國分文也(丸紅株式会社取締役会長)【佐藤優の頂上対決/我々はどう生き残るか】
これからのリーダーを育てる「丸紅アカデミア」に、勤務時間の一部を自分の部署の仕事とは別の新規事業考案に充てる「15%ルール」の導入――業績好調の中でも危機感を募らせ、さまざまな人材育成プランを実行している丸紅は、どのような会社に変わろうとしているのか。
佐藤 お久しぶりです。最初にお話ししたのは2年程前でしたか。その時には、AI化が進んでいく中、新しいビジネスモデルを生み出すために、人材育成の重要性を強調しておられました。
國分 そうですね。ますますその重要性は増してきています。
佐藤 今の商社は、空前の、と言ってもいいくらい調子がいい。でもそれに甘んじることなく、國分さんはさまざまな試みをされている。
國分 危機感があるんですね。これまで商社だけでなくどんな企業でも、社会の課題に対するソリューション(解決策)を提供して成長してきたわけです。でもこれからは今までのようにやれない。世界における地域連携や安全保障の枠組がどんどん変質する一方、AIやIoTなど、大きな技術的革新が起きている。弊社の事業範囲を調べてみると、びっくりするほどその変化に対応できていないんですよ。ここを超えていくには、多様な考え方を持っている人、発想を変えられる人が必要です。
佐藤 シンガポール政府で経済発展を主導してきた元幹部を迎えて、これからのリーダーを育てる「丸紅アカデミア」は、その人材育成の一つですね。
國分 ええ。2018年4月から、毎年丸紅グループ全体で25人選抜して、イノベーション(革新)をリードする人材を養成しようとしています。いい感じで進んではいるものの、まだこれからですね。
佐藤 勤務時間の15%を自分の部署の仕事ではなく、新規事業の考案に充てる「15%ルール」も始められた。
國分 その時間で、今の仕事と全然関係のないことを見たり聞きに行くのもよし、アイデアを考えるのもよし、ということですが、意識が高まっている人はまだ100%じゃない。これはある意味、非常にハードルが高い仕組みなんです。生産性をあげて、これまでの仕事を85%でこなさなきゃなりませんから。ただ、そういう仕組みを使う社員が増えているのは間違いない。なるべく早く、これまで社内になかった価値観とか発想を取り込んでいくロールモデル(模範)を示したい。
佐藤 ロールモデルはとても大切です。目標とする先輩や、成功例があると、物事は大きく動き出します。でもそこには客観的な基準が必要になる。
國分 ええ。その一つに「ビジネスプランコンテスト」があります。これは社内公募型のビジネス提案・育成プログラムで、ビジネスプランをみんなに出してもらって、それを外部の人に審査してもらう。ファイナルまで行った人には、会社がバックアップしてそのプランを進めます。
佐藤 どのくらいの応募があるんですか?
國分 昨年は160件、今年は120件です。
佐藤 どんな年次の人たちが出してきます?
國分 もうバラバラです。総合職に限らず一般職も、ナショナルスタッフ(現地採用)もいる。昨年分は最終審査で4件が残った。
佐藤 これは企業秘密かもしれませんが、どんなプランなんですか?
國分 一つご披露すると、一般職の女性が出してきた「ねこの手ガーデン」という事業があります。弊社の一般職の中には閑散期と繁忙期がはっきりしている人もおり、時間がある時に「猫の手も借りたい」状態のスタートアップ企業に事務スタッフとして派遣するというものです。これは今、実証実験をやっています。
佐藤 面白いですね。予算はどのくらいつけるんですか。
國分 10億20億というわけにはいきませんが、ある程度、事業化の道筋が立てば、数億円単位の予算をつける。事業化するなら会社として全面的に支援します。
強まる「同質化」
佐藤 國分さんが行っているのは、起業家たる人材を社内で育てていくことですね。でもそういう人は会社を辞めても成功します。すると会社への忠誠心(ロイヤリティ)を持たせて、会社に残る人材にしなければならない。
國分 目指すところはまさにおっしゃる通りです。ただ、ロイヤリティのところは本当に難しい。でもそこをきっちりやっていかないと会社が生き残れないんじゃないか、という思いがあります。起業家精神は、本来商社に勤める人間の根底に流れるスピリットですが、これまでそれが充分に発揮できない環境や仕組みがあった気がするんですね。そこを取り除いて、そのスピリットを最大限発揮してもらうと、会社として違うステージに行けるんじゃないかと思うんです。
佐藤 それで社長時代から動いてきたわけですね。
國分 今、大きな問題だなと思っているのは、社員の同質化現象です。社会全体にも広がっていると思いますが、商社としては、これが一番の障害ではないか。これからは同じ価値観を持つ人間の集団だと生き延びられないと思うんですよ。
佐藤 同質化は以前より強くなっている気がしますね。大学の入学式なんか「黒装束」ですから。暴力団の義理掛け行事みたい(笑)。黒のスーツばかりで紺すらいない。特に女の子は真っ黒ですよ。
國分 外国のエアラインに乗るじゃないですか。そうするとどこの会社かまではわからないのですが、あれは商社パーソンだとわかる。最初から同じような人材を採っているからかもしれませんが、10年20年過ごすと、本当に驚くほど考え方とか価値観とかビヘイビア(振る舞い)が似てきて、同じような行動パターンになってくる。
佐藤 霞が関官僚も同じですよ。新幹線に乗っているとすぐわかりますね。だいたいどの役所かもわかりますが、確実なのは、警察官と自衛官ですね。目つきが違う。
國分 これからの世の中は、今までの成功体験や経験があまり意味をなさなくなるんじゃないかと思うんです。昨日や一昨日の延長上に明日がない。だから外部の英知をどう取り入れていくかが勝負になるとも思っています。そうやって均一性、同質性を壊していかなきゃいけない。
佐藤 ただ会社ですから、組織まで壊れてしまっては元も子もない。
國分 そこが難しい。
佐藤 先ほども言いましたが、起業家精神旺盛で、一人一人組織を離れてやっていけるのに、会社に留まる人を作らなきゃいけないわけですね。
國分 これからは自社で人材を採って自社で育成してという「自前主義」ではダメでしょう。外部の人の考え方や価値観を取り込んでいかなければならない。その上で、丸紅という会社を起業のプラットフォームにしてもらうイメージでしょうか。
佐藤 期待できる人材は何人もいるんでしょう?
國分 もちろんいます。
佐藤 そこで一つ難しい質問ですが、期待している人を可愛がって引き立てるでしょう。エリート集団ですから、誰が期待されているかはすぐわかる。そうすると必ずヤキモチを焼く人が出てきます。この「嫉妬のマネジメント」はどうします?
國分 僕が人事で一番大事にしていることは、その能力が社内でしか通用しないカンパニーバリューなのか、その業界で評価されるマーケットバリューなのかということです。上司が認めて可愛がる、それでだんだん出世していく人に、マーケットバリューがあるのかどうか、そこを見る。だから同時に、好き嫌いは別、という文化を植え付けていかなければならない。上司の顔色を窺ってミスをせず確実にやっていくのではなくて、失敗してもいいからチャレンジして、自らを高めていく。そこに会社はセカンドチャンスを与える。そう回していくのが理想ですね。
佐藤 よくわかります。私自身が好例ですが、カンパニーバリューはなかったと思いますね(笑)。こんなやつとか、生意気だとか、不愉快に思っていた人がたくさんいたと思うんです。
國分 ああ、だからこんなにマーケットバリューが高い(笑)。
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