天皇即位を祝う「饗宴の儀」晩餐会のメニューが、29年前の「即位の礼」と全く同じだった理由

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 天皇の即位を祝う「饗宴の儀」初日の晩餐会が22日、各国の元首や首脳、国際機関の代表など計約300人を招いて華やかに開かれた。興味深かったのは、料理が前回(1990年11月12日)の即位の礼の初日晩餐会と寸分違わぬ内容だったことだ。まったく同じ内容の料理を2度出すことはふつうあり得ない。なぜだったのだろうか。

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前菜の9品は名前もすべて同じ

 午後7時20分に始まった儀式では、外国の賓客は天皇、皇后両陛下の前に一人一人進み出て、あいさつを交わした。皇后は親しい欧州の女性王族とは頬ずりで親愛の情を表わし、特に懇意にしているオランダのマクシマ王妃とは3、4回頬ずりを交わした。

 挨拶を終えた外国の賓客は「松の間」に移動し、広間に置かれた高御座と御帳台を見学。次いで「春秋の間」で食前の飲み物を振る舞われ、ホスト役の皇族方のもてなしを受けながら宮内庁楽部による舞楽の一演目「太平楽」を鑑賞した。

 晩餐会が始まったのは午後9時前。天皇の右隣の最上席にはブルネイのボルキア国王、雅子皇后の左隣の、最上席に次ぐ上席にはスウェーデンのカール16世グスタフ国王が座った。同じ元首でも国王(女王)と大統領では外交儀礼上、国王が上位にくる。国王の中では在位の長いもの順に上席となる。ボルキア国王は在位52年、カール16世グスタフ国王は在位46年と、来日した国王の中で在位期間は1、2位だ。

 メニューは次のような内容だった。

前菜 かすご鯛姿焼、海老鉄扇、鮑塩蒸、百合根、鴨錦焼、黄柚子釜、篠鮟肝、栗、胡瓜
酢の物 魚介酢漬(スモークサーモン、帆立貝、鮃、公魚(わかさぎ))
焼物 牛肉アスパラガス巻、ブロッコリー、生椎茸、小玉葱、小トマト
温物 茶碗蒸(鱶鰭、舞茸、三つ葉)
揚物 三色揚(蟹、鱚、若鶏) 紅葉麩、慈姑、銀杏、松葉そば
加薬飯 鯛曽保呂、筍、椎茸、干瓢、錦糸玉子、紅生姜
吸い物 伊勢海老葛打、松茸、つる菜
果物 メロン、苺、パパイヤ
菓子 和菓子2種

飲み物 日本酒、ワイン(白=コルトン・シャルルマーニュ2011、赤=シャトー・マルゴー2007)、ミネラルウオーター、日本茶、フレッシュオレンジジュース

 私の手元に前回のメニューがあるが、まったく同じで、なぞって作ったことが明らかだ。前菜の9品は名前もすべて同じ。ちなみに〈海老鉄扇〉は竹の串で海老を挟んだもの。〈黄柚子釜〉は柚子をくり抜き、中にイクラなどを入れた。酢の物の4種のネタ(スモークサーモン、帆立貝、鮃、公魚)も前回と変わらない。本来だとここはお造りだろうが、生魚が苦手な賓客を考えて、マリネ風に酢の物にしたのだろう。温物の茶碗蒸しの中身(鱶鰭、舞茸、三つ葉)も変わらず、焼物の〈牛肉アスパラガス巻〉もそうだし、添えたブロッコリー、生椎茸、小玉葱、小トマトの4種の野菜も見事に同じ。揚物しかり、加薬飯しかり。

 肉料理は牛肉アスパラガス巻が出ているが、全体としては魚介と野菜が中心だ。ちなみに事前に食べられない食材は聞いており、菜食主義者やイスラム教徒には、相手に応じた料理も用意された。外国人用にフォーク、スプーンも添えられた。

 和食になったのはサービスの関係だ。フランス料理だと前菜から主菜、デザートまで、コースごとに上げ下げしなければならない。しかし和食だとお盆に幾つもお皿を載せてサービスできる。

 ただ29年前とはいえ、ふつう饗宴でまったく同じ料理を出すことはあり得ない。しかも前回に続いて今回も列席した外国の賓客が結構いる。最上席とそれに次ぐ席を与えられたボルキア国王とカール16世グスタフ国王、それにチャールズ英皇太子の3人は29年前も同じ肩書きで列席した。オランダ、スペイン、モナコの国王は、前回は皇太子として出席している。何を食べたか覚えていないだろうが、たとえそうだとしても同じ料理は出さないものだ。

料理を担当したのはプリンスホテル

 想像するに、「前回を超える料理は作れない」との思いがあったがゆえに、同じメニューになったのではないだろうか。慶賀の料理としてよく考えられているのは確かだ。鯛、海老、鮑など、日本人にとってめでたい食材、それも季節の食材を多用し、三色揚や紅葉、銀杏、紅生姜など彩りも鮮やかだ。「目で楽しみ、舌で楽しみ、季節を愛でる」という和食のひとつの典型を見せている。

 以上のこととも関連するが、同じものを出したもうひとつの理由は、料理を一から練り上げるだけの時間的余裕がなかったことだ。料理を担当したのはプリンスホテルで、今年4月、宮内庁の一般入札で落札した。本番まで半年しかない中で、祝宴のメニューを新たに創案するのは不可能だ。考えようによっては数品、別のものにする手はあったかもしれない。しかし所詮、小手先にならざるを得ないし、全体のバランスも崩れる。そうであれば同じものを堂々と出そうということになったのではないか。2回続けて出席した外国の賓客は「祝典における和食の正餐とはこういうもの」と、料理を口に運びながら思ったかも知れない。

 飲み物は日本酒も出されているが、メインはフランスワインだ。白の〈コルトン・シャルルマーニュ〉はフランス・ブルゴーニュ地方の最高級、赤の〈シャトー・マルゴー)も仏ボルドー地方の最高級。白の年代は2011年。東日本大震災の年が選ばれているのは偶然なのか、それとも考えられたものなのだろうか。約300人の招待客に振る舞うため、白、赤それぞれ50本以上は用意されたはずだ。ちなみに前回、白は今回と同じ〈コルトン・シャルルマーニュ 1985〉、赤は〈シャトー・ラフィット・ロートシルト1978〉。この赤もボルドー地方の最高級だ。

皇室はいかなる国も差別しない

 参考までに、昭和天皇の即位を祝う「大饗の儀」の料理を見てみよう。大正天皇が逝去されたのは1926年12月。喪が明けた28年11月10日、昭和天皇は京都御所で即位礼を挙げた。この1週間後の11月16日・17日、「大饗の儀」がもたれた。

 東郷平八郎元帥、田中義一首相をはじめとする枢密院、貴族院、衆議院の各議長のほか、日本駐在の各国大使、公使夫妻が招待された。計186人と記録にある。

 メニューはフランス料理だった。

スッポン清羹
鱒蒸煮
鶉煮冷
牛肉焙焼
凍酒
蔬菜
七面鳥炙焼
温果

 メニューはフランス語でも併記されていた。訳は次のようになる。

すっぽんのコンソメスープ
鱒の料理、外交官風のソースで
ウズラの冷製、ベルビュー風
牛フィレ肉の庭園風
シャンパンのソルベ
セロリのサラダ
七面鳥のロティ、トリュフと
デザート

 男性は大礼服に白ズボン、婦人は袿(うちき)袴かローブ・デコルテの正装だった。「式部職員が奏楽する調べが流れる。出席者の人々には銀製の記念御菓子器ボンボニエールが贈られた」とある。前回と今回もボンボニエールが引き出物として贈られている。

 フランス料理の正餐でのもてなしで、七面鳥やトリュフなどの食材からは、当時の上流階級の食文化の一端を窺わせる。ちなみにシャンパンのソルベは口直し。昭和天皇の「大饗の儀」がフランス料理で、明仁天皇と徳仁天皇の「饗宴の儀」が和食というのも面白い。

 さて22日の晩餐会が終わったのは午後10時前。両陛下は招待者と共に「春秋の間」に移り、食後酒を手にしばらく歓談された。この後、外国の賓客だけ「松の間」に移り、両陛下がお礼を述べ、賓客からは日本の伝統文化を知る貴重な機会となったことなどに感謝の言葉があった。「皇室はいかなる国も差別することなく、全使節と言葉を交わし、感謝の意を表する」との意味合いがここにはある。

 前回はすべて終わったのは午後11時半だったが、「両陛下の負担軽減」を念頭においた今回の「饗宴の儀」は予定通り午後11時前に終了した。

「饗宴の儀」は25日(午餐会)、29日(立食)、31日(立食)も開催される。計4回の開催で招かれる内外の賓客は約2千人。前回は4日間で計7回(すべて着席)、約3400人を招いた。

西川恵

2019年10月28日掲載

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