三木谷浩史(楽天 会長兼社長)【佐藤優の頂上対決/我々はどう生き残るか】
国家と企業が対立する時代がやって来る
国際協調の枠組みが変わりつつある。先進各国では中間層が没落し、一方でAI、IoTなどの技術革新が進む。大きく変わろうとしている世界の行く末を、各界のリーダー達はどう見通しているのか。時代の指標となる対談シリーズを「知の巨人」佐藤優がお届けする。
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佐藤 私と楽天とのご縁といえば、まずこの三菱鉛筆製のボールペンなんですね。これは、東京拘置所の指定ボールペンなんです。そこにいた時のことを忘れないようずっと使っているんですが、町の文房具店にないんですね。どこで買うかというと、楽天市場です。楽天には他で買えないものがたくさんある。このノートもそうですし、高価なものでは、60万円のモンブラン万年筆を買ったことがある。
三木谷 ありがとうございます。どんどんお買い上げいただきたい(笑)。
佐藤 ご縁はもう一つありまして、私の母が楽天イーグルスのキャンプ地である沖縄・久米島出身なんです。楽天さんのおかげでちゃんとした野球場ができて、子供たちが本当に喜んでいます。
三木谷 いまも久米島によく行かれるんですか。
佐藤 時々行きます。久米島の学校で講義もしているんですよ。
三木谷 キャンプをするようになって15年、久米島の方々には本当にお世話になっています。
佐藤 さて、今回から「週刊新潮」で日本の各界を代表する方々にご登場いただいて、日本がこれから生き残っていくための方策、というテーマでお話をうかがっていくことになりました。その第1回は、IT業界の寵児として、まさに時代を変えつつある楽天会長の三木谷浩史さんです。
まず三木谷さんに、いま私たちがどんな時代に生きているのか、そのあたりのご認識からお話しいただきたいんですけども。
三木谷 私が社会人になったのは昭和63(1988)年で、平成の直前でした。一橋大学を卒業して日本の重厚長大産業を支えてきた日本興業銀行に入ったのですが、7年ほどで辞め、独立しました。ちょうどインターネットの技術が出てきた時期で、ここから一種の社会革命が起こるのだと感じて、起業したんですね。当時はまだアナログ回線だったんですが、これによって情報の流れが抜本的に変わる、さらには社会構造や政治や国のあり方さえも変わっていくと思いましたね。
例えば教育です。なぜ学校があるかというと、これまでは教師がいて、黒板があって、プリントを印刷し生徒に配って、という以外考えられなかった。
佐藤 しかも同じ年齢の人を同じ形で教育していく。それで汎用性の高い労働者を作っていくわけですが、これは近代国家のシステムと深く結びついていますね。
三木谷 しかしインターネットがあれば、個々に自由な時間に学習できるし、学校に行く必要もない。
もしいま、インターネットを前提に、ここから世界を始めるとしたら、社会の構造は全く違う形になると思うんですよね。
佐藤 それはそうでしょうね。
三木谷 日本など、いわゆる先進国は既存のインフラがある程度整備されている。電話回線はくまなく引かれているし、クレジットカードもある。しかも民主主義ですから、なかなかダイナミックな変化が生み出せなかった。でも中国などは、インフラも整っていないし、自由な民主主義国ではないですから、かえってIT化がどんどん進んだわけです。
でも結局は時間の問題で、同じところに帰結するのだと思います。一つ例をあげるとすれば、最終的には現金というものがなくなっていきますね。
佐藤 三木谷さんのお考えは、ユダヤ・キリスト教的ですね。時間軸の問題は重要です。最終目標って、古典ギリシア語では「テロス」と言いますが、目標と完成と終わりを一体化して考えていくのが欧米の発想です。日本人は何でも一所懸命にやっていくけど、着地点を見ない。
三木谷 欧米のメディアは、どうせ変わるのなら、いま多少傷んでもネット化を進めるぞ、という判断をするんです。一番記憶に残っているのは、CNNを創ったテッド・ターナーです。彼はインターネットの草創期の95年頃に700人くらいのインターネット部隊を作った。彼によれば、昔は仕事を終えて家に帰り、くつろいでご飯を食べながら7時のニュースを見ていた。それを家に帰って扉を開けたらすぐニュースが見られる、そんな状態を作って、CNNはニュースのファーストタッチをとった。だから成功したんですね。でもよく考えてみたら、家に帰る前にニュースを見たっていい。彼はあの時期にそれをやったわけです。
佐藤 ロシアでもそういうことがありましたよ。ソ連時代から生き残っている新聞は数少ないんですが、その一つ、イズベスチヤはソ連時代1800万部だったんです。今はどのくらいだと思われます?
三木谷 100万部くらいかな?
佐藤 わずか15万部です。ただしインターネットで全て無料で読めるようにしています。情報空間におけるイズベスチヤの影響が担保できるのだったら、そこから様々なビジネスが生まれるという発想で大きく舵を切った。
三木谷 日本だと、部数が下がったり広告収入が減ってしまうというネガティブな考え方になる。でも欧米では、いずれそういうものはついてくるんだという発想なんですね。
社内英語化の効用
三木谷 僕は小学生の頃アメリカにいましたし、ビジネススクールもアメリカなので、日本的発想とアメリカンのハイブリッドなのかもしれません。また父がマクロ経済学者だったんですが、マクロ経済学にはいろいろなことがあっても最終的にはどこかで均衡するという「均衡理論」があります。結局はそうなる、ということで、やっぱり時間軸の問題なんですよね。
佐藤 そうですね。リチャード・ドーキンスのミームという概念がありますね。ドーキンスは、生物は遺伝子を増やすのが目的で、われわれは遺伝子の乗り物に過ぎないという説で知られているけれども、文化形成の遺伝子ミームが重要であるとも言っている。それは遺伝子以上に力があるというのがドーキンスの仮説ですけども、三木谷さんは日本で新しい文化の遺伝子を作ろうとしているんじゃないかという気がしますね。社内公用語英語化もそうじゃないですか。それが楽天哲学じゃないかと思う。
三木谷 2010年から英語の社内公用語化を進めてきたんですが、経済界の中心的な方々から色々ご批判を受けました。でもみなさんの誤解は、三木谷は日本の良い文化を破壊しようとしていると考えていらっしゃることなんですね。そうじゃない。僕は日本の良い文化を海外に輸出したいんですよ。その良さをわかってもらうためには英語が必要なんです。
世界最高のサービスということで五つ星のホテルが選ばれますけれど、実はそのくらいのサービスは日本の温泉旅館にもある。でも日本の温泉旅館は選ばれない。これはひとえに言葉の問題だと思うんですよ。
佐藤 そうです。
三木谷 サービスだけじゃなくて、日本のチームワークとか、一定の規律を守ってやっていこうという組織のあり方なども、海外に輸出できて、それを核にした企業ができれば、それはものすごく強力なものになりますよ。
それとやっぱり日本はもっと国際的にならなきゃいけないと思います。鎖国して内向きだったのが明治維新でオープンになって、その後にまた内向きになって第2次世界大戦後にもう一度オープンになって、平成は内向きでしたね。放っておくと内向きになる環境だと思うんです。
佐藤 どの国でもその傾向はありますね。トランプ大統領のもとでアメリカも内向きになっている。
私はもう一つ、英語公用語化の中に重要なポイントがあるように思うんです。それは論理力の強化です。これは数学力の強化とも重なりますが、英語が話せたとしても、文化圏が違いますから、ただ話すだけではコミュニケーションが取れない。そこで何が必要かというと、論理力です。
三木谷 それはあるでしょうね。
佐藤 そもそも文化には説明できるところと、できない残余の部分がある。だから少なくとも、説明できるところギリギリまでは、理屈でしっかり説明しないといけない。
三木谷 日本は曖昧な答えが得意な国ですからね。それに対し、英語はイエスかノーじゃないですか。だから「前向きに検討します」は、どう訳したらいいかわからないって言われますね。
佐藤 ロシア語で前向きに検討する、は「トゥモロー」なんです。これは24時間後の明日ではなくて「日本のあした」みたいな遠い未来の意味です。
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