マツコも認める「IKKO」の冠番組が相次いで放送 で、「はるな愛」といえば?
明暗が分かれた!?
10月10日と12日、2本のバラエティ番組が放送されると、テレビ業界にどよめきが起きたという。1本目は「IKKOの奇跡の瞬間大連発!まぼろし~衝撃映像祭り」(テレビ東京系列・18時25分)、2本目は「世界が仰天!クイズどんだけ~?」(テレビ朝日系列・14:59)だ。
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どちらもIKKO(57)の冠番組。テレ朝の方は「IKKO」という名前は入っていないが、「どんだけ~?」がその替わりを果たしているということなのだろう。もちろん、彼(彼女?)にとって初という慶事だ。
これまで出演者として視聴者の人気を集めてきたのはご承知の通りだが、遂に“番組の顔”を担うまでに出世したわけだ。民放キー局でバラエティ番組の制作に携わる関係者が解説する。
「テレビマンなら誰でも、『新しいMC、新しい番組の顔になれる人はいないか』と常に意識を持ち、アンテナを張り巡らします。これを芸能人の視点に置き換えると、番組出演を重ねてスタッフから“戦力”として認められ、実力と知名度を得てMCになるというのが王道です。タモリ(74)、ビートたけし(72)、明石家さんま(64)、所ジョージ(64)の4氏、いわゆる“四天王”も、この王道を通ってスターになりました」
具体的に見てみよう。明石家さんまが二代目笑福亭松之助(1925~2019)に弟子入りしたのは1974年のことだった。
76年に「ヤングおー!おー!」(毎日放送制作・1969~1982)で頭角を現すと、79年に「誰がカバやねんロックンロールショー」(関西テレビ制作・1979~1980)で初MCを担当。80年代に入ると一気に全国区でブレイクし、「さんまのまんま」(同・1985~2016)や、「あっぱれさんま大先生」(フジテレビ制作・1988~2003)という冠番組が相次いで放送されるようになった。
さんまが“スピード出世”の代表例なら、“遅咲きの星”は出川哲朗(55)が筆頭格になるだろう。
出川が専門学校の同級生だった内村光良(55)、南原清隆(54)、入江雅人(56)らと「劇団SHA・LA・LA」を創設し、自らが座長に就任したのは1987年。
テレビの世界に進出すると、「ビートたけしのお笑いウルトラクイズ!!」(日本テレビ制作・1989~1996)で圧倒的な存在感を発揮するなど、“リアクション芸人”の代表格となる。
そして、ついに2017年、「出川哲朗の充電させてもらえませんか?」(テレビ東京系列・土曜・19:54)が“出川哲朗初のゴールデン冠番組”として話題を呼ぶ。デビューから実に30年近くが経っていた。
「ある程度、年齢を重ねてからMCに抜擢された芸能人と言えば、出川さんやマツコ・デラックスさん(46)の名前が浮かびます。IKKOさんも仲間入りを果たしたわけですが、今後も躍進が期待できるかもしれません」(同・関係者)
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