「バグダディ急襲作戦」知りながら米軍撤収:トランプ大統領の戦略に強い疑問
シリア北西部のイドリブで、米陸軍特殊部隊「デルタフォース」による鮮やかな急襲作戦に追い詰められ、自爆装置を爆破させて自殺したと伝えられる過激派組織「イスラーム国」(IS)指導者アブバクル・バグダディ容疑者。
ドナルド・トランプ米大統領は、この成果を自賛し、彼の潜伏先を「2週間前」にほぼ突き止めていた、と明らかにした。
この発言に対して、米国の情報および軍事、対テロの専門家の間で、強い疑問が広がっている。
実は、それより何カ月も前のことし夏、バグダディ容疑者の大まかな居場所に関する情報を米中央情報局(CIA)や国防総省などは得ていたからだ。
ところが、「約3週間前」の10月7日に、突然米軍がシリア北部から撤収して、トルコ軍がシリア領に侵攻、急襲作戦計画が悪影響を受けた。急襲作戦には駐シリア米軍部隊や情報要員の支援が必要だからだ。
こうした経緯があるため、トランプ大統領は「2週間前」にバグダディ容疑者の所在情報を得た、と偽って発言したとみられる。
トランプ大統領はバグダディ容疑者死亡を再選戦略の追い風にしたいところだが、逆に米軍部からも強い反発を受ける恐れがある。
リスク大きい計画に変更か
バグダディ容疑者の所在に関する初期情報は、クルド人中心の民兵組織シリア民主軍(SDF)やイラク情報機関からCIAに提供されたとみられる。
『AP通信』は、数カ月前に米軍がイラク西部で空爆を行った際、バグダディ容疑者の側近の妻がイラク西部で拘束され、容疑者自身の潜伏先の特定につながったと報道。『ニューヨーク・タイムズ』は、空爆の際拘束されたのは容疑者の妻の1人と連絡員で、2人の供述で大まかな潜伏先が判明したと伝えている。こうした情報を受けて、SDFは5カ月間にわたって、バグダディ容疑者の行方を綿密に追跡していた。
イラクのアデル・アブドルマハディ首相も、容疑者の家族に近い人物の拘束で潜伏先を割り出したとの声明を発表した。イラクはバグダディ容疑者の出身国で、米政府は2500万ドル(約27億円)の懸賞金を出して行方を追っていた。
こうした情報を受けて、国防総省の統合特殊作戦司令部が綿密なバグダディ捕捉作戦を立案中に突然、トランプ政権はシリア北部からの駐留米軍撤退を強行したのである。
これにより急襲計画も混乱、国防総省当局はシリア駐留部隊や情報要員、警戒管制機が撤収する前に「急ぎリスクのある夜間攻撃計画に踏み切った」(『ニューヨーク・タイムズ』)と言われる。
協力したクルド系組織も見捨てる
デルタフォースの部隊は、イラク北部のアービルから8機のヘリコプターで出撃。バグダディ容疑者の隠れ家近くに着陸し、突撃部隊が隠れ家の壁を破壊して侵入。バグダディ容疑者は自分の子どもとみられる3人とともに地下トンネルに走り込んだ。このため特殊部隊は軍用犬を放ち、追跡させたが、容疑者はチョッキに取り付けた自爆装置を爆発させ、3人の子どもとともに死亡した。
トランプ大統領はその際、バグダディ容疑者が「泣き叫んでいた」様子をモニターで見た、と言ったが、マーク・エスパー国防長官はそんな事実は知らない、と述べている。
その際、5人のIS戦闘員が殺害されたが、米軍側は2人の軽傷、軍用犬の負傷で済んだ。
特殊部隊は現地で、自爆死した体から血液を採取、バグダディ容疑者のDNAと確認して、遺体を適切に処理、隠れ家を破壊したという。オサマ・ビンラディン容疑者の遺体はアラビア海に投棄したが、今回も同様の措置がとられたとみられる。
隠れ家を破壊したのは、そこが将来ISの聖地に使われないようにするためだという。
トランプ大統領は、この作戦で協力してくれた「SDFとの関係も(米軍撤収で)投げ出した」と、ワシントン中東政策研究所のデーナ・ストロウル上級研究員は外交誌『フォーリン・ポリシー』電子版で非難している。
しかしトランプ大統領は、シリアから大半の米軍部隊を撤収する決定は見直さない、としている。