南米コロンビアの「コメづくり」を救う日本の最先端「カカシ」

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 日本の3倍の面積に約5000万人が暮らす南米コロンビアでは、日本と同じくコメが主食だ。年々、コメの消費量が減り続けている日本とは対照的に、人口増も相まってコメの需要が拡大。いまでは1人当たりの年間消費量が40キロを超える。

 しかし、灌漑設備が整っておらず、生産量と品質がなかなか安定しないうえ、日本と同様に高齢化が問題になっているという。

 そこで立ち上がったのが、遠く離れた日本の精鋭チーム――。

「経験と勘」をマニュアル化

 首都ボゴタから飛行機で1時間。国内第3の都市カリに本部を置く「国際熱帯農業センター(CIAT)」は、熱帯地域の開発途上国に農業支援を行っている非営利団体だ。

 このCIATの田んぼに、何やら見慣れない電子機器が佇んでいる。ソフトバンクが注力する「農業IoT」の強力ツール、その名も「e-kakashi」である。

 身一つで田畑を守るのが昔ながらの案山子なら、最先端のテクノロジーを駆使して田畑を管理するのが、こちらの頭脳派。

 搭載した各種センサーで24時間365日休まず温湿度や日射量、土壌の温度や水分量などを計測。インターネットを通じてデータをクラウドに自動保存してくれるだけでなく、植物科学に基づいて構築されたAIがデータを分析し、栽培ナビゲーションまでしてくれる。  

 つまり、これまで「経験と勘」で行われてきた農業が、データとAIによって「見える化」、「マニュアル化」され、生産性の向上や農家の人手不足、技術の継承にも役立つというわけだ。

「e-kakashiは現在、国内外の約500カ所に導入され、農家さんの判断でコメだけでなく野菜や果物などほとんどの作物にお使いいただいています」

 とは、ソフトバンクIoT&AI技術本部e-kakashi推進課の戸上崇課長。

「コロンビアに進出したのは2017年7月。きっかけは、CIATと東京大学の共同プロジェクトにe-kakashiを活かしたい、とお声がけいただいたことでした。かつてはパンやおにぎりといった食糧そのものを届けることが一般的な支援の在り方でしたが、それでは1度で終わってしまうので、食糧をつくれるように種を与えようというのが今の流れです。しかし、種をあげても育て方が分からなかったり、生産性が低かったりすれば、意味がない。そこで彼らは、栽培技術も含めてお届けしようと考えた」

 コロンビアにおける「省資源型稲作システムの構築」を目指すこのプロジェクトは、JICA(国際協力機構)とJST(科学技術振興機構)が実施している「SATREPS」(地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム)に採択され、2013年度にスタートしていた。

「省資源型稲作システムというのは、たとえば節水・節肥型のイネの品種を開発すること。土壌内の水は地下に行けば行くほど残っていますが、一般的なイネは深く根を張らない。それを縦に伸びるように遺伝子改良することで、より水分の少ない土壌でも育つイネをつくろうというわけです。さらにe-kakashiの栽培ナビゲーションを通して、栽培支援ができないかということでした」

 こうしてCIATの田んぼでe-kakashiの効果を実証する実験が始まった。

AIが弾き出す予測指標

 では、具体的にどのようなことをしたのか。「CIATがこれまでの研究で蓄積してきたイネの生育データや気象データと、我々が持っているAIを組み合わせ、予測指標をつくりました。たとえば収穫期。それまでは経験と勘から“そろそろ”と判断していた時期を、事前に予測できるようにしたのです」

 桜の開花予想と同様、「積算温度」をもとに割り出すという。

「いつ田植えをして、いつ収穫をしたか、その間の気温は何度だったかという過去のデータがありますよね。そこから、田植えと収穫の間の積算気温のデータを何年分か取り出し、平均値を出すなどして指標をつくるのです」

 たとえばコシヒカリの場合は、一般的に穂が出てから1000度ほどと言われている。

「田植え以降の毎日の平均温度を足していけば、残りの温度が分かる。それと天気予報の平均予想気温を照らし合わせれば、あと何日で収穫できるか予想できるというわけです。ただ、温度といっても気温だけでなく水温や地温もあれば、日射量も関係してくる。そういった諸々の要素を植物科学的に考えて最適な予想指標をつくっていくのが、e-kakashiチームの役割」

 結果、約1カ月前の段階で予測した収穫日が誤差2日以内で的中したという。

 ベテラン農家の「経験と勘」に研究者の植物科学、さらに最先端のテクノロジーが融合したe-kakashi。日本でも馴染みのない農業IoTに、コロンビアの人々は抵抗がなかったのだろうか。

「それがすっと受け入れてくれたのです。コロンビアは農業が主産業で国土も広いので、空撮画像を用いて畑のいいところ、悪いところを分析するリモートセンシングを用いてきた方が多く、データを活用することに慣れている。さらに驚いたのは、田舎でもインターネット回線がつながっていたこと。スマートフォンの普及率も高く、ITには理解が行き届いているように感じました」

 世界各国のインターネット使用状況を調査している「Digital2019」によれば、コロンビアのインターネット普及率は68%で33位。世界平均の57%を上回っている。

「社内起業」第1回通過案件

 そもそもe-kakashi事業が立ち上がったのは、2012年のこと。ソフトバンクグループが2011年から始めた社内新規事業提案制度「ソフトバンクイノベンチャー」の第1回通過案件だという。

 当時、戸上課長は三重大学大学院生物資源学研究科で学術の博士号を取得したばかりだった。

「私はもともとリモートセンシングなどの応用化学に興味があり、オーストラリアの大学で学んだあと、日本の農業ICTの権威がいる三重大学大学院に移りました。博士課程を修了したときに思ったのは、民間企業に入って農業ICTを広める道に進みたいということ。せっかく師匠や先輩が世界の農業的な課題を解決すべく素晴らしい取り組みをしているのに、それを世の中に広めるには、別の力学が働かないと難しいという現実がある。それなら自分は民間企業で知見を活かしたいと思ったのです」

 こうしてソフトバンクに迎え入れられた戸上課長。多くの社員を抱える同社といえども、農学系の博士号を持った社員は異色。

「現在はe-kakashiチームにもう1人農学博士がいるのですが、当時は社内で私だけだったのではないかと思います。我々のチームの強みは、ITやテクノロジーだけでなく農学の専門的な知見も持っていること。だからこそ、ベテラン農家さんが持っている“経験と勘”の作業を科学ベースに落とし込み、それを数値化、マニュアル化できる」

コロンビアへの輸出も準備中

 CIATでのSATREPSプロジェクトは2019年5月にいったん終了したが、その後も田んぼにe-kakashiを設置し、データの取得を続けているという。

「重要なのは、田植えから収穫に至るまでの稲の生育データをより詳しく取得すること。きちんとした比較、客観的な分析をするためには、ただデータを取ればいいというわけではなく、そのデータがいつどこのどのような条件下でのものなのかというメタ情報も必要です。アサガオの栽培日誌のようにデータを書き込めるような機能も提供しています」

 同時並行で進めているのが、水と肥料の最適利用。

「水と肥料の削減によって経済効果が生まれることは実証されているのですが、管理に手間がかかることもあり、なかなか実施されません。でもe-kakashiがあれば自動的にナビゲートしてくれる。さらに力を入れているのが人材育成です。現在、日本の総務省とコロンビア政府との間で農業、医療のICTでの協力が進められているのですが、e-kakashiチームも昨年度、お手伝いをさせていただいています。現地の稲作生産者組合でワークショップを開いたり、意見交換をしたりしました」

 現地の農家から「e-kakashiはどこで買えるんだ?」という声がかかることもあるというが、残念ながらまだコロンビアでの商用化は実現していない。

「日本の認証に当たるものを取らないといけませんし、輸出扱いになるので、商社的な機能が必要になってくる。調べているところですが、1つの課で進めるのはなかなか大変です(笑)」

e-kakashi版「あきたこまち」レシピ

 もちろん国内であればe-kakashiの購入は可能。各農家の判断で幅広い農作物の栽培に導入されているのだが、コメづくりに関しては目を見張る成果が得られているという。

「e-kakashi版あきたこまちレシピがほぼできました!」

 と、戸上課長。

「e-kakashiチーム独自の栽培実証の結果、数年かけて生育過程ごとのデータを取ることで、どのような条件のときに成長しやすいのかという数値が出てきました。たとえば田植えの前には、種を水に浸す『浸種』という作業を行い、発芽させてからビニールハウスで苗をつくります。その浸種についても、何度の水に何時間くらい浸せばいいか、何度以下の水だと吸水がうまくいかないかといった“答え”が分かってきました」 

 今後、コシヒカリやコロンビアの品種でもデータを集めれば、同様のレシピがつくれるという。

「コロンビアの農家さんからは、コメだけでなくコーヒーなどの他の作物でも試したいという声をいただいています。爆発的な人口増加に伴う食糧と水資源の確保が課題になると予見されていますが、その助けになれればと願っています」

 今日も地球の裏側でe-kakashiが踏ん張っている。

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Foresight 2019年10月18日掲載

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