

譲歩のない強気の戦術

 しかし、米国をはじめ国際社会では、金党委員長が「非核化」を実現する気があるのかどうか、という根本的な疑問が高まっている。

 北朝鮮の取った核実験やICBM発射実験の中止は、いつでも再開できるものだ。核実験場も入り口を閉鎖しただけで再利用しようと思えばいつでも可能だ。国際社会も「北朝鮮は非核化への本質的な措置を取っていない」と考えている。北朝鮮が10月に行った「北極星3」の発射実験は、金党委員長が昨年4月に党中央委で約束した「中・長距離ミサイルの発射実験中止」という約束を破る可能性がある挑発だ。

 韓国に「ネロナンブル」という流行語がある。「ネガ ハミョン ロマンス、ナミ ハミョン プルリュン」、つまり「私がすればロマンス、他人がすれば不倫」という意味だ。北朝鮮がやれば短距離ミサイルの発射は正当なる「国防力強化」であり、韓国にF35を配備すれば「南北軍事合意を破る敵対行為」となる。まさに北朝鮮の「ネロナンブル」である。

 米国への要求水準を上げるだけ上げ、譲歩しないならICBM発射実権の再開もあるという脅迫外交が今、また演じられている。北朝鮮のこの使い古された瀬戸際戦術は、果たして成功するのだろうか。

「トランプ頼み」の危うさ

 北朝鮮の強気の唯一の頼りは、トランプ大統領だ。だから外交も、金党委員長とトランプ大統領の信頼関係を唯一の頼りとした瀬戸際作戦となっている。

 しかし、現在のトランプ大統領にとって最優先課題は来年秋の大統領選挙での再選だ。これに不利と判断すれば、いつでも「忍耐」の細い糸が切れる可能性がある。

 北朝鮮外務省報道官は10月10日、欧州6カ国が北朝鮮の「北極星3」発射を非難する共同声明を出したのは米国がそそのかしたものとして、「米国との信頼構築のために先に講じた重大措置を再考する方向へと押しやっている」と非難した。さらに米国が10月2日にICBM「ミニットマン3」の発射実験を行ったことに対して、「忍耐心にも限界があり、自制が無限に続くことはない」とした。これも「ネロナンブル」の典型だろう。国際社会の忍耐にも限界があることを、北朝鮮は自覚すべきだろう。

 金党委員長は今年4月の最高人民会議での施政演説で、米国の姿勢の変化を年内は待つ、と表明した。

 おそらく、国際社会で、北朝鮮ほどトランプ大統領の再選を求めている国はないだろう。現在の交渉を続けるためにはトランプ大統領が再選されなければならず、北朝鮮がそのために一時的な譲歩をトランプ大統領にプレゼントする可能性はある。トランプ大統領の選挙のために、金党委員長が来年秋の国連総会に出席し、続いてトランプ大統領と首脳会談をする可能性もあろう。

 しかし、そのためには年内に、遅くとも来年3月の民主党の大統領候補がほぼ決まるだろうスーパーチューズデイ以前に、米朝首脳会談を開き、「スモール合意」という「飛び石」が必要だ。

 そう考えれば、米朝が11月にも実務協議を再開させる可能性がある。その再開へ向けた米朝のせめぎ合いが、当分は続くのだろう。しかしそのために、トランプ大統領が予想外の譲歩をしないよう注視しなくてはならない。国際社会もまた、対北朝鮮交渉をトランプ大統領に任せており、この「トランプ頼り」もかなりリスクを持っていると言わざるを得ない。

 一方で国際社会としても、この機会を逃せば、北朝鮮の非核化への動きは当分の間、消失する。日米韓3国がそれぞれナショナリズムを高揚させ、軍備拡張に向かっている中で、北朝鮮の非核化に失敗すれば、東アジアはとてつもなく不安定な状況に突入する。金党委員長の非核化意思に疑問を抱きながらも、このチャンスを逃すわけにはいかない。東アジアは年末に向け、ある種の分水嶺に向かっているようにみえる。

白頭山で決意した「雄大な作戦」とは?

 党機関紙『労働新聞』は10月16日、金党委員長が北朝鮮北部の白頭山の登り口にある三池淵郡内の建設現場を現地指導した、と報じた。さらに同紙は、金党委員長が白馬に乗って白頭山を登ったと8枚の写真とともに伝えた。

 金党委員長はこれまで、重大な決断をする節目に白頭山を訪れており、今回の白頭山訪問が持つ意味に関心が集まった。

 白頭山と三池淵郡は北朝鮮が「抗日革命活動の聖地」と宣伝している場所で、金党委員長は2013年12月に叔父の張成沢(チャン・ソンテク)党行政部長(当時)を粛清する直前の同年11月に側近8人を連れて三池淵革命戦跡地を訪問し、張成沢氏粛清を決断したといわれる。また2015年4月にも、側近5人を連れて白頭山に登り、その後に玄永哲(ヒョン・ヨンチョル)人民武力部長を粛清した。今年2月末にハノイの米朝首脳会談が決裂した後の4月にも白頭山を訪問し、ハノイ後の戦術を練った。この時は趙甬元(チョ・ヨンウォン)党組織指導部副部長(当時)だけを随行させた。

『労働新聞』は白頭山訪問について、「白頭山で金正恩党委員長が今回歩んだ軍馬行軍路は、朝鮮革命史で振幅が大きい意義のある出来事となる」とした。さらに、同行した幹部全員は「またもや世界が驚き、わが革命が一歩前進する雄大な作戦が展開されるという確信に満ちて沸き上がる感激と歓喜を抑え切れなかった」と報じたが、「雄大な作戦」とは何かについては言及しなかった。

 ここで思い出すのは、2017年12月の状況だ。北朝鮮メディアは2017年12月9日、金党委員長が「革命の聖山、白頭山」に登ったと報じた。

 そして、金党委員長は、同年12月21日から23日まで開かれた朝鮮労働党第5回細胞委員長大会に出席し、その「閉会の辞」で「われわれが今までやり遂げたことはただ初めにすぎず、党中央は人民のための、多くの新しいことを構想している」とし「同志たちを信じて社会主義強国の建設を目指す大胆でスケールが大きい作戦をより果敢に展開していく」と述べた。

 こう語った金党委員長は、2018年になるとそれまでの核ミサイル開発路線を転換し、対話路線に転じた。その時は「大胆でスケールが大きい作戦」だったが、今回は「雄大な作戦」だ。

『労働新聞』は、金党委員長の白頭山への白馬での登山を伝えた翌日の10月17日付社説で、「敬愛する最高領導者同志におかれては、白頭山に登られるたびに、わが革命の前進をさらに加速化させる新たな戦略的労作を提示し、世の中を驚かせる事変を起こしながらわが祖国の飛躍の大きな歩みを踏み出した」と報じた。

『労働新聞』18日付に掲載された「政論」でも、「わが元帥がひとたび白頭山に登れば、必ずやこの地と地球全体を震撼させるあらたな奇跡と勝利、世紀的出来事が起こるというのが、この8年間の歳月にわが人民と歴史が証明した白頭山偉人哲学、革命科学である」と論じ、 その上で「再び世界が驚嘆してわが革命が大きく前進する雄大な作戦が進められるという確信により、誰もが限りない信念に溢れている」とした。

 北朝鮮は、こうした論説で、金党委員長が世界を驚かせる新たな作戦に打って出ると予告しているのである。

米国を「敵」と規定

 金党委員長は三池淵郡を視察しながら、「今、国の状況は敵対勢力のしつこい制裁と圧殺策動によって依然として困難であり、われわれの前には難関も試練も多い」としつつ、「米国をかしらとする反朝鮮敵対勢力がわが人民に強要してきた苦痛は今やこれ以上苦痛ではなく、それがそのまま、わが人民の憤怒に変わった」と述べた。

 さらに「われわれは、敵がわれわれを圧迫の鎖で首を締め付けようとすればするほど、自力更生の偉大な精神を旗印に掲げて敵が癪に障るように、頭に来るように、これ見よがしにわれわれの力でわれわれの前途を切り開いて引き続き立派に生きていかなければならない」と述べ、米国を明確に「敵」と規定し、難関や試練に打ち勝つのは、結局は「自力更生」路線だとした。

 問題は、金党委員長が言う「敵が癪に障るように、頭に来るように、これ見よがしにわれわれの力でわれわれの前途を切り開いていく」ことが具体的にどのようなことを構想しているのかということだ。

 18日付の「政論」は、「白頭山の歳月が流れ、今日は天下第1の革命軍馬に乗ってこの革命の聖山に再び登ったのであるから」とし、それは「敵対勢力と最後まで決着をつけずにはいないという鉄の宣言である」とした。

 こういう言説を見ていると、金党委員長の「雄大な作戦」は、米国を敵と規定し、その敵対勢力と最後の決着を付ける作戦と主張しているように見える。

 しかし、金党委員長は今年4月の最高人民会議の施政演説で「ともかく今年の末までは忍耐強くアメリカの勇断を待つつもり」と述べている。

 こうしてみると、「雄大な作戦」は、金党委員長が来年元日の「新年の辞」で新たな路線を提示する可能性を示唆しているように見える。2017年末の白頭山登山と、年末の党細胞委員長大会で「大胆でスケールが大きい作戦」を語り、2018年の「新年の辞」で対話路線に転じ、同年4月には経済建設と核開発を同時に進める「並進路線」を終了した。しかし、2018年の路線転換は対決から対話への転換であったが、今回はその逆になる可能性がある。しかし、それは一方で、年内に米国がどのように動くかによって変化するかもしれない。

新たな側近グループ

 また、白馬に乗って白頭山へ登るということ自体が、金日成(キム・イルソン)主席、金正日(キム・ジョンイル)総書記、金党委員長と続く「白頭の血統」を北朝鮮住民に印象づける行為で、金党委員長の偶像化作業の一環とみられる。同行者たちも白馬に乗っていたが、金党委員長と金与正(キム・ヨジョン)党第1副委員長の白馬の額には星印の飾りが付けられており、「白頭の血統」を印象づけるものとみられる。

 金党委員長には、趙甬元党組織指導部第1副部長、金与正党宣伝扇動部第1副部長、リ・ジョンナム氏、劉進(リュ・ジン)党軍需工業部副部長、朴(パク)ソンチョル党組織指導部副部長、ホン・ヨンソン氏、玄松月(ヒョン・ソンウォル)党宣伝扇動部副部長、国務委員会の馬園春(マ・ウォンチュン)局長らが同行した。

 金党委員長が10月18日に報道された咸鏡北道鏡城郡の仲坪野菜温室農場や育苗場の建設場を現地で指導した際にも、同じメンバーが同行した。

 このうちリ・ジョンナム氏とホン・ヨンソン氏は党中央委副部長クラスの人物とみられるが、所属や過去の経歴などは不明だ。

金剛山の韓国側施設撤去を指示

 党機関紙『労働新聞』は10月23日、金党委員長が金剛山観光地区を現地指導し、韓国が建設した施設を撤去するよう指示したと報じた。

 金党委員長は「建築物に民族性というものが全く見られず寄せ集め式だ。建物をまるで被災地の仮設テントや隔離病棟のように配置した、建築美学的にひどく立ち後れているばかりか、それさえ管理されていないので非常にみすぼらしい」と批判した。

 金委員長は「見ただけでも気分が悪くなるごたごたした南側の施設を、南側の関係部門と合意して残さず撤収するようにし、金剛山の自然景観にふさわしい近代的なサービス施設を朝鮮式に新しく建設すべきだ」と述べた。

 その上で、「たやすく観光地を明け渡して何もせず利を得ようとした先任者(前任者)たちの間違った政策によって、金剛山が10余年間放置されて傷が残った。土地が惜しい、国力が弱い時に他人に依存しようとした先任者たちの依存政策が非常に間違っていた」と「先任者」を厳しく批判した。

 韓国メディアはこの「先任者」は金党委員長の父・金正日総書記を指すとみられるとし、こうした批判が前例のないことだとした。

『朝鮮日報』は10月24日付で、金党委員長が金正日総書記を「対南依存症」と批判したとし、金党委員長が祖父・金日成主席や父を超えた、より偉大な指導者になりたいということだという識者の見方を紹介した。日本の一部メディアもこうした韓国メディアの影響を受け、金党委員長が金正日総書記を批判したと報じた。

 しかし、こうした見方には同意しかねる。『労働新聞』では「先任者たち」と複数になっており。これは金正日総書記を批判したのではなく、金剛山観光事業を担当した党統一戦線部の前任の担当者たちへの批判であろう。金党委員長は現在の難局打開の原則を「自力更生」路線に求めており、韓国に依存することを拒否しようという姿勢である。

 だが一方で、開城工業団地や金剛山観光は金正日総書記が推進した事業であることは事実だ。金党委員長が、金正日総書記が進めた南北共同で金剛山観光を運営しようとした政策を、北朝鮮だけで運営するように転換しようとしているのである。

 開城工業団地や金剛山観光は「わが民族同士」という北朝鮮の基本的な対南戦略の一環でもある。

 金党委員長も今年の「新年の辞」で、「北南間の協力と交流を全面的に拡大、発展させて民族の和解と団結を強固なものにし、全同胞が実際に北南関係改善の利にあずかるようにすべきだ」「なんの前提条件や対価もなしに、開城工業地区と金剛山観光を再開する用意がある」と言明している。今回の発言は、自分自身が元日に表明した考えを否定するものであり、対南戦略の一貫性という点から見ても問題が多い発言だ。

 金党委員長のこうした発言は、米国主導の経済制裁のために開城工業団地や金剛山観光を再開しようとしない、韓国政府当局への苛立ちの表れとみられる。特に、国連制裁は観光事業を制裁対象にしておらず、米国の顔色を見て事業再開に踏み切らない韓国政府への批判でもあろう。

危機に直面した韓国側施設

 金剛山観光は金正日総書記と韓国の財閥「現代グループ」がともに進めてきた事業だ。

 現代グループは1998年に50年間の事業権を得る合意書を北朝鮮と交わし、その対価として9億4200万ドルを支払った。これとは別に関連施設建設などで、対北朝鮮事業を手がけるグループ企業の「現代峨山」が支払った総額は7670億ウォン(約710億円)にのぼるとみられている。このほか、他の韓国企業がゴルフ場やホテルなどを完成させた。韓国側の施設は21カ所に及ぶとみられる。

 金剛山観光は、2008年7月に韓国人女性観光客が北朝鮮側の襲撃を受けて死亡して中断して以来、10年以上にわたって中断しているため、施設が荒廃しているのはある意味では当然だ。しかし、それが金正恩党委員長の鶴の一声で撤去となれば、韓国側の反発は必至だ。

 北朝鮮の「金剛山国際観光局」は10月25日、南北共同連絡事務所を通じて統一部と現代峨山に「通知文」を送り、金剛山地区に国際観光文化地区を新たに建設するとし、韓国側が北朝鮮側と合意した日に金剛山地区に入り、韓国側施設を撤去するように求めた。また北朝鮮側は、実務協議を対面形式ではなく文書の交換で行うように求めた。北朝鮮は韓国側施設を撤去し、新たな施設を「自力」で建設する方針とみられる。

 北朝鮮の金剛山地区の管理はこれまで金剛山国際観光特区指導局と同特区管理委員会が行ってきたが、北朝鮮は金剛山にある韓国側施設を撤去し、新たな韓国地区をつくるための新たな組織として「金剛山国際観光局」をつくったとみられる。

 韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領は10月25日、青瓦台担当記者団に対し、こうした北朝鮮の動きにといて「国民情緒と相容れない恐れがあり、南北関係を壊すかもしれない」と危惧の念を表明した。

 文大統領は「観光そのものは国連安保理制裁の対象ではないが、観光の見返りを北朝鮮に支払うのは制裁違反になる恐れがある」と述べた。

 金党委員長は韓国側の施設を厳しく批判しながらも、北朝鮮が一方的に撤去するのではなく「南側の関係部門と合意して残さず撤収するよう」と述べ、一応「韓国側との合意」を前提にしている。しかし、当局者による協議でなく、文書交換方式で韓国側施設を撤去するとしており、北朝鮮の姿勢は相当に一方的だ。

 韓国側が施設撤去のために北朝鮮側に重機を持ち込むことも、国連制裁違反になる可能性がある。そうなると、北朝鮮が一方的に撤去し、その撤去費用を韓国側に要求するという、韓国からすれば踏んだり蹴ったりの結果になる可能性すらある。

一線外れた幹部の硬軟の揺さぶり

 トランプ大統領は10月21日「私は金委員長が好きだ。彼も私が好きだ。仲がいいんだ」と述べた。さらにバラク・オバマ前大統領は金党委員長に11回電話したが出なかったとし、「敬意がないからだ。だが私の電話は取る」と語り、金党委員長との良好な関係を強調した。また「もし他の誰かが米大統領になっていたら、今ごろは北朝鮮との戦争のさなかだっただろう」とも述べているが、そもそもオバマ大統領が11回電話したというのはにわかには信じがたい話である。

 トランプ大統領は金党委員長との良好な関係を強調したが、最近はシリア情勢やウクライナ疑惑への対応に追われており、北朝鮮との交渉をどう具体的に進めるのかという方針が見えてこない。北朝鮮問題への集中力がみられない。

そういう状況を見て、北朝鮮は韓国に続いて、米国にもさらに揺さぶりをかけてきた。

 まず、北朝鮮外務省の金桂冠(キム・ゲグァン)顧問が10月24日に談話を発表した。金桂冠顧問はトランプ大統領の発言を受け、「わが国務委員会委員長とトランプ大統領の親交関係が強固であり、互いへの信頼心が依然として維持されている」とした。

 そして「問題は、トランプ大統領の政治的見識と意思とは距離が遠いワシントンの政界と米行政府の対朝鮮政策作成者たちが、いまだに冷戦式思考とイデオロギー的偏見にとらわれ、われわれをむやみに敵視していることである」と、トランプ大統領を除く米政界と米政府当局の北朝鮮敵視政策への憂慮を表明した。

 その上で、「意志があれば、道は開かれるものである。われわれは、米国がどのように今年の末を賢明に越えるかを見てみたい」と述べ、年末までに米国が何らかの打開策を打ち出すことへの期待を表した。

 その3日後の10月27日には、金英哲(キム・ヨンチョル)朝鮮アジア太平洋平和委員長が談話を発表した。

 金英哲氏は今年2月のハノイ米朝首脳会談まで米朝交渉を主導してきた人物だが、ハノイ会談が決裂に終わり、対米交渉の一線からは退いていた。党統一戦線部長も解任されたが、党副委員長の職責は維持していた。その金英哲氏が、党統一戦線部の外郭団体である朝鮮アジア太平洋平和委員会委員長の肩書きで対米談話を発表したのである。

 談話は、「最近、米国がわれわれの忍耐と雅量を誤って判断し、対朝鮮敵視政策に一層ヒステリックに執着している」とし、「米国は他の国々に国連『制裁決議』の履行をしつこく強迫しており、追随国家を押し立て、国連総会で反朝鮮決議案を通過させるために各方面で策動している」と、米国を批判した。

 さらに、「米国が計算方法の転換に関するわれわれの要求に応じるどころか、以前よりも狡猾で悪らつな方法でわれわれを孤立、圧殺しようとしていることを示している」とした。

 それでも米朝関係が維持されているのは、米朝両首脳の信頼関係のためだとしながらも、「すべてには限界があるものである」とした。そして「米国が自国の大統領とわが国務委員長の個人的親交関係を押し立てて時間稼ぎをしながら、今年末を無難に越そうと考えているなら、それは愚かな妄想である」と断じた。

 そして「私は、『永遠の敵も、永遠の友もいない』という外交的名句が、『永遠の敵はいても、永遠の友はいない』という格言に変わらないことを願う」とし、結局、米国は「永遠の敵」になるかもしれないと警告した。

 この談話は金英哲氏の名前で出されたが、違和感があった。談話には「FFVD」(最終的かつ完全に検証された非核化)という言葉も出てくるところをみても、これは金英哲氏の名前を使った北朝鮮外務省の談話のように感じた。

 金党委員長が金剛山を現地指導した際に、対南担当ではない崔善姫第1外務次官がなぜか同行していた。あえて想像するなら、金英哲アジア太平洋平和委員長名義で談話を出すことについて、地方訪問中の金党委員長から決裁を得るための合流だったのではないだろうか。

 崔善姫氏は、自身や李容浩(リ・ヨンホ)外相など現役外交官が談話を出すと米国を必要以上に刺激するため、一線を外れた状態の金桂冠顧問や金英哲氏の名前で談話を発表したのではないか。金桂冠顧問が穏健談話を、金英哲氏が攻撃的談話を発表し、米国が「時間稼ぎをしながら、今年末を無難に越そうとするな」という警告を出したのだろう。

 これは逆に考えれば、北朝鮮は米国が「新しい計算法」と自分たちが呼ぶ譲歩案を出さないなら、対話から対決へ路線転換すると威嚇しながらも、年内の対話を切実に望んでいるとも思えるのである。

SLBMや人工衛星発射も

 米国を「敵」とした金党委員長が取り得る「雄大な作戦」は、どのようなことが考えられるだろうか。米メディアなどではICBMの発射の可能性を指摘する声もある。

 しかし、金党委員長は今年4月の最高人民会議の施政演説で、「ともかく今年の末までは忍耐強くアメリカの勇断を待つつもり」と述べている。ICBM発射実験までやってしまえば、トランプ大統領が自分の外交実績を壊されたと考え、北朝鮮との外交交渉にピリオドを打ってしまう危険性がある。

 北朝鮮は金党委員長の言葉通り、年内は米国との実務協議再開を含む対話にウエイトを置いた攻勢をかける可能性が高い。しかし、この「期限」を超えれば、対話から対決へ路線を切り替える可能性が出てきた。

 その場合、SLBMや人工衛星発射の可能性は排除できないように思える。

 北朝鮮メディアは、7月23日に金党委員長が新たに建造された潜水艦を視察したとしているが、この潜水艦はまだ進水していない。新造潜水艦の進水や、先に打ち上げたSLBM「北極星3」を実際に潜水艦から発射する実験などはあり得る。北朝鮮が10月2日に打ち上げた「北極星3」は、潜水艦ではなく水中発射台からの発射とみられた。通常ならさらに水中発射台で実験をした上での潜水艦からの発射であろうが、そこを強行する可能性である。白頭山に同行した劉進党軍需工業部副部長は、7月の潜水艦視察にも同行した幹部である。

 また、北朝鮮が9月10日に発射した2発の「超大型ロケット砲」のうち1発は陸地に落下したとみられており、完全な成功ではなかったとされる。こうした兵器の再実験もあり得る。

 北朝鮮が、さらにぎりぎりの瀬戸際作戦に出るとすれば、実質的なICBMの発射である人工衛星の発射の可能性も考えておかねばならない。北朝鮮は一貫して宇宙の平和利用を主張している。人工衛星の発射の場合、これもミサイル技術を使った実験であり、国連制裁決議違反だ。しかし、北朝鮮は平和的な宇宙開発だと主張するだろう。現在の状況で、中国やロシアがさらなる制裁強化に出るかどうかは疑問だ。北朝鮮は過去に人工衛星を打ち上げ軌道に乗せることには成功しているが、人工衛星が正常に稼働していない。これに成功すれば「世界は驚く」だろう。

 北朝鮮の新たな瀬戸際作戦が具体的に何かはまだ明確ではないが、米国のさらなる譲歩を得るために、ぎりぎりの揺さぶりをかけることが金党委員長の「雄大な作戦」の一部ではないかと思われる。

 金党委員長が来年元日に発表する「新年の辞」は、北朝鮮が対話姿勢を続けるのかどうかの分水嶺になるかもしれない。

平井久志
ジャーナリスト。1952年香川県生れ。75年早稲田大学法学部卒業、共同通信社に入社。外信部、ソウル支局長、北京特派員、編集委員兼論説委員などを経て2012年3月に定年退社。現在、共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞受賞。同年、瀋陽事件や北朝鮮経済改革などの朝鮮問題報道でボーン・上田賞受賞。 著書に『ソウル打令―反日と嫌韓の谷間で―』『日韓子育て戦争―「虹」と「星」が架ける橋―』(共に徳間書店)、『コリア打令―あまりにダイナミックな韓国人の現住所―』(ビジネス社)、『なぜ北朝鮮は孤立するのか 金正日 破局へ向かう「先軍体制」』(新潮選書)『北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ』(岩波現代文庫)など。

Foresight 2019年10月31日掲載

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