シリアの忘れられない味は、まさかの「手打ちうどん」!?【ヤマザキマリ×マキタスポーツ対談】
「気づいたら海に来てしまった」ようなカレー
マキタ 日本における「情報喰い」で顕著なのが、ラーメンとカレーですよね。とにかく情報量が多い。自称グルメの人とカレーの話になると、決まって「どこそこの店のあのカレーが……」という話になりますが、それを聞くと本当に意識が遠のくんですよ。
ヤマザキ わかる。ラーメンとカレーも、独自の「信仰」というか「イデオロギー」がありますよね。
マキタ 僕はそれを「カレオロギー」と呼んでいて。とにかく、男子にカレーを与えちゃいけないんですよ(笑)。すぐに「俺のカレー」を追求し始めて、恍惚とした表情を浮かべるから。
ヤマザキ 私の知り合いにも何人かいますね(笑)
マキタ うちの妻のカレーの作り方を見ていると、具材の切り方から何から僕の好みと全然違う。何の奥行きもない、一筆書きで描いたようなカレーなんです。だけど、食べれば「これも美味しいね」と思うのがカレーのマジックで、日本では市販のルーを入れれば、誰が作ってもそれなりの味になる。
ヤマザキ ボンカレーとか普通に美味しいですからね。
マキタ その妻が作ったカレーを1週間ぐらい寝かせて、途中、妻が余ったひき肉を炒めて入れたり、少しずつアレンジしていったら、最終的にとんでもねえ味になったんですよ。もの凄く深い味のカレーになってしまった。
ヤマザキ 偶然の産物ですね。
マキタ 食べた瞬間、自分の中でエロス的な興奮がありまして。生きている実感みたいなことまで感じちゃったんです。朝支度して会社に行くつもりが、気が付いたら逆向きの電車に乗って海に来てしまった――そんなカレーだったんです。
ヤマザキ 美味しそうだけど、エロス的興奮をもたらすのがどんな味なのか想像できない(笑)
マキタ そうなんですよ。もう決して再現できないだろうというのが、また良くて。
ヤマザキ 「美味しい」というのは人それぞれで、その人の中でもまたバラバラなところが面白い。
マキタ 妻の実家は居酒屋をやっていて、義父は板前修業した料理人なんだけど、義母は家庭料理専門。でも、その義母が作る「鱈豆腐」がいい感じで下品で美味しいんですよ。僕が「美味しい、美味しい」と絶賛するから、見かねた義父が「そんなの俺が作った方が美味しいよ」と言って、作ってもらったことがあるのですが、上品過ぎてあまり美味しくない……。
ヤマザキ わかるわあ。「家庭の味」って、プロの味とはまた違った良さがありますよね。
マキタ そうなんです。僕が今まで食べたおにぎりの中で、一番美味しかったのも、その義母が握ってくれたおにぎり。「アジシオ」がガッツリ決まっていて(笑)
シリアのうどん
ヤマザキ 前回のほうとうの話で思い出したのが、シリアに暮らしていた時のことです。イラク戦争が起きた2003年から2005年まで、夫と子供とシリアに住んでいました。当時は古代ローマ遺跡が街のあちこちにあり、とても刺激的で私たち家族にとっては思い出深い場所です。けれど、食事には苦労しました。イスラム圏ですから、まず豚肉が食べられない。「嗚呼、とんかつが食べたい!」とのたうちまわったこともあります(笑)。もちろん当地の美味しい料理もありますが、日本の料理を出す店もほとんどなくて、食材も売っていない。
マキタ 羊を使った料理が多いイメージがありますね。
ヤマザキ そうです。一生分の羊を食べましたね。北海道でも育った期間があるから、羊肉は好きな方ですが、さすがに……。そのシリアで、ある日、どうしてもうどんが食べたくなって。
マキタ もちろん店で売っているわけがなく。
ヤマザキ もう「自分で作るしかない!」と。小麦粉を買って来て、水を加えながら練って。一生懸命汗だくになりながら……。
マキタ 今のところほうとうが出来そうですね。
ヤマザキ まあ、私はそれをうどんだと信じて食べたわけです(笑)
マキタ 「ツユ」はどうしたんですか?
ヤマザキ 当然お醤油もないから、仕方なくお肉で出汁をとって。なんだかヘンテコなうどんだと思ったのですが、その味が今でも忘れられない。
マキタ 聞いているだけでグッときます。
ヤマザキ うどんとは似ても似つかないものだし、もはやほうとうですらなかったかもしれない。けど、シリアの忘れられない味といえば、私にとっては、その葛藤のあげくに生み出したうどんなんです。
マキタ 大事なのはその熱意ですよね。あと想像力。
ヤマザキ 想像力は本当に大事。先ほどシチリアで失礼な振る舞いをした人の話をしましたが、彼らには結局現実を楽しむための想像力が欠落していたと思う。それは食べ物の話に限らず。
マキタ 『パスタぎらい』でヤマザキさんがイタリア留学中に、ナポリタンを作ってイタリア人に振る舞うシーンがあるじゃないですか。あの話が凄く好きで。
ヤマザキ 今でもイタリアの家族といる時に、私だけナポリタン作って食べますよ。あれも「シリアのうどん」に通じる話かもしれない。「パスタにケチャップはダメ」だとか「麺は硬めじゃないと」といった誰が決めたかわからないルールに囚われないで、想像力をたくましくして、味覚にもっと寛容になればいいのですよ。それは日本人でもイタリア人でも同じ。
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